第1部 第5話 決裂 と 友情

第1部 第5話 §1  変わりゆく世界

 「来るぞ!オラ!!右だ右、ぼやぼやしてんじぇねぇよ、メガネ君!!」


 「は、はい!ゲ・サラト・ホリオン!!」


 「ゴフ!!」


 ドライの指図と共に、シンプソンが必死になって、数少ない攻撃魔法を放つ。数匹のゴブリンが、頭部を砕かれ、その肉片が周辺に飛び散る。それなりに、戦闘をしているようだが、彼の本分でないのは言うまでもない。ドライに尻を叩かれてやっていることだ。


 「鬼王炎弾!!」


 気合いの入ったオーディンの声が、遠方から聞こえる。その後に、爆発音が、ドドドド……!!と、聞こえてきた。


 「ラ・ミ・アーン!!」


 ドライとシンプソンの横を、水龍が、駆け抜けて行く。掃除されたがごとく、ゴブリン達がそれに流されて行く。これは、セシルの元素魔法だ。


 「シューティング・サンダー!!」


 ローズが上空の方から、雷を連射しながら真下に降下し、そのまま一気に、平行に、地を這うように敵陣を駆け抜ける。ローズは、古代魔法の一つで宙を高速で自由に舞うことが出来る。魔法で宙を舞えるのは、ごく一部の上級者のなせる技だ。


 此処数日、数歩歩けば、好戦的なデミヒューマンと接触するといった有様で、避けることの出来ない戦闘に、否が応でも応じなければならず。力任せに、それらを退治している。


 「オラオラオラァ!!」


 最も力任せなのが、この男、ドライだ。また現在それだけが、彼の取り柄だ。剛剣を振るう度に、血しぶきが舞い上がる。下手をすれば、こういう時間が一日に何回もある。少数から、群まで、襲ってくる彼等の総数は様々だが、正直イライラの元だ。


 「あらよっと!!」


 ドライが最後の一匹をブチのめす。果たして今日はこれで終わりなのか?安らげる暇があるのかどうか、だが、それでも一応、一息付ける状態になった。


 「これで、終わりですね」


 漸く終わったのか、そんな顔をするシンプソン。彼は戦闘以前に、生臭い血の臭いをかぐことに疲れを覚えている。


 「ああ、全くだ」


 オーディンは、無意味な戦闘にウンザリといった顔をする。血で濡れた青い刀身を震いながら、妙に苛立った表情をする。


 「日に日に、デミヒューマンが増えて行く……」


 すでに、世界に異変は、人間達にも徐々に肌に感じていることだろう。セシルの緑色に透き通る瞳が、世界の行く先を見つめている。そして自らの使命の重みを感じた。


 その時だった。例の地震が、やってくる。だが、規模は大きい。未だ上空を飛んでいるローズには、ゴゴゴ……!!と、不気味な地鳴りが聞こえただけだった。だが、大地がうっすらと、裂け始めているのが、目に入る。


 「みんな危ない!」


 上空から一気に駆け下り、セシルとシンプソンを、両脇に抱え、再び上空に上がる。こういう状況では、運動神経の良くなさそうな二人を、真っ先に救わなければならない。そう思った彼女のとっさの行動だった。それにドライやオーディンを、信頼しているからこそ出来る行動でもあった。


 「うわ!一寸待て!マジかよ!!」


 「うわああ!」


 しかしそうしている間に、信頼している筈のドライとオーディンが、地割れに飲み込まれてしまった。大地の変化は、異常なほど早い。ローズの視線から遥か先では、ひとかたまりの大地が、数メートル隆起するのが見えた。


 「ドライ!オーディン!!」


 叫ぶには叫ぶが、今地面に降りることは出来ない。相変わらず大地はうなりを上げている。だがその震えも、一時的、しかも周期的なもので、十数秒後には、ウソのようにおさまる。それは此処数日の経験で、理解できていた。


 助けた二人を、乱雑に、適当に下ろす。


 「きゃあ!」


 「うわ!」


 その声にも耳を貸さず。二人が落ちた地割れの位地まで行き、奥深い暗闇を覗いてみる。


 「二人とも!生きてるのなら返事して!!」


 その声は、奥の方にある何かの空洞に反射して、響いて彼女の方に戻ってきた。そして、その声に反応して、ドライの返事も返ってくる。


 「ああ、いってぇ!何とか生きてるぜ、二人ともな!」


 ぶつぶつと ぼやいているので、大した怪我はしていないようだ。オーディンの返事は聞こえなかったが、「二人とも」と、いっていることから、二人の無事は確認できた。


 「それにしても、こんな所に、洞窟があるとは……」


 「おかげで助かったけどな」


 地割れの奥深くにあった。空洞の天井を眺める。かすかに陽の光も拝める。しかし、高さといい、隙間の広さといい、とても大人の通れる幅ではない。地震と共に、ある程度縮まってしまったようだ。地面は、上から振ってきた土砂で、かろうじて人間の落ちる隙間で無くなっている。二人はその上に落ちたようだ。運良く怪我もない。


 「で、どうやって上へ上がる?」


 幾ら上を眺めても仕方がないのだが、何とか再び地上に出ることが出来ないだろうか、薄そうな希望を抱きながら、ただただ首を上に傾けるだけだ。


 「ねえ(無い)……」


 どう足掻いてもこの隙間からは、上へ出ることは、出来ない。決定的な理由としては、隙間まではい上がる手段がない、と言うことだ。


 「お!」


 しかし、ドライが何かを思いついたようだ。


 「何も這い上がる必要なんてあるかよ!この自慢のジャンプ力で、入り口までとびゃ良いんだよ!」


 と、早速実行に移ってみる。


 「よっと!」


 手が隙間に掛かる。うまい具合に、身体を上に持ち上げ、隙間の中に、身体を滑り込ませる。


 「よ!よっと!ん?およ、あら?」


 身体を滑り込ませたまでは、良かったが、身体を強引に入れたので、二進も三進も行かなくなってしまったのである。やはり隙間は狭かった。


 「ぐぐ!抜けねぇ!」

 間抜けにも、足をジタバタさせながら、懸命に抜けようとしたのだが、どうしようもなくなってしまう。オーディンの位地からは、間抜けなドライの足だけが見える。


 「まったく。無理をするからだ」


 ドライの無謀に、あきれ果て、少し疲れた、ため息をつく。


 「よっと!」


 軽く一飛びし、ドライの両足首をつかむと同時に、天井に踏ん張る。


 「よっこらせ!!」


 「イテ!!イテテ!!」


 「我慢しろ!そら!」


 ドライは、オーディンに引き抜かれ、そのまま着地をする。だが、上半身は泥だらけだ。一方オーディンも、意味無く空中で数回、回転をし、華麗な着地をする。


 「テメェ!もうチョイ丁寧にしろよ!顔が曲がるだろうが!!」


 助けて貰いながらも、顔を揉みほぐしながら、礼より先に文句を言うドライだった。身体のほうも、さながら、顔の方も頑丈のようだ。きちんと原形を保っている。


 「何やってるのかしら……、あの二人……」


 上では、やたらと五月蠅いドライの声を疑問に思うローズが、地割れに耳を近づけて、下の様子を探っている。それから静かになったのを確認し、スクリと立ち上がり、服に付いた土をパンパン!と叩き、腕組みをして、口をへの字に、曲げてみる。


 何か良いアイデアはないのだろうか?


 「あの、魔法で穴を開けては?」


 シンプソンが言う。手鼓を打ち、納得をするローズ。


 「二人とも!そこ退いて!!今から強烈なヤツで、穴開けるから!!」


 それこそ、大地に風穴を開けるほどの大声で、地面に向かって叫ぶ。下では、その声が反響して、鼓膜が破れ、目を回している二人がいた。耳を塞いで、ふらついている。しかしその光景が、ローズに見えるはずもない。


 「行くわよ!」


 両手の親指、人差し指同士を、互いに交差させ、円を作る。その円の中は、次第に電気的にバチバチと音を立て、発光したエネルギーが、集積されて行く。


 「何をやっているの?姉さん(セシルは、ローズのことを、ドライの妻だと思っていた)」


 「え?これね、エネルギーを十数発分、ためてるの。総計して、地下十数メートルまで、半径五十センチ程度の穴を開けるんだけど、一発分だとね……、で、それをリング状にして、大地にブチ当てると……」


 缶の蓋のように、大地を斬り開ける。そう言う状況を作り出すための、前準備だ。当然斬られた大地は、地下に落ち込んで行く。


 「でも、それでは、衝撃で地盤が崩れてしまうのでは?!」


 ぎりぎりの瀬戸際に、シンプソンがローズの行動に対する疑問的質問を投げかける。だがしかし。


 「あ!」


 その瞬間、呪文は大地に直撃する。半径一メートルくらいの光のリングが、大地を切り落とした。


 ズゥン!!ドドド!!しかしその直後、あまりの衝撃の強さのため、周辺の大地も、崩れ落ちてしまう。ローズは反射的に、二人を突き飛ばし、自らも、後ろに飛び、その場から離れる。


 「そう言うことは、早めに言ってよ……」


 「はぁ……」


 今更どうしようもない、この状況の中で、何故か怒られるのは、ミスを犯したローズではなく、疑問を投げかけたシンプソンだった。本人も、何だか自分が悪いような気になってしまう。損な性分だ。


 「おい!俺達を殺す気か!!ゲホゲホ!!」」


 下から元気なドライの声が聞こえる。この状況下にあって、二人は、無事のようだ。よく死ななかったものだ。彼等だからこそ、生きていたと言っても過言ではない。


 それはそれとして、下の二人は、より土と埃にまみれてしまった。


 「ゴホゴホ!!参ったな、これでは、上に行けないな」


 「ったく、あんのバカは!加減しろよな、俺いつか彼奴に、殺されるんじゃねぇんだろうなぁ!!」


 下は下、上は上、両者ともそれなりに、何とかしようとしているようだ。だが、なかなか思惑通りには行かない。


 「セシル、貴方何か良い魔法無い?」


 ローズには、これと言って、適当な魔法がないらしい。


 「無いわ、私の魔法は、基本的に威力と規模が、比例するから……、ご免なさい」


 「ふぅん……」


 「そうですねぇ……」


 困りに困り果ててしまう三人だった。


 「ドライ、何時までもこんな所で、モタモタしていても、仕方がないのではないか?」


 オーディンは、出来るだけ細部まで、服に付いた細かい泥や、埃を丹念に叩いている。几帳面に、これでもか、と言うくらい、きれい好きだ。しかしそれでも限界がある。首もとがざらついているのが、気になったと言ったところだ。


 「うっせぇよ。んなこたぁ、みりゃ解る。それにしても、なんでオメェと一緒なんだよ」


 ドライは、下に落ちたことよりも、オーディンと一緒に落ちたと言うところに、不満を感じていた。口の中に入り込んだ泥を、唾液と一緒に吐き出し、腹立たしそうに、その辺に転がっている石を足蹴にする。


 先ほどから聞いていると、ドライは可成り不平不満をぶちまけている。正直だが、あまり良い意味は持たない。


 「仕方が無かろう!私だって好きこのんで貴公と、一緒にいたいのでは無い!!」    


 ドライにつられて、彼も不平を言う。少し自分が苛立っているのが解る。


 つい、自分自身、ドライを正直にどう思っているのか理解していない状態で、彼を否定した。


 「……いや、済まない……」


 しかし、すぐにそれを否定する。苛立ちから出る不平だという事にすぐに気がついたのだ。


 「出たな、ホンネ……、ま、兎に角、此処から、でねぇとな……」


 互いに、拒んでいる場合ではない。取りあえず互いを嫌悪するのは止めよう。ドライがそう言った意味で、珍しく自分から、ポンポンと、オーディンの肩を叩く。そこには、最初に彼を茶化したお詫びの意味があった。


 「ああ、済まない。正直言って私の周囲には、貴公のような人間がいなかったものでな。つい……」


 先に、ドライに状況を冷静に判断され、調子が狂ってしまう。俯き気味に彼も謝る。


 「へへ、俺だって、オメェみたいに気取ったヤツなんざ、周りにいなかったからな」


 「私が?気取っている?」


 彼は彼の日常の、当たり前の生活態度をとっているだけだ。別に気取っているわけではない。ドライの言っていることが、自棄に大げさに思えてならず。眉を八の字にして、妙なおかしさが、顔中にあふれ出した。これは普段の彼であって、本人としては、極普通であるつもりだ。


 「気取ってんじゃねぇかよ!言葉遣いとか、仕草とかよぉ」


 声が笑いに震え、自分の言い分を肯定的に、そして、オーディンを否定的に、彼の上から下まで、それが全て、そうだ。そう言いたげに、彼を上下に眺め回す。


 「気取ってはいない!!」


 オーディンも、両手を広げ、自分が普段からそうだと言うことを、ドライに主張する。そのうちに、互いの言い分に引くことが出来ず。歯ぎしりをして、睨みを利かせ合っている。互いにこう思った「解らず屋」と。


 それでも、今はこれをどうこう言っても仕方がない。むなしいだけだ。そう学習した二人は、一旦互いの顔を見るのを止め、背中を向け合う。そして、もう一度上へ抜ける方法を考え始めた。その時だった、少し遠くの方から、妙な音、いや、何かの鳴き声のような音が、こちらに近づいてくる。


 「クルル・・、グググ……、ゴゴ……」


 それから引きずるような、ズルズル……、ズルズル……、という音も聞こえてきた、床にすれるその音が、何とも不気味だ。


 反射的に身構える。ドライもオーディンも、その唯ならぬ気配に、一瞬冷や汗を流す。そしてその姿を、見た瞬間だった。思わずつばを飲み込んでしまうドライ。オーディンは、無意識のうちに、数歩足をすりながら、たじろいでしまう。互いの眉間に、汗が流れる。


 「何なんだよ。比奴は……」


 「悪魔以下だ……」


 その生き物は、数個の人間の顔を持ち、絶えず眼をギョロつかせ、通路一杯一杯になりながら、触手か足か解らないものを多数壁に這わせながら、二人の方に徐々に徐々に向かってきた。そして声とも鳴き声手も付かない音を発している。色は、暗がりの中でも、粘膜質におぞましいほど黒に輝いていた。

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