第3部 第3話 §8
「もう!」
レイオニーは、癇癪を起こす。
「ねぇ!天剣に、博士だよ!すごいよ!」
漸く立ち上がったエイルに対して興奮を隠せないミールが、彼の腕に飛びついて、揺さぶって大はしゃぎしている。
「ブラニーさん、無茶しすぎ!手見せて!」
レイオニーはすぐに、腕組みをして隠したブラニーに右手を取り、確認する。彼女は別にブラニーのお節介に癇癪を起こしたわけではなかったのだった。
「平気よ……」
ブラニーは、痛みというものを平然と受け入れる。その手の苦痛を精神的に押さえ込めるのである。もし彼女は自分の死が目前に迫っていても、それを冷静に受け止めるだろう。
手の表面が青白く血の気を失っており、裂傷が走っている。
急激な冷却による皮膚の硬化および、凍傷である。
召還師でないブラニーがそれを行うには、やはりそれ相応の代償を支払わなければならないということだ。シヴァは彼女の強力な魔力だけでは、物足りなかったのだろう、右手も道連れにしている。
だが、すぐにドーヴァが治癒魔法をかけてくれる。
「レイオニー?貴女の手も火傷してない?」
ブラニーは、何も言わなかったがドーヴァの治療を素直に受けている。それと同時にイーフリートの至近距離に居た彼女のみを案じている。ブラニーと彼女の親密度が伺える。
「大丈夫よ。セシルさんのメタルナックルは、どんな熱も衝撃も吸収してくれるから……」
レイオニーは填めている革グローブをブラニーに見せる。
「そう……ボウヤは髪の毛が焦げてしまったわね……」
「ん……ああ。大したことないよ」
ブラニーが、無理をしたのはそれだけの理由があるのだ。サブジェイは、焦げてしまった前髪を指先でつまみながら、その様子をうかがう。確かに焦げてボロボロになってしまっている。髪型を大きく変更しなければならないといった状態でないのが、幸いだ。
サブジェイは本当にドライによく似ている。ボサボサなドライの頭とちがって、彼の方がこぎれいにフワリと仕上がっていて、その長さも少々短めである。違いといえば、それ程度だろう。
ブラニーが次に見たのはオーディンだ。
しかし視線はサラリと流し、目を閉じる。
「だらしがないわね。オーディン=ブライトンほどの男が、シルベスターの力を持ってイーフリート一匹薙ぎ払えないとは……」
ブラニーの言葉尻は強かった。だがオーディンは腹が立てない。しっかりとそれを受け止め無ければならない。
彼女が心配したように、確かにサブジェイとレイオニーの手も患わせてしまったのである。
イーフリートを倒す前に、街を壊してしまわないかが気になり、思うように行動が出来なかった事実もある。
「私もまだ、未熟だな……」
オーディンは、緊張がほぐれ疲れたため息を吐く。
一段落ついた様子を見て、ドーヴァがいう。
「ほな、俺は救護活動に移るさかいに、行かせてもらうわ」
ドーヴァが緊張感もなく、くるりと振り向いて一同に背中を見せる。
ドーヴァの彼の視線の先には、ドーヴァと同じように黒いジャケットを着込みスリムな黒ズボンをは穿き、黒い頭巾で顔を覆った者達が五人ほど、少し離れた位置で待機していた。ドーヴァの配下である。
「頭目……、死者は確認できませんが、負傷者多数。治癒班は、安全の確保された海岸沿いで、応急救護を行っています。魔物らしき気配は存在していない様子です」
彼は敬礼などはしないが、ドーヴァが通るとすっと道を譲りながら、簡単な状況説明に入った。
「そうか……、首尾上々でなにより。イーフリートの火力や、残り火がどこかで、燻ってるかもしらん、気を抜くなよ。もう一回、付近の建造物に、残存者がおらんか確認してこい……俺も周囲を一回りする、以上や」
適当だが手早く指示を与えるドーヴァがそこにいた。彼の指示を受けると、配下達は、さっと周囲に散って行くのだった。
ブラニーは、ドーヴァに治療された手の感触を確かめながら、周囲の状況を確認する。別に街の様子が気になったわけではない。ブラニーには魔物の気配が完全に消えたようには思えなかったのだ。微妙に魔力の波動を感じる。それは空気に違和感を感じる程度の、感覚的なものだった。より高いセンスが、それを感じさせたのだ。
ブラニーがイーフリートが崩壊した場所を見ると、そこに両手で包める大きさの炎が、留まっている。
「しぶといわね……」
ブラニーの視線と言葉と共に、全員がその方向を見る。
ブラニーは再度右手の平を炎に向け、息の根を止めようとしたその瞬間だった。
「まって!あれ、炎の精霊でしょ?」
そう切り出したのは、天剣登場に興奮していたミールだった。ミールは、ブラニーの横に立ち、その腕にしがみつき、炎の正体をブラニーに尋ねる。
「そうね……」
「成長したらイーフリートになるのかな……」
ブラニーはこれに答えるのが少々面倒くさくなり、レイオニーに視線を送るのだった。
特に親しくもない人間に延々と説明をしなければならない煩わしさは、彼女にとって嫌悪感にも等しい。冷たくミールをふりほどき、攻撃の意志を一度取り消すのだった。
ブラニーに視線を送られたレイオニーが、先生風に一度咳払いをする。
「オホン……。イーフリートの属性は、炎で、上位に位置する精霊よ。非常に知能が高く、気位も高いの。ただその分、召還後の術者が対象……つまりイーフリートに対する制御を無くした場合、二通りの事が予測される。一つは術者に対しての敵視。一つは暴走。これは、召還した状況に応じて微妙だけど――――。あとは、より高度な術者の場合には、最初から服従の姿勢を見せる確率が高く――――」
レイオニーは、すらすらと知識を語るが、途中でその説明の行き着く先にミールの言いたいことがないことに気がつく。
「で?」
レイオニーは困った様子で、サブジェイに振るのだった。何故自分なのか?とサブジェイが呆れた顔をする。
「あ~~……、あのまま放っておいても害はないよ。直に力尽きる」
サブジェイが、簡潔に答える。だが、それならブラニーの攻撃を止める必要はないのだ。
「此奴は、アレがもったいないって思ってるんです」
ヨレヨレになった、エイルが丁寧語を用いて、サブジェイとレイオニーを見て、ミールの意志を二人に伝えた。
確かに上級精霊がこの世界に出現することは珍しい。特に魔法の衰えつつある現代では尚のことである。
「ん~~……」
サブジェイが、頭を捻ると、レイオニーが魔力を集中して両手の中に、小さく炎を灯し、その手でイーフリートの灯火を、掌に救った。
「勿体ないなら、こやって炎の魔力を当て続けることで、維持はできるけど?」
レイオニーは実戦してみせる。イーフリートに栄養を与えているのである。
言葉の足りなかったミールの顔が、ぱぁっと明るさを増す。
「これだよ!フィアならきっと、イーフリートの力使えるよ!」
フィアについて、誰なのか?サブジェイとレイオニーは首を傾げる。ブラニーは彼等の名前すら満足に覚えていない。もっとも数時間前に顔を合わせたばかりの人間に、興味を持っていない。
「ああ……あの背の高い娘(こ)か……」
オーディンは、頭の中で彼女の顔を思い浮かべながらあごを撫でる。
ミールの中で、漠然と二つの共通点が浮かんでいたのだが、それを線にすることが出来なかったのだ。だが、どう使えるのかなど、全く考えていない。
「難しいと思うけど……、方法はあるの?」
「んーん」
レイオニーが小柄なミールを姉のような視線で、見つめるが、とたんにその根拠がないために、ミールはシュンして首を横に振る。
今度はレイオニーが、ブラニーに視線を送る。
それがすぐに頼み事の視線だということに、気がつくブラニーだった。三年ほど住まいを共にした仲だが、ブラニーはレイオニーとサブジェイに対して、強い理解を示している。
「判ったわ。早く思いついかないと、消すから……」
面倒くさい頼み事だが、断ることが出来ないのだ。思い当たるまで、ブラニーは魔力を当てて、イーフリートの力を維持するというのだ。
炎を消さない魔力を安定して当て続けるのは、集中力がいる。それに魔力を当てすぎると、ブラニーに服従してしまうのである。イーフリートの意識が炎の中に芽生えないようにしておかなくてはならないのだ。
「じゃぁ、先に帰ってるから……」
憂鬱な顔をしたブラニーが、すっと姿を消す。これ以上色々頼まれ事をされることに、辟易したのである。
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