第3部 第3話 §12

 「あぁ~、俺も天剣とイーフリートの戦闘見たかったなぁ~」


 その時、街では大事になっているというのに、不謹慎にも、現場にいることが出来なかったことを残念がりながら、イーサーがリビングに戻ってくるのだった。

 ミールとエイルは居ないようだ。どうやら二階に与えられた部屋に引きこもったらしい。エイルの疲れはピークに達しているようだ。


 イーサーのその声に、リバティーの集中が切れてしまう。それと同時にムッと表情に変わる。

 二人にはあの夜の経緯がある。リバティーはイーサーを一睨みして、フィアの所に行く。


 その場所はちょうどイーサーに背中を向ける格好になる。


 流石に脳天気で無神経そうなイーサーも気まずくなって視線をおく場所に困ってしまうのだった。一応頭を下げて謝ってはいるが、こればかりは自分の不徳の致すところだと、十分に認識している。


 「何か飲む?」


 そんな空気を救ったのは、ローズである。

 ローズは、普段の彼の瞳が、濁っていないことを十分理解している。目尻は鷹のように鋭いイーサーだが、視線自体は惚けたところが多い。

 助けられたイーサーは、ハッとして我に返る。


 「あ、うん」


 ローズは、それだけを聞くと、一度キッチンに入り、冷蔵庫から、缶ビールを取り出して、戻って来るなり、近距離で軽い下手投げでイーサーにそれを渡したのだった。

 娘がもつ彼への不信感とは別にローズは、さっぱりした笑みを浮かべて、慌ててビールを受け取るイーサーを見ている。


 「そう言えば、あんた達学校とかどうなの?幾つとか全然聞いてないけど?」


 ここで改めて、イーサー達の素性を尋ねるローズだった。

 ドライは相手の素性などあまり気にしない人間だ。見て知るべしと言った所である。


 考えれば名前以外は殆ど自己紹介をしていない。もう三日もサヴァラスティア家と過ごしているというのにである。一方的にドライ達の情報ばかりが彼等に吐き出されていく。

 それは、壮絶な生き様のほんの一部と、普通の人間ではないということくらいではあるが。


 「あぁ……んっと……」


 イーサーが何から話し出そうかと迷った瞬間。


 「歳は?」

 「んと、十九……。セントラルカレッジに通ってるっす。フィアも彼奴等も、タメ」


 イーサーは、真面目な顔をしてイーフリートの閉じこめられた結界に掌を向けて、魔力を当てているフィアに一度振り向いて、親指を向けて、簡単に自己紹介をする。

 ローズはそれを聞きつつ、缶ビールのプルタブを引き抜いて、クイッと一口飲み、遅れてイーサーが同じようにビールを一口飲む。


 「一年生?」

 「うん」


 イーサーが二口目を飲む。


 「ふーん……、バイト首になって、三日もここでだらだらして……どうする気?」

 「う……」


 イーサーはとたんに悄げてしまう。判っている現実だが、改めて突き付けられると、どれほど仲間に迷惑を掛けているか思い知らされてしまうのだった。


 「学校は……この前の事件で、休校だけど……一応明後日から再校だし」


 本当に行き当たりばったりなイーサーだった。

 ドライも方向性のない行動をするが、彼の場合はそれを生き抜く力を持っているし、時代がそれを許した。アウトローギリギリの生き方も、あり得たのだ。


 だが、徐々にその生き方は世の中から排除されようとしている。死と隣り合わせの自由と冒険の日々は徐々に死にゆこうとしている。

 ドライは、畑仕事くらいの賃金は出してやるといっていたが、彼の目的はドライに剣を教えてもらうことである。仕事自体が目的ではないため、それが当てにならないことは十分理解している。いや、ローズの一言で、現実に戻ったといった方が正しい。


 「学校やめたら?アンタ賢くないでしょ……」


 まるで投げ捨てるかのように、酷い言い草のローズだった。そして軽く目を閉じて二口目を飲む。

 そしてもう一度片目を開けて、チラリとイーサーを見るのである。


 弱り目に祟り目だ。ムカッときて、一瞬目に苛立ちと怒りの灯が付くが、ビールを飲みながら見つめるローズの視線はふざけてそう言っているわけではない、現実の厳しさを持って接している。ローズは一七〇センチを超える長身だが、そんな彼女から見ても、イーサーは、バランス良く筋肉がついた、逞しい体つきをしている。身長も一八〇センチを超えており、立派なものだ。


 あっけらかんとしているローズだが、彼女の瞳の鋭さには確かな説得力があったのだ。精神面では完全にイーサーを押さえ込んでおり、それは両者の体格の比にはならなかった。


 イーサーは出かけた一言を、喉の奥に押し込んだ。


 「よしよし……」


 ローズは反抗的な視線を見せたイーサーだったが、何も言葉にしなかった事に対して、頭を撫でる。


 「確かに、俺……エイルみたいに頭は切れないし……剣だけで推薦合格して、学資もらってるし…、でも大学卒業しなきゃ、剣の資格も取り消されちまうんだ。判ってるけどさ……」


 ドライが魔物を倒す時の姿に、胸が躍ったのだ。それはどうしようもない衝動だった。

 話すべき事があったサブジェイとレイオニーだが、自分達の知らないサヴァラスティア家の事情を目にして、テレビの前のテーブルに落ち着きつつ、背を丸めたイーサーの頭を撫でているローズの姿をしばし見る。


 「サブジェイ!この子に、一寸手解きしてあげてよ」


 ローズは、イーサーが力を持て余していることを何となく理解した。彼の頭を一度クシャクシャに撫でて、サブジェイに視線を移す。


 「でもさ……」


 イーサーが、躊躇う。そう。彼の剣は、ドライに叩き折られてしまっているのである。


 「特別に、レッドスナイパー貸してあげるから!扱かれてきな!」


 今度は、背中を思い切り叩き、イーサーをたたき出そうとする。


 「しゃーないな……」


 ドライが風呂からあがるまで、時間がある。まして女性同伴ともなれば、もう少し入浴時間も長くなるだろう。サブジェイは、外に出てデッキの壁に凭れ掛けさせてある、スタークルセイドを手にして、土の路面に足を下ろす。


 今朝のオーディン対ドライの手合わせの時から、レッドスナイパーとブラッドシャウトは、入り口付近の壁に無造作に立てかけられている。

 イーサーは、躊躇いながらもローズの剣を手に取り、既に外に向かって歩いているサブジェイについて行く。


 レッドスナイパーはロングソードでも少し細身な部分がある。彼等の持つ剣では比重の軽い方だが、通常の剣よりは重さがある。

 イーサーは外観と違う重量に少し戸惑った。これを持ちオーディンとドライの人間の力を逸したぶつかり合いに、割って入ったのである。


 「ほら!ぼさっとすんなよ!」


 気合いの入りきらないイーサーに対してサブジェイが一喝を入れる。

 びくりとして、正面を向いたイーサーの目の中には、憧れの天剣が剣を抜いて、自分を待っているのだ。


 燻し銀に輝くスタークルセイドの刀身。

 とたんにイーサーの胸の奥がムズムズとし出すのだった。

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