第3部 第3話 §10
彼等のバイクが、街から離れ、殺風景な田舎道を暫く走っていた時だった。
すると、とある立て看板が目に入る。それは敷地を区切る木枠の横に立てかけられているものだ。
「一寸待て!今、なんて書いてあった?!」
サブジェイは、目を疑った。なぜなら立て看板には自分の苗字が掘られているからである。偶然とは思えない。
「レイオ!今の立て看板みたか!」
サブジェイは、後ろに振り向き、確認を取る。
「ん?なに!?」
レイオニーは、ミールの髪に触れて、周囲の観察はしていなかった。
「…………おい……」
「済みません……でも、アイツ……いや、あの人との関係は、確かなことは知りません。同じ名前を持っていることしか……」
エイルはオーディンの指示に従っただけだ。
「俺の名前は、ドライ=サヴァラスティアJrだ。アイツの息子だよ」
サブジェイは、わざと「アイツ」を強調していう。エイルの失言を聞き逃さなかったし、気分的には同じ感情だ。
「そう……ですか」
エイルは二人の関係を確信する。だが、ドライが会いたくないというほど、サブジェイの言葉に毒はない。あっさりと自分の本名を口にしていることからも理解出来る。ただ、エイルの言う「アイツ」を強調しているところから、二人の関係に、順調といえるには、問題有りということなのだろう。
オーディンは、ドライの名前を出すとサブジェイがそれを敬遠する事をしり、わざわざエイルの家などと、遠回しな発言をしたのだ。そしてエイルはそれをよく理解していた。
単純に、素直になれないというだけの事なのではあるが――――。
「どれくらいだ?」
「え?」
「オーディンとは、どれくらいの付き合いになる?」
それは、エイルの判断の良さからサブジェイの疑問だった。ひょっとしたら随分前から、ドライのことを、オーディンは知っていたのかもしれないという、疑問も含んでいた。
「昨日の午後です」
予想以上に浅い付き合いだ。サブジェイの言葉は止まってしまう。
農園の入り口を抜けて、四半時が経過する。点々とする建物を無視して、エイル達は、速度を落として、再び畑仕事をしている、イーサーとグラント、そしてドライの前に停止する。サヴァラスティア家は目と鼻の先だ。
「元気か?くそオヤジ」
バイクから降りたサブジェイの口から出たのはその一言だった。怪訝な声色だった。一方ドライの方はらしくなく、目を丸く開いたり、瞬きをして、挙げ句の果てに仕事道具の鍬を、畑に落としてしまう始末だ。
「うわぁぁぁ!て!てって!天剣だ!天剣だ!!」
お祭り騒ぎになったのは、イーサーだ。珍しく言葉のでないドライと、複雑な感情でドライを見つめるサブジェイに気づかず。鍬を投げ出して、尊敬する天剣の元へと駆け寄る。
グラントも感動しているが、イーサーのようにはしゃぎ回っていない。
それと同時に、レイオニーもぽかんと口を開く。立て看板を見ていなかったレイオニーは心の準備が出来ていない。
「ドライ……」
レイオニーは、無意識の状態でバイクから降りて、足を一歩踏み出すと同時に駆けだし、ドライに飛びつく。
「どうして?こんな所に……嬉しい……」
「あ……ああ」
ドライは飛びついたレイオニーに対しても、まともに反応することが出来ない。
「天剣!俺、イーサーって言います!イーサー=カイゼルです。ほら……あの、なんていうか」
慌てふためいているイーサーに対して、サブジェイは彼の手をとって握手をする。
「ヨロシクなイーサー」
サブジェイにとっては、別に珍しいことではない。彼を知って握手を求めて来る人間は、少なくない。イーサーに対応しながら、サブジェイはドライから視線を解かない。
珍しく呆然としているドライから目を離すことが出来ずにいる。これはサブジェイにとって意外だった。もっと悪態をついて向かえると思っていたからだ。
これほどまでに放心状態になっているドライは今までに見たことがなく、手の尽くされた再会に不機嫌だったサブジェイも、ドライのことが心配になる。
とその時、何かがすごい勢いで飛びついてきた。
「うわ!」
ドライに気を回していたため、気が付かなかったのだが、それはローズだった。
サブジェイはローズに押し倒され尻餅をつくどころか、背中をしこたま地面に打ち付ける。
そして、放心状態になったドライを除いた一同が、「うわ……」と声を上げる。オーディンやシンプソンの時のようにキスの嵐だ。しかも押し倒している。
「お!お袋!いっぱい見てるって!」
「いいの……」
ひとしきりキスを終えると、ローズはサブジェイを押し倒したまま、ぎゅっと彼に抱きつく。
「ゴメンね……ゴメンね……」
そう何度も言う。
ドライもそうだが、ローズが尤も気がかりにしてたことだった。
「いいよ……解ってるから」
サブジェイはぎゅっとローズを抱きしめた。
サブジェイは身体を起こし、胡座をかいだ中にローズを座らせもう一度ぎゅっと抱いてやる。なんだかローズが小さく思えた。正直サブジェイは昔とそれほど身長が変わっているわけではない。ローズも老いたわけではない。それはサブジェイが精神的に成長したからに、他ならない。
その光景を少し遅れてやって来たリバティーが、そっと見守っている。横にはフィアがついてくれている。
「ママ……」
感激以上の感情がこもるローズ。リバティーはオーディン達では見られたかったローズの一面を見て、どう接して良いのか解らずに、ただその場にいた。
「ん~~…………」
ローズは落ち着いたのか、今度は色っぽい唇をサブジェイに差し出してくる。目元は少し泣いた状態になって赤くなっているが、表情はいつも通りだ。
「………」
こうなってしまうと、慰めてやろうなどと、思えなくなるサブジェイだった。ただ立ち上がろうとしても、素手ローズの腕が、首に回っていて、放してくれそうにない。
「お姫様だっこ……」
決してキスを諦めようともしないし、離れようともしない。
「オヤジ!これ、なんとかしろよ!アンタのだろ!」
手に負えなくなったローズに対して、サブジェイが思わず昔のようにドライに助けを呼ぶ。
「ああ……」
相変わらず、放心状態のドライだった。そしてミニローズ化したレイオニーが、ドライの頬にキスマークを沢山付けている。
ドライは何も言わないで、レイオニーをそのまま抱きかかえて、畑から道の方に歩いてくる。
「愛想……してやってくれよ」
やっとまともに話すことが出来たドライが、発したのは、サブジェイの期待を裏切る一言だった。だが、からかっている表情ではない。まだ胸が落ち着きを取り戻していないドライだったが、平静さは、取り戻す。成長したサブジェイを満足そうに見ているのだった。
サブジェイは、頬にチリチリとした熱を持ちながら、照れながら怒っている。
「全員、回れ右!」
八つ当たり気味なサブジェイの命令に、全員機敏にサブジェイに対して背中を向けるのだった。無論リバティーもフィアも、遅れ気味にして、同じように視線を外す。
ドライが背中を向けるとレイオニーからは丸見えになる。
「うわぁ……」
ドライの耳元で、とてつもない光景を目の当たりにしたレイオニーのその一言。ドキドキしているレイオニーの熱がドライに伝わる。
「ん…………」
敏感なローズの声だけが、一つ空気に流れる。
一分ほどだ……なかなか長い時間だった。
「レイオ……まだか?」
ドライが、いつ終わるのかレイオニーに聞いてみる。
「ん~~、もうチョイ……あ」
「はぁ……」
切ないローズの声が、次に響く。
「終わった」
レイオニーがそれの終わりを告げる。全員が振り返るとローズは満足げにぐったりしている。
「ドライ……腰抜けちゃった……」
ローズはウットリとしたまま、ドライに両手を伸ばして、彼の助けを求める。
「クス……」
ドライは軽く笑うと、レイオニーを下ろすと同時に、ローズを抱き上げ、軽々と腕に収めるのだった。
そして、リバティーの横に来ると、彼女と同じようにサブジェイの方を向く。
「リバティー。お前の兄さんだ。」
「うん……」
実感はない。だが、そうなのだと受け入れる。これは受け入れなければならない事実の一つに過ぎない。自分に兄がいたことに、驚きはあるが、深い感情がわくわけではなかった。戸惑う気持ちをコントロールするだけで、精一杯だ。
ドライはローズを下ろし、片手で支えつつ、リバティーの肩を抱き寄せる。自分達が家族であるというドライの主張である。
サブジェイはリバティーの前に立つが、どう接して良いのか解らない。ただ思うことは、赤ん坊だった彼女が、年頃の少女に成長してしまうほど、時間が流れたということだった。
「そっか……」
サブジェイは時間の流れを感じ、赤子だったリバティーを思い出しながら、彼女の頭を撫でる。
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