第3部 第3話 §14 風呂場にて Ⅱ
「この手を見てると、あの女の気持ちが何となく判るわ、それに広い腕の中……、彼女の居場所……」
魔法による肉体への緊張が少しほぐれたのか、ブラニーはホッとした顔をして、ドライに身体を預け目を閉じ、ふっと息を吐き、呼吸を整える。
ブラニーの観察から解放だれたドライの手は、新鮮な湯を冷えた身体に触れさせるために、彼女の胸元を撫でるのだった。
「ケア……してくれるんでしょう?」
「判ってるって……。…………アンタ変わったな」
ドライは、ブラニーを腕に収めながら、唇でそのの耳元から首筋まで、唇で軽く触れながら、彼なりのケアをし始める。
「子ども達が…………変えてくれたわ。ローズとリバティーも私を変えてくれた」
ブラニーは、まずジャスティンを思い浮かべた。彼女が生まれたときは、おびえて暮らす日々があった。今触れ合っている男が、失ったマリーの復讐に来るのではないかと、眠りの浅い毎日だった。リバティーが生まれたとき、ローズは彼女にその子に触れることを許してくれた。小さくて弱い、そして生命力に満ちあふれた一つの息吹。無垢な命は彼女に抱かれても、嬉しげな笑いを浮かべてくれた。
サブジェイとレイオニーは、ジャスティンが手を離れ、空こうとしていた空白の時間を埋めてくれた。特にサブジェイは、剣を通じてルークに満足感を与えてくれた。
「ふふ……ボウヤ、可愛いわね。ついつい苛めたくなるわ……」
ブラニーは、サブジェイが自分達との生活に慣れるにつれ、自分の意地悪に、喜怒哀楽を示してくれた日々を思い出す。レイオニーは少々ヤキモチも妬いたようだが、ブラニーにはそれも楽しいことだった。彼女はというと、普段は本を読んで無関心なふりをして、自分を隠しているが、いつしかそれも、読まれてしまうようになっていた。
「良かったわ……。今日、あの子が傷つかずにすんで……」
ブラニーの本音が漏れる。本当にホッとした一言だった。そしてドライの腕の中で完全にリラックスし、体重を預けるのだった。
ブラニーの心配事の一つに、サブジェイがここに来た瞬間ドライと喧嘩になり、感情にまかせて互いに罵りあってしまうのではないかということがあった。だが、ドライが落ち着きを取り戻し、サブジェイが大人になった分、そうはならなかったようだ。
時間は一時間ほど経つ。空は徐々に暗がりを広げ始め、今日一日の終わりを告げようとしている。風が徐々に吹き始め、気温は陽気の暖かさから、涼しさの傾向が少し強まり始めるのだった。
「ふぅ……」
さっぱりとしたドライが、一息はきながら、リビングに姿を現す。白いタンクトップにグレイのトレパンにスリッパ姿である。
その後ろからは、ブラニーが濡れた髪をタオルで丁寧に拭きながら、ローズのパジャマを着て、やってくる。
余った袖を折り返し、肩幅も余っており、少々着崩れを起こしそうだ。
そんな中――。
「つまり遺跡の中のメカニズムの一端というのは、魔法の原理と基本は同じなの。一般的なIHに搭載されている魔力炉は、小型化のために、スペックが小さくなり、自己増殖で魔力を増やすことが出来ないの……、尤も増殖炉にするためには、相当な魔力を封入しなければならないし、構築も複雑で、現在大型飛空船相当の炉にしなければならず……」
レイオニーが、一般人には解析不可能な図形を、ノートに広げ、それをリバティーに説明している。フィアは相変わらず、イーフリートとにらめっこである。
イーサーとグラントは、庭先でサブジェイに稽古をつけてもらっている。
「どうだった?」
ローズが、フライパン片手に、風呂上がりのブラニーをつつく。色々詮索したそうな表情は、ブラニーにもよく解る。
「良かったわよ♪すごく……」
ローズ公認だ、やましいこともないし、聞かれたから正直に答えただけだが、実感が非常にこもっている。
「へぇ~、すごく……ね」
ローズは次にドライに視線を移す。
「あぁ~~ビールビール……」
ドライはビールを探すために、キッチンの冷蔵庫まで、足を運ぶ。彼は照れくさいのだ。気まずさはない。相手がニーネなら、彼もそれほどではないが、あのブラニーである。
よもや時間の共有があるとは思っても見なかった相手である。少し冷静になれない。
「マッサージしてもらっただけよ……」
それ以上は何もないと言いたいブラニーは、フィアの横にしゃがみ込む。
発汗しているブラニーの香りは、通常の汗の臭いとは大きく異なる。香水とは違い、人工的ではない甘く思える香りが漂う。彼女の身だしなみである。
フィアもその香りに気づき、少々ドキッとしてしまう。
「今日はもういいわよ……」
ブラニーはイーフリートの炎を少し見つめると、そう声を掛け、すっとテーブルにつく。
ローズがブラニーの首筋に鼻をきかせる。
「アイツ、ちゃんと仕事した?」
と、とんでもないことを平然と訊くローズだった。
「ゴフ!ぶは!ごほごほ……」
キッチンに隠れていたドライが咳き込んでビールをはき出す。
リバティーに図解していたレイオニーが、力んで鉛筆をへし折って赤面する。彼女の中では、宇宙のようなイマジネーションが広がっている。想像上のブラニーが何とも生々しい。だが、ブラニーはすましてノーコメントで、ローズが気を利かせて、テーブルにおいてくれた風呂上がりの冷酒に、口を付けるのだった。
常識や道徳の微塵もない。その枠にない人間だとは、理解していたリバティーだが、一線を越えていても、平常心を保つどころか、ローズは生き生きとしている。少々母親を理解しがたくなる。
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