第3部 第3話 §9


 ブラニーの先に帰るといった意味を、サブジェイ達は誤解をしていた。

 「それにしても……ブラニーさん、タイミング良かったよな。美味しいところさらっていくし」

 今更ながらだが、ホーリーシティーにいると思っていたブラニーが、まるでそれが分かっていたかのように、戦闘に加われた事を不思議に感じるサブジェイだった。

 レイオニーも頷く。

 「それでは私も、エピオニアに戻らねばならないので、失礼する」

 と、オーディンがそこを去ろうとしたときだった。

 「あ!オーディン。そう言えばどこに行ってたんだよ」

 「ああ……彼等の家に世話になっていたんだ」

 オーディンは、ドライの名前を出さない。ドライはサブジェイにはまだいうなと言っていたからだ。だからドライの名前を出さない。

 経緯は判らない。だがエイルとミールの雰囲気から彼等が腕の立つ人間であることは、理解できる。

 サブジェイは、軽く二人と視線を交える。そして、サブジェイは,名案を閃いた。

 「そうだ。俺とレイオはもう少しこの街の様子を見ていたいんだ。誤算もあった。街中は学会の連中がレイオに集って煩いし……君等静かで良い場所をしらないか?」

 学会の連中が煩いというのは、少し語弊があったが、なるべく行動が察知されにくい郊外の方がいいと、サブジェイは思ったのだ。人の気配が多すぎると、それだけ周囲に対して意識を集中しておかなくてはならない。

 「……」

 エイルは無言のまま、オーディンを見る。

 実によく把握したものだ。オーディンはエイルの視線の意味を理解し頷き、エイルも自分がそれに関わっても良いことを認識する。これがイーサーなら、騒ぎ立ててすぐに考えがばれているだろう。

 「済まないが、君等の家に暫く二人を滞在させてやってくれないか?」

 「大使の頼みとあれば、断る理由はないでしょう」

 それが表面のオーディンとエイルのやり取りだった。少々厄介だと言いたげに思いため息をつ。

 家という言葉を聞いて、ミールはピンと来ない。彼等の家は南の外れにある遺跡のことだ。だが、オーディンをそこに招待した覚えはない。会話の内容が判らないミールは口を開きかけるが、エイルは余計なことを喋らないうちに、ミールの口を手で塞いでしまうのだった。

 「う~……」

 エイルが何かを企んでいる事は判るが、意図が分からない事に対して、ミールは不平のうめき声をたて、じろりとエイルを睨む。

 「オーディン……」

 サブジェイには、あまりに思慮の欠ける発言ではないのか?と、オーディンを見る。

 「エイル君、後は頼む。そろそろ行かないと、大勢のスケジュールを狂わせる事になるのでな」

 オーディンは、わざと事務的に対応することによって、サブジェイ達が深く詮索することから、逃れるのだった。地面を一蹴りして、宙に姿を消してゆく。普段空を飛ぶことはないが、オーディンはあえてそれをする。道路は混乱し、交通手段も痛手を負っている。理由をつけると、そんなところだろう。

 「では、案内します」

 「ああ、頼む」

 エイルは少し身体を引きずっているが、人の手を借りるほどでもないようだ。

 まずサブジェイが目にしたのは、タイヤの付いているレアなバイクだった。

 「レイオ……あれ」

 「うわぁ……レアよ。彼お金持ち?」

 珍しいものを見て、レイオニーの目がキラキラし出す。それが自分のものなら恐らく、すぐにでも分解してオモチャにしてしまうだろう。好奇心でいっぱいだ。

 「らしいな……オーダーメイドだぜ……ま、空牙に比べりゃ玩具だが」

 そう言ってレイオニーの頭をくしゃりと撫でるのだった。誰が世界で一番のエンジニアなのか、行動で示すサブジェイ。煽てだがレイオニーは十分に嬉しい。彼女もそれを自負している。

 エイルがバイクに跨る。するとすぐにレイオニーが、物珍しいタイヤ付きに乗りたくなり、エイルの後ろに乗ろうとする。

 「いや……ちょっと……その」

 エイルはいくつかの事に気を遣う、一つはヤキモチをやいて頬をぷーっと膨らませたミールのこと、もう一つは、大人の女性であるレイオニーに乗られると余計な緊張をすること。もう一つは憧れとはいえ、男である天剣をミールの男女の距離におくことである。一番大きな理由は、最初に述べたものだ。

 「あぁ、彼女……か」

 レイオニーは、そうと納得して、残念ながら、タイヤ付きの初体験をサブジェイに譲ることにした。バイクの後部座席と、エイルの肩に乗せていた手を放して、ミールのIHの方に向かう。

 サブジェイは、背負っている剣を外して、ベルトを手に巻き付けて、小脇に抱え、エイルの後ろに軽く飛び乗る。

 「悪いな!レイオ」

 「いいわよ。後でたっぷり楽しむから!」

 大して謝る気もなく、ニヤニヤと笑っているサブジェイを意地悪だと言いたげに、べーっと舌を出しす。

 「ゴメンね。いこっか」

 レイオニーは、ミールの後ろに跨ると、彼女の腰に手を回して、耳元でそっと囁くように声をかける。腰にまわされた両手が、しっとりと密着している。そういう雰囲気は既に客観的に見ている。フィアを風呂場に連れ込んだローズの雰囲気である。

 サブジェイは、レイオニーの悪い虫が疼いている事に気が付き、無言になってしまう。

 危険な興味を持たれたミールは思わず赤面してしまう。知的さと美しさと危険な探求心に満ちたレイオニーの顔が自分のすぐ横にあるのだ。

 「影響受けすぎだよ……ったく」

 サブジェイが呆れてぼそっと言う。

 「選択をあやまったか……」

 まさかレイオニーが、ローズ張りの危なさを持っているとは思っても見なかったエイルも、思わずそう呟く。

 「もうオセェよ、行こうぜ……」

 「はい」

 サブジェイ達はエイルの案内により、サヴァラスティア農園に向かうのだった。

 走行中の、レイオニーの一言。

 「綺麗なグレイね……イイ髪の色だわ後でサンプルもらえる?」

 レイオニーは何気にミールの観察を続けているのだった。

 「あはははは……、お姉様ご冗談を」

 徐々にフィアのように、アブノーマルな世界に引きずり込まれつつある自分を否定しようとする、ミールのひきつった笑い。

 ミールの身体は、女のレイオニーですら、すんなりと腕を回せる華奢な身体である。直抱きしめれば壊れてしまうのではないか?と、思ってしまうほどだった。あの戦闘でどれだけ動いたのかは謎だが、少なくともあの状況に耐えた精神力があることは確かである。

 もっとも、それは先日の魔物事件もあり、イーフリートの出現後、彼等がそこに駆けつけたという、心理的準備が整っていた事による、精神の安定だ。それはレイオニーの知るところではない。

 「天剣……、俺……いや、俺達貴方が目標なんです。良ければ、後で冒険譚を聞かせて頂けませんか?」

 エイルは、緊張しつつも漸くそのことをサブジェイに伝えるのだった。

 「天剣……か。それでもオーディンには勝てないよ……話すほどの事はないな」

 「そんな……たった二年で世界中の剣技大会のタイトルを総なめにした貴方の活躍は、伝説ですよ。図書館にある記事は、全部スクラップしました。」

 「そうだな……後で手合いに付き合ってくれないか?その方が俺は良い……」

 「はい!」

 珍しく、明るいエイルの声だった。純粋に興奮を隠せないでいる。

 サブジェイは、上から立って指導してやるなどとは言わなかった。教えることなら自分より遙かに長けたものがいるし、戦闘能力としても現在はオーディンの足元にも及ばない。それが現実だ。

 だが決して自分が弱いわけではないことは、天剣と呼ばれ始めた時点から理解している。上から数えられる腕前であることも、また確かな事実だ。

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