第1部 第5話 §3  啀み合い

 化け物のエネルギーが発射され、ドライに直撃しようとした刹那、「もうダメだ」、誰もがそう思ったその時、彼の眼前に、その身長を一回り上回る半球体、半透明の赤いシールドが出現し、化け物の放ったエネルギーを、逆に跳ね返してしまう。要領はブラッドシャウトと同様だが、受ける範囲、確実性、反動の少なさ、どれもその比ではなかった。


 化け物は、自らの放った魔法により、その身を粉みじんに砕いてしまう。周囲には、その肉片が、飛び散る。


 戦闘が終わった。


 それに気がついたときには、周囲の大地は原形が解らないほど、崩れていた。最もこれは、セシルの魔法によるもので、その魔法の威力は相当なものだ。


 ほっと息をつくシンプソン。警戒とシールドを解く。


 ドライが魔法を使えたことに驚いたローズ。正式には、ドライは魔法の類は殆ど使えないのだ。それを覆す出来事だった。


 皆がドライに注目している中、一人だけ眼に見えて世界の崩壊が進んでいることを痛感しているセシルだった。


 「ドライ、お前……」


 薄情な男だと思っていたドライが、己の身を挺して、自分を守った。その事が信じられなかったオーディンだが、それは事実だ。足下に絡みついた触手をほどき、彼の肩を揺する。


 「怪我……怪我はないのか!」


 ドライは、彼のこの言葉がかかるまで、焦点を失い。放心状態になっていた。自分を取り戻すと、自らの両手の平を眺めながら、今自分のしたことが、信じられない様子で、不慣れな感触を確かめている。それから、自分が咄嗟の内にオーディンを守っていたことに気がつく。


 「へ……、べ、別に借りを返しただけよ!」


 何の借りなのかは、解らない。オーディンはキョトンとしてしまう。


 照れ臭そうに背中を向け、ローズの方へと向かって、歩いて行く。調子の狂った様子で、後頭部を掻きながら、何故必死にそこまでしたのか、本人ですら理解できない様子だった。


 「あぁあ……、ローズ。美人が台無しだぜ」


 と、少し心のない状態で、かすり傷のついた彼女の頬を指の背で撫でる。意識的に、彼女のことだけを、考えることにした。


 だが、あの声は何だったんだろう。そう考えると同時に、冷静になれば、それが誰の声だったのか、直ぐに理解できた。その存在を否定しながらも、それはシルベスターだということを理解したのだ。



 〈気にくわねぇ……〉


 向こうは、何もかもお見通しだ。そう考えると、ムカっ腹が立ってくる。


 「ふふ……、一寸手こずっちゃった。でも、ドライ、何時あんな魔法覚えたの?」


 ドライが無事だと解ると、もう、顔がニコニコして、それだけで十分といった笑みだった。


 「へへ、とっておきってヤツよ」


 適当に茶化して、ローズの頬を撫でる。それがそうであることは、ローズにも理解できた。この男がそんな回りくどい物を、一々考える筈がない。一つ気になったのは、戦闘を終えても、すっきりしないドライの顔だった。


 最近のドライは、戦闘を終える度に、一寸した虚しさを感じるようになっていた。戦闘を仕掛ける前とは、全く反対の心境だ


 「兎に角礼を言っておく。私のミスだからな」


 握手を求めて、手をさしのべる。


 「いいって、気にすんな」


 やはり照れ臭そうだった。オーディンと顔を合わせたがらない。手を軽く払って、背を丸めて、そちらばかりを見せる。


 「何してんだ?早く、行こうぜ」


 そう言って、一度後ろを振り返り、一応の目的地に向かって、歩き始める。シルベスターは、その場の最小限の言葉を残したっきり、あとは、彼に語りかけることはなかった。それが余計に腹が立つ。面白くないドライは、適当な石を見る度に、それをけ飛ばす。


 それから、暫く無口になって歩いては見るが、やはり腹の中が収まらない。後ろを歩いているセシルに、ボソリと口を開く。


 「なぁ、セシル、何で、シルベスターなんか、いるって解るんだよ」


 自らもその存在に気づき始めながらも、あえてそれを否定した形で聞いてみる。


 「何故って、言われても……、時折あの方の声が、聞こえるのよ。早く世界を――――って、それに父さんも、母さんも、私の代で、世界の破滅が起こるって言ってたし、二人も彼の彼の声を聞いていたわ。だから、私はその意志を継いで、勿論兄さんも、そうだったわ、でも記憶がないんじゃ……、でも、あの方はいるわ!」


 「ふん、なるほどね……、ま、テメェはそんなところだろうよ。オーディン、オメェは何で信じる?」


 話の内容を理解できないまま、唐突に振られてしまって、一瞬何を言って良いのか解らず、言葉を詰まらせてしまう。


 「それは、私が、この地に来たきっかけだし、私も彼の言葉を聞いた。私は死ぬべきでない、と、もしそれが本当なら、私は確かめてみたい。もし世界の、終わりを救える事が出来るなら、それが私の使命ならば……、と、今はそう思う」


 「ふぅん……」


 ドライの目的と言えば、黒の教団を叩きつぶすことだ。では何故そうするのか?「逃げるのはイヤだ」言葉ではそう言ってはいるが、本当にそうなのだろうか?自分の言葉の軽さに、一寸だけ深刻になってしまう。


 確かに逃げるのはイヤだし、それならこっちから向かって自分で叩きつぶすのが、彼自身、自分に一番似合っていることは知っている。だが、正直どうもそれだけではない、心に何か飢えを生じている自分に気がつく。何だか数日前まで、ローズとのんびりしていたことが、妙に懐かしい。


 だから、黒の教団をつぶす。そのためには、彼等と最初に遭遇したあの場所に行くしかない。そして、そこから何か始まりそうな気がした。何となくだったが、彼は自分のそれに従うことにした。だから今歩いているのだ。


 しかし、それと同時に、シルベスターの元へ向かう結果となっていることが、妙に腹立たしかった。自分自身で動いているつもりが、いつの間にか何らかのレールに乗せられているのではないだろうか、そんな疑問に駆られて仕方がない。


 そこで、彼に一つの結論が生まれる。


 「ああ!止めた止めた!!考えたら、黙って黒装束待ってる方が楽だぜ!其奴ひっつかまえて、大司教の居場所聞いた方が、手っ取り早い!!」


 投げ遣りに叫び、後ろを振り向いて、皆の歩みを止める。


 ドライがダダをこね始めた。彼がこういうシーンを見せるのは、前にも数度ある。またか、そう思って、ため息をつくオーディン。


 「ドライ、落ち着け、言いたいことがあれば、言えばいいだろう。仲間だろう?」

 正直言って、本当の意味の仲間意識は薄かった。だが、旅を共にするからには、やはり仲間だ。それに、一緒にいると、情が移ってくるのだ。だから放っておくことは出来なかった。しかし、ドライには、この言葉が、一番カチンときた。


 「仲間?バッカじゃねぇのか!!調子にのんな!だからテメェは、気取ってるって言ってんだよ!」


 唯でさえ苛立っているというのに、元々一人で行動する彼にとって、馴れ馴れしくするオーディンの態度は、むず痒い物だった。ただオーディンとしては、やはり善意から言っている、素直な気持ちだ。


 「な!心配をしていったのだぞ!!」


 これには堪忍袋の緒が切れた。ドライの胸ぐらをつかんで、彼を釣り上げそうになる。だが、怒りを抑え、掴むだけにする。


 「ほっ!人の心配しているゆとりあんのかよ。さっきだって、結構泡喰ってたじゃねえか」


 胸ぐらを捕まれているにも関わらず、ふてぶてしく余裕のある態度を見せるドライだった。見下した態度で、オーディンを睨み下げる。


 「き!貴様というヤツは!」


 ドライを放り投げ、殴りかかる。しかしオーディンの拳は、彼の眼前で、ピタリと止まる。何故彼はこれほどに、卑屈で投げ遣りなのだろう。それを思うと、殴れなかった。


 「どうしたよ。殴れよ」


 挑発をするドライ。ただニヤニヤと笑う。だが、オーディンは彼を突き放して、殴るのを止めた。


 「いっとくが、俺はお宅等を仲間なんて思っちゃいない。そろそろ旅のしかたも解ったろ」


 それを見ると、すっと立ち上がり、尻に付いた土を叩く。ドライは、進路を北より、少し東にそれて歩き始める。


 「良かろう。短い間だったな!」


 オーディンは、そのまま北を目指す進路を取る。


 「一寸待って下さい!ドライさん、オーディン!」


 「待って!兄さん、考えなおして!!」


 どちらについていった方がよいのか解らず、その場でオロオロしてしまうシンプソンとセシル。大声を出してみるが、二人は、彼等を引き留めることが出来るほど強くはない。こういう場面は、至って不慣れだ。


 「一寸!ドライ、待ってよ!!」


 ローズは、言葉では、ドライを引き留めるが、足はすでにドライの背を追っている。


 「二人とも、どうする?」


 オーディンは、一度立ち止まり、二人に訪ねてみる。どのみちセシルは、北に向かうつもりだ。シンプソンには、この時勢が少し不安すぎる。其処に無秩序なドライとなると、寿命が縮まりそうな錯覚を覚える。乱暴に見えるドライには、ついて行き難く。やむなく選択肢はオーディンについて行くしかないというものだけになる。


 彼等が別れて数日後。


 ドライとローズは、またもやデミヒューマンとの戦闘に巻き込まれていた。巻き込まれると言えば、主にオークやゴブリンが多い。この日はオークだ。そのほかにも、何匹かジャイアントが混じっている。彼等は戦闘中、血の臭いを嗅いでやってきたものだ。


 「ローズ!ぼさっとしてんな!!」


 連日戦闘ばかりだ。二人になってから、キツイものがある。個々の強さはそうでもないが、数が多いのだ。ローズは体力的に参っていた。精神力の集中も出来ず、魔法をうまく使いこなすことが出来ない。


 ドライは、そんなローズを背にして庇い、ハッパをかけながら、これを凌いでいる。


 「ドライ、私もう……」


 「しっかりしろ!約束破る気か!」


 「ご免……」


 「ローズ!!」


 その時だった。


 「シャイニングナパーム!!」


 男の声、真っ白な光と数発の爆発の共に、デミヒューマンが蹴散らされて行く。その中を一人の剣士が、とどめを刺しにかかっている。実に手際よく鮮やかだ。


 「あの声、まさか!」


 ドライはその声に聞き覚えがあった。昔からよく知っている声だった。それを知ると、彼は構えを解き、その人物を本当にそうであるのかを確信するために、目を凝らし、まぶしさを耐えながら、彼の方を向く。




 その頃、オーディン達も、同じようにデミヒューマンとの戦闘を終えていた。


 「三人だと、やはりキツイですね」


 額の汗をふき取りながら、激戦地を生き抜いたかのような顔をするシンプソン。否が応でも戦闘に参加しなくてはならなくなってしまった辛さを、ついポロリと口に出してしまう。


 「言うな!あんないい加減な男、いない方がましだ!!」


 とは、強がったものの、正直手が足りないことは、ほとほと痛感していた。だが、最初に立てた目的を、一寸した弾みで、簡単に捨ててしまうドライが、許せなかったのも事実だ。


 あのとき引き留めて一緒にいても、余計に内輪喧嘩が酷くなるし、周囲にもケジメが付かない。だからあえて、彼を引き留めなかった。それにドライが反発するのも、目に見えていた。


 〈今は互いに距離を置いた方がいい……〉


 心の奥の方で、かすかにそう呟く自分と、


 〈いい加減な男だ〉


 と、希薄な表面上で、ドライに対する苛立った反発が、同時にわき上がる矛盾で、何ともやり切れない。


 「オーディンさん……、無理してませんか?」


 「別にしてはいないさ」


 セシルの心配も、譫言のような感情のこもっていない口調で、再び前進し始める。しかしこの時、進んでいる方角は、厳密に言うと北ではなかった。少し北北東よりと言った感じの北東だ。もしドライが、なんだかんだ言って、北に向かおうとしているのなら、このペースで歩いていれば、何れ接触するはずだ。


 〈この人は、意外と頑固ですね……〉


 シンプソンもその事に、気がついている。だが、特に何も言えなかった。また、この事について触れると、かえって余計にへそを曲げてしまうかもしれない、「触らぬ神に祟り無し」だ。


 「ねぇ、オーディンさん、進路が北から少しそれてますけど……」


 だが、セシルが、その事を察しもしないで、ハッキリと言いきってしまう。痛いところを突かれて、ピタリと動きを止めてしまうオーディン。


 「あの……、モゴモゴ!」


 セシルが再度、同じ言葉を言おうとしたところ、シンプソンが苦笑いをしながら、彼女の口を塞ぐ。オーディンが、その妙な声に、振り向く。


 「あの、彼女何か言いましたか?」


 と、もう一度苦笑し、オーディンと視線を合わせる。オーディンは、一度ムッとした顔をして、やたら作り笑いをしている彼を、じーっと見つめる。


 「異論があるのかい?」


 「いえいえ、ありません!よね、セシル」


 「うう!うう!」


 ひきつった笑いのシンプソンが、強引に、必要以上に、セシルの首を縦に振らせる。それを聞くとオーディンは、再び前を向いて歩き出した。二人は、オーディンから少し距離を開け、再び彼の後をついて行く。


 「どうして?兄さんのことだから、何れ北に向かうわ!時間のロスよ!」


 「これで、いいんですよ!なんだかんだ言って、ドライさんのことが、気になっているんですから……」


 「時間がないのよ」


 「しかし、それよりもっと大事なものもありますよ」


 「?」


 セシルは、使命感は強いようだが、どうもそれだけで、他の事には鈍いようだ。それだけを優先させる悪い癖を持っているようだ。兄妹でありながらドライとは対照的だった。

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