第1部 第5話 §2 連携
バケモノの体に無数に張り付いている顔の一つの顔が、二人を見つけ、生理的に受け付けないほど長い舌を口から吐き出し、うねらせ、唾液をとばしてきた。
「うわ!きったねぇ!!」
ドライが咄嗟に、オーディンのいる位地まで下がる。
服や大地に、それが触れると、シュウ!!と焼け付く音を発し、それらを焦がし、硫黄臭を含んだいやな臭いがする。
「げげ!!」
「気を付けろ!酸の類いだ!下手に近づけば、間違いなくやられる!!」
生き物の名前、種別等は、いっさい解らない。ただひとつ、この世界の生き物ではないということは、理解できる。超獣界の生き物にしては、禍禍し過ぎるようだ。となると、この生き物の出所は一つ、「魔界」である。自然にそう定義付けられてしまう。
それを察すると、その攻撃能力、破壊力は、想像できた。挑むのは、馬鹿げている相手だ。しかしこの閉鎖された空間では、逃げることは出来ない、後方はローズの魔法で、退くことを許さないほど、すっかり壁と化している。
二人は選択してはならない方を、選択せざるを得ない状況を迫られた。二人の顔が、この得体のしれない生き物に、顔面蒼白となる。
一方、この生き物の触手はうねりながら、大地の隙間を、這い出そうとしていた。
「何なのよあれは!!」
その不気味で、気持ち悪い蠢きに、特に大きなゴキブリを見たような顔をするローズ。
「解らない!でも、この世界のものじゃない!!」
「何を呑気な事を言っているんです!そうならなおさら早く二人を助けないと!!」
次々に、理解不能な状況に、パニックになりかかるシンプソンだった。急いで、次の手段を考え始める。
しかし、手だてが丸でない。地面を崩すことは、即二人の死につながる。上からでは、この生き物を、下手に攻撃することすら許さない。
「なんてこった!こんなヘヴィなバトルは、初めてだぜ!!」
「この狭さでは、秘剣が使えぬ!!」
オーディンの技の一つ一つは、動作が大きい、彼の秘剣は、雄大な鳳凰の動きにその原点がある。
生き物は、彼等を食するのか、ただ、蹴散らすのか解らない。最も最悪なのは、恐怖した瞬間に、精気を吸われることだ。
しかしこのまま黙っていては、殺されるのは間違いない。此処は一か八か当たって砕けろだ。そう考えたのは、ドライだった。それに、自分の身が危険にさらされた瞬間、こういう身震いが起こるほど危ない状況に、ゾクゾクして、それに挑みたくなるのだ。
目の輝きが、孤独で戦いに明け暮れていたときの、異常な輝きを取り戻す。ローズを見つめている時には、全く見られなかった輝きだ。
「オラァ!オラオラ!!」
好戦的に、化け物に突っ込むドライ。その尋常でない殺気を感じると、化け物も標的をドライに絞る。彼を近づけまいと、触手を伸ばしてくる。
「仕方があるまい!!」
ここで、オーディンも戦意を起こす。激烈を極めた戦争を思い出し、それをこの現状にかぶせた。彼はそれをただ二人、生き抜いた人間なのだ。相棒が、セルフィーが、ドライに重なる。
オーディンは考えた。今現在使える技は、限られている。剣に蓄えた魔力を、直接ぶつけることだ。それでも可成りの効力がある。そして、隙を見て、致命の一撃を当てる。まず第一はあの濃硫酸の舌だ。あれを使えなくする必要がある。
「なかなか隙が出来ねぇ!!思ったより素早いぜ!!」
「どけ!!私が行く!!」
後ろで、オーディンが指図をする。
「なんだと!!てめぇ!誰に言ってやがる!!」
状況を忘れて、ムキになってオーディンの方に振り向くドライ。戦闘で指図されたのは、ドライとしては、初めてだ。一瞬隙を作ったように見えるその背中に、敵が触手を素早くのばして来る。それと同時に、オーディンが、純粋な破壊エネルギーに変換された魔力を放つ。
ドライが、後方と前方を器用に警戒しながら、バック転、空転を交えながら、これらを同時にかわす。
「ギャァ!!グエェェ!!」
オーディンの魔法を喰らった化け物は、痛みにもがき、空洞に填った身体を遠慮なく蠢かせる。その反動で、周囲の壁が、悉く崩れ始めた。
「くっ!これほど脆いとは!!」
降り注ぐ瓦礫のせいで、生み出した筈の攻撃のチャンスも逸してしまう。
それどころか、今の攻撃で、完全に相手にこちらが敵だということを認識させてしまう。仕掛けられる攻撃も、触手だけにはとどまらなくなった。
口の一つに、エネルギーをため、二人の方にそれを一気に放っててきた。
「クソッたれぇ!!」
それを上空に跳ね返すことも出来ず。ドライは真正面からこれを剣で受ける。エネルギーは、剣に跳ね返され、舌を吐き出している顔に命中する。だが、それと同時に、ドライは、後方の瓦礫まで、弾かれるように吹き飛ばされてしまう。そして、あまりの衝撃に瓦礫に跳ね返り、前のめりに倒れ込む。
「痛!!」
「ドライ!!」
その光景の惨さに、また戦闘中だという事を忘れてしまうオーディンだった。
「よそ見すんな!!」
彼はダメージを喰ったものの、致命傷ではなかった。しっかりと意識を保ち、そう言い放つ。
慌てて前を向き直すオーディン。
化け物は、更に手負いの獣のとなり、光線を乱射した。その一つが、倒れて動けないドライの方に、向けられる。オーディンは、反射的にそこへと回り込む。そしてハート・ザ・ブルーを、眼前に突き出し、相手の魔力を悉くその中に吸い込む。
「なにしてんだ!!俺を庇ってる暇あったら、さっさと、彼奴やっちまえ!!」
ドライはオーディンに、恩を売られたと思った。それに、助けられたことが、妙に恥ずかしかった。とくに、彼は自分とは相反する位地にいる男だと思うと、なお、事実を拒みたくなった。空元気で起きあがり、礼どころか説教をかます有様だ。
「もう死なせはせん!誰一人……たとえお前のようなヤツでも、待っている者がいる限り!!来るぞ!」
「うるせぇ!!」
ドライは性懲りもなく化け物に突っ込んで行く。しかし、今度は触手に阻まれることはなかった。それは、後方から、オーディンが、ドライに触れようとする触手を、光弾を放って、化け物の攻撃を防いでいたからだ。
突っ込む彼は、目標を一つに絞る。それは、数個ある化け物の顔の内の一つの、今にも光線を発しようとしている部分だ。だが、顔はいくつもある。他に何をしでかすか解らない。
光線が、至近距離のドライに向かって放たれる。ドライは、これを紙一重でかわすと同時に、剛刀をその顔に深々と垂直に突き刺す。そして、剣をぐるりと捻り、強引にそれを抜いた。
「退くんだ!!」
オーディンの声だ。それに反応し、後方宙返りをしながら、天井ぎりぎりを、飛翔するかのように、身を翻すドライ。彼の真下を、極太の火炎が直進し、敵にぶち当たる。洞窟内が瞬時に真夏のような暑さになる。
しかしそれでも、化け物は死ななかった。とてつもない生命力だ。痛みに、藻掻くだけだ。だが、それが一番困る。その度に、天井から瓦礫が降り注ぐのだ。このままでは、此処が崩れ去るのも時間の問題だ。
これ以上、長期戦は、彼等にとって望ましくない。
「『しぶとい』ぜ、急所は何処なんだよ!」
「確かに気にいらんな!!」
オーディンは、内心この生物の持つ、底知れぬ生命力に対する恐れを抱いた。ありそうでない、手応えが、彼をより警戒させた。
「さっさとやっちまおうぜ!!」
ドライは先ほどのダメージが残っているのか、呼吸をうまく整えることが出来ない。こちらも少し攻撃の手がゆるんでしまう。だが、敵は手を緩めてはくれない。即座に触手を伸ばし、二人を攻めてくる。
触手は何本あるのかは、解らない。だが、数は非常に多い、動きも速い。本体の移動速度とは、正反対だ。その内、手や足をからめ取られそうだ。
「ホラ!シンプソン!この前のアレ!ほら、空間ごとの移動!やってよ!!」
そのころ上の方では、同じように触手に悩まされながら、下の二人を何とか助ける術を考えていた。
「アレはあくまで他空間への移動で、この空間同士の移動は不可能です!」
「キャア!!」
セシルが触手に絡まれ、宙に釣り上げられる。
「世話焼かせないで!!」
ローズが飛び上がり、触手を切り離しセシルを解放する。
上の状況も、極めて不利だった。その理由は、直接的な攻撃が出来るのはローズだけで、後はそういった攻撃が出る人間はいない。セシルは、魔法を放っている間、全く無防備である。それを恐れ、思うように呪文を仕掛けられない。それに、大地へのダメージは、禁物だ。セシルの呪文はその危険性が大きい。
「シンプソン!何してるの!!シールド張って身を守って!」
「わ、解りました!」
今頃慌てて自分の身を守るための、準備をする。
「そうだ!セシル、地下水を強制的にわき出させること出来ない?!」
突然、ローズがピンと来る。
「出来る!けど、この地下に地下水があるかどうか!」
「やって!私が前衛をつとめるから!!」
「はい!!呪文長いですから頑張って下さい」
セシルを連れ、シンプソンのシールドの前まで行く。そして、彼女の後方にシンプソン、前方にローズが立つ。彼のシールドにより、後方からの攻撃の心配はない。
「グラッド・アー・ス・カネール・ウォーディー・ゲオ・ナハトサバラ!!レ・クウォロトル・ラーディハマ・ジェネテイト・アーシア!!我命ず!大地に眠る水よ。乾いた大地によみがえれ!!緑を癒せ!!生命を溢れさせよ!!グラウウォード!」
呪文の詠唱にかかった時間は約十数秒、その間触手が何度もローズをかすめた。
詠唱の直後、大地が不気味に揺れだし、暫くして水が怒濤に噴き出し、地下にいたドライ、オーディン、そして、化け物が、水圧に押され、一気にその姿を地上に現した。
その化け物の姿、それはなんとおぞましいものだっただろうか、丸く長い数メートルの身体に、数え切れないほどの触手、黒く粘膜質の身体、無秩序に身体から浮かび上がった人面。飢えた眼が、絶えず獲物を探している。
「比奴こんなに、でかかったのか!!」
「通りで、攻撃が通じにくい筈だ!!」
暗い地下から解放され、不利な環境から、脱出できた二人。二人が賢明に攻撃していたのは、洞窟いっぱいに広がってた、化け物のほんの正面だけに、すぎなかったのだ。
「やった……わね」
ローズはそれを見て、疲れた様子で、膝を地に付ける。地上で一人奮戦していたので、当然だ。
「レディ!みんな、ご苦労!!後は二人で何とかする!休んでいてくれ!!」
遮蔽物の少ない地上に出て、技を繰り出せる最良の条件を手に入れたオーディン、意気込みが見られる。
「バーカ!こんなガキなんざ!ドライ様一人で十分よ!!」
先ほどまで散々手こずっていたというのに、根拠無く強気に出るドライ。言葉と同時に、力強く駆け出す。
セシル、ローズはしばしシンプソンのシールドの中で、休息をとることにする。それと同時に、二人の戦いぶりを観察することにする。
地上に出て、行動範囲の広くなったドライは、水を得た魚だった。行動パターンを変化させ、相手の予測の出来ない動きを見せる。触手の動きも拡散され、彼を捕らえることが出来ない。
だが、触手の動きが拡散させていたのは、ドライの動きばかりではなかった。動きの速いのは、オーディンも同じだったからである。
この時一瞬二人の目が合う。それと同時に、互いに頷いた。何が解ったのかは解らない。だが、ドライは次にするべき行動に出る。自己主張的な彼が、コンビネーションに、協力したのだ。
大地を蹴り、一気に上空に出る。
「龍牙斬!!」
何を思ったのか、オーディンが、跳躍したドライに向かって、技を仕掛ける。燻し銀に光った楕円体の弾丸が、ドライに向かって突っ走る。
しかしドライはこれを予測していた。慌てることなく、ブラッドシャウトを弾丸にかざす。
弾丸がブラッドシャウトに跳ね返り、垂直に化け物に向かって、降下して行く。その直後には、オーディンも敵に突っ込んでいた。ドライは、魔法を弾き返した後、オーディンと反対の方向に回り込む。敵の背面だ。
化け物は、呪文を喰らった傷から、毒々しい深緑色の血を噴水のごとく吹き出させている。可成りの深手になったようだ。
背後に回り込んだドライだったが、この時妙な胸騒ぎがした。戦いの感だろうか、危険を承知の上で、化け物の背中の上を駆ける。
「オーディン、ドケェ!!」
その鬼気迫る声に、オーディンは、後ろに身を引こうとしたする。だがその直後、大地から触手が出現し、オーディンの足は、絡められてしまう。
「しまった!」
この様な知恵があったことは、想像もつかなかった。自分に対する立地条件の変化で、相手を見くびってしまったのだ。本人にはそのつもりがなかった。だが、わずかな心のゆるみが生じていたのは確かだった。それと同時に、勝負を焦りすぎた感もある。体勢を崩し、後ろに倒れてしまう。歯ぎしりをして、敵を睨み付ける。額からは汗が流れた。
例の顔の口の一つから、何か煌めくものが見える。眼はオーディンを標的にしている。口はなかなか開かず、ためがある。そこからは密度の高いエネルギーが感じられた。そして口がゆっくり開いて行く。
「畜生!間にあわねぇ!!」
ドライが、オーディンの前に立ちはだかり、剣を敵に向ける。
「退くんだドライ!焼け死ぬぞ!!」
「ウルセェ!!」
ドライの足も触手に絡まれる。その瞬間、化け物の口が開ききった。更にその時だった。ドライの潜在意識の中に声が聞こえた。
〈シュランディア!!いや、ドライ・サヴァラスティア!!剣をなおせ!意識を眼前に集中しろ!!〉
誰の声か解らない。
〈誰だ!!〉
そう思いながらも、無意識のうちに、その言葉に従ってしまうドライだった。それに拒絶するほどのゆとりもなかった。ドライは、剣を素早く背中の鞘にしまい、仁王立ちになり、眼前に意識を集中するのだった。
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