第3部 第3話 §7

 サヴァラスティア家の畑が滅茶苦茶になってしまった状況を踏まえると、恐らく建物は間違いなく崩壊してゆくだろう。それを何撃放てばいいのか、判らないでいる。

 「不便やなぁ」

 ドーヴァは、腰に差している日本刀をすらりと引き抜き、身を低くして、両手で持ちオーソドックスに構える。

 ドーヴァの剣は、オーディンとは逆に光を吸い込むほど黒く色づき、青白い光を放つ。

 「木枯らし!!」

 ドーヴァは、一息にイーフリートに詰め寄ると同時に、スパイラルスピンをして、イーフリートの結界に数度剣を振るう。

 ドーヴァの技は、全てにおいて、瞬時にトップスピードで動けることである。

 オーディンのようにイーフリートに警戒されるほどのパワーを持たなくても、気のコントロールで、瞬間的に力を増幅させる事が出来る。その潜在能力は悟られにくいのである。

 だが、やはり結界は切れない。

 ドーヴァはすぐに反撃に移るイーフリートの火球を避けながら、素早くオーディンの元にまで戻って、彼の後ろに身を移す。

 オーディンは当たり前のようにこれを受け止める。

 それでも、ドーヴァの身体からは焦げ臭い臭いがする。

 「ドーヴァ……髪の毛が燃えてるぞ……」

 「え?!」

 本当に僅かだが、寝癖のように飛び跳ねている彼の毛先の尖りに、ほんのり赤く火が灯っている。

 すぐにミールが、ドーヴァに手を翳す。

 彼女の掌から、シャワー状になった水が噴き出し、それがドーヴァの顔にかかる。

 おかげでドーヴァの顔は水浸しになる。だが、炎症は免れたようだ。

 「お、サンクス」

 「うんん」

 ミールの不安は消えていなかったが、思いの外落ち着いている。オーディンに守られている以上、死ぬことがないことを知っているのだろう。この状況で自分の力が少しでも役立っていることに、ホッとしている部分もある。

 「ドーヴァ……二人の避難を頼む」

 「距離は?」

 「見える程度で、安全な場所だ」

 「無理やな……」

 「そうか……」

 確かに、戦闘は遊びではない。だが、エイルがそれを経験したい気持ちはオーディンにも理解できた。それは身勝手な事だが、先ほど見せた彼の実力は、間違いなく本物である。

 ただ今回は相手が悪すぎたのだ。これほどの使い手が埋もれていることは、オーディンにとっても歯がゆい。オーディンのの考えもマトモではなかったが、少しでも経験をさせてやりたかったのだ。

 「オーディン!」

 その時である。イーフリートの背後から、レイオニーを抱えたサブジェイが、高速で飛んでくる。

 オーディンはイーフリートの正面にいる。

 サブジェイは、オーディンのまよこにつけると、素早くレイオニーを下ろす。


 「どうした!なぜ、何の連絡もしなかった?!」

 厳しいく責任を追及するオーディンがそこにいた。

 サブジェイとレイオニーは、魔物を防ぐ手段、またはそれを察知することの出来る手段を得ている。だが、その直前にもなんの連絡もなかったのだ。


 「すまない……俺の判断ミスだ……」

 サブジェイは謝りつつもイーフリートから視線をはずさない。

 「集魔!レイオ!ディスペル装填たのむ!」

 「まって!」

 レイオニーは、常備しているバッグの中から戦闘用のグローブを取りだし、素早く装着する。拳の部分にはオリハルコンが埋め込まれている。

 「チャージするわ!」

 レイオニーが、背中から引き抜かれたサブジェイのスタークルセイドに、掌を当て念じ始める。

 考えたものである。

 彼の剣は、彼の意志と呼応していくつかの状態に変化する。

 集魔とは、魔力を集め留まらせることの出来る力である。エンチャントに適した状態のことだ。そこに防御魔法を解除する呪文のを込めることで、イーフリートの結界を無効化しようというのである。

 「完了!」

 その行為は一秒ほどだった。

 「は!!」

 サブジェイはすぐに、走り出す。それと同時にドーヴァも走り出し、一気にサブジェイを抜き、イーフリートの眼前に出る。まさに囮役だ。イーフリートの視点が正面に飛び出たドーヴァに写った瞬間、足下に走り込んだサブジェイが、結界に剣を突き刺し解除にかかる。

 結界の解除は、サブジェイが込める魔力の分だけ永続に続けられる。

 更にレイオニーが駆け込む。

 イーフリートに近づくということは、それだけそこから発せられる高熱に曝されるということである。

 長時間そこに留まることは、死を意味する。直にサブジェイの衣服から煙が立ち始める。

 「うおおおおお!!」

 サブジェイが魔力を込めるがそれでも全ての結界をはずせるわけではなかった。結界の内側に、さらにイーフリートが常備している結界があるのだ。

 「任せて!」

 レイオニーは一度両方の拳を棟の正面で合わせて、サブジェイより一歩踏み込んで内側の結界にそれをぶち当てる。

 ドーヴァはイーフリートの攻撃を、空中で身を翻しそれをかわし、そのまま回避のためサブジェイ達の後方に退く。それと同時にオーディンがシルベスターモードを解除し、力をコントロールできる状態で、イーフリートに一撃を加えるために、突進する。

 だが、その直後だった。

 「邪魔よ!!」

 その声と同時に、空中から怒濤の氷柱が天空から降り注ぐぎ、それとは異質の光弾がイーフリートの脳天を打ち抜き、地面に突き刺さる。


 前進しかけたオーディンは慌てて引き返し、サブジェイ達も声に反応して一気に退た状態で、静寂が訪れる。

 熱気に満ちていたイーフリートの周囲が瞬時にして冷えた空気に包まれる。

 そして、上空にはすました表情をしたブラニーが掌をイーフリートに向けて立っていた。そのブラニーの真横にはうっすらと消えゆく、冷めた表情をした微笑の氷の女神が見える。それはシヴァと呼ばれている。

 脳天を打ち抜かれたイーフリートは、そのまま前のめりに力尽きて倒れ込み、徐々にその身体を崩壊させてゆく。

 「サモン……マスター?」

 エイルは、ブラニーを見てそう認識したが、それは誤りであり、それはノアーに当てはまる言葉である。

 消えゆくシヴァを見てそう判断したのだ。

 エイルは漸く立ち上がることが出来る。

 そして、ブラニーは、呆然とするサブジェイとレイオニーの前に降り立ちすっと腕組みをして、二人を見る。

 「ボウヤにお嬢さん、イイ判断ね……詰めは甘いともうけど……」

 さらっとだめ出しをするブラニーだが、別に詰めが甘かったわけではない。ブラニーのお節介である。要するに恩を着せたいというわけである。

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