第3部 第3話 §6

 普段の彼なら、この状況が自分に対処できるものではないと、十分に理解し、確実な生存方法をとるだろう。だが、剣士としての誇りと熱い思いが、彼に背伸びをさせていた。

 少し動揺していたイーフリートが再び攻撃に転じる。

 十分離れた位置からの火球攻撃。

 イーフリートにとって尤もスタンダードな攻撃のようだ。破壊力もあるし、身を危険にさらすこともない。

 だが、オーディンには効かない。彼はまたもや伸ばした左腕だけでそれを受け止め、爆発に絶えてしまう。

 身体に巻き付く炎は、それだけで肉を焼き尽くしても不思議ではないが、シルベスターの力はそれさえも無に変える。

 「ウォートウォール!」

 ミールは咄嗟に水の壁を作り、自分とエイルの身をその高熱から守り抜く。それでも日中の砂漠にいるような熱が二人を襲う。

 それでもイーフリートの火球の熱から凌ぐその力は大したものである。オーディンも少し、その力に興味を持つ。

 ミールがイーフリートの攻撃を防いだ瞬間。エイルは素早く飛び出し、大きな跳躍を見せ、天に手を翳す。

 「はぁぁぁ!」

 天空に突き上げられたエイルの掌に大気が渦巻き、その渦はやがて圧縮され目に見える白い渦になってゆく。

 やがてそれは、彼の身長と同じ丈の渦となり、大きな両刃刀に姿を変える。集まった大気は安定した一つの物質のように、彼の掌中に握られる。

 エイルは大気で出来た刀の柄を握り矛先を真下に向け、イーフリートの結界に飛び込む。

 だが、矛先はイーフリートの結界に拒絶され、衝突した部分は、そこに発生したエネルギーのために、稲妻のようにエネルギーを放出しながら、大気の中を乱暴に走り抜ける。そしてその中心にはエイルがいる。

 エイルは力を振り絞るが、イーフリートの結界を突き破る事が出来ず、その状態が五秒ほど続いた後、彼ははじき飛ばされ、大きく中に投げ出されたのであった。

 自分に敵意を向けたエイルを、イーフリートが見逃すわけもなかった。

 「危ない!」

 オーディンが言葉を発する時には既に、イーフリートは火球をはき出していた。

 一瞬である。残像を残すほどのスピードでオーディンがエイルと火球の間に割ってはいる。そしてそれを受け止めるのは、造作もないことである。

 だが、投げ出されたエイルは完全に自分の状態をコントロールできずに、天地を認識できない状態での回転運動を強いられていた。

 そして、オーディンが連続した火球攻撃を防いでいる感、このままでは地上に叩き付けられてもおかしくない彼を、救った男がいた。


 ドーヴァである。

 彼は先日の事件以来、ヨークス市長の警護をし、シンプソンがホーリーシティーの引き返した後も、まだこの街の警備に当たっていたのである。

 ドーヴァがエイルを抱きかかえた状態で、着地を決めると、オーディンは素早く、ドーヴァの側による。

 そこは、ミールの立っていた位置だった。

 「無茶な、ボウズやで……」

 間一髪の様子に、ドーヴァは冷や汗を流す。少々頬を膨らまし気味にして一息吐くのだった。


 エイルの衣服は、激しいエネルギーのぶつかり合いによる発熱で、少々焼けこげている。エイルは弾かれたダメージによって、苦痛の表情を浮かべているが、命に別状はない。ドーヴァによって、地面に下ろされると、彼は蹲ると同時に、状況を把握したがる。

 「エイル!」

 大気の刃という武器が全く通じない相手だった。それは彼の誤算だったのだと思ったミールは、心身共に傷ついた彼の心配をする。目元に不安が現れ、口元から出る彼呼ぶ声は不安に引きつっていた。

 「くそ……」

 エイルは立ち上がろうとするが、ままならない。

 「退くことは敗北じゃない。下がってみていろ……」

 あらゆる状況判断を欠いたエイルの行動を戒めるように、低く重苦しい口調で、そういい、再度全員の前に立つ。

 「あ~~まったまった……」

 だが、ドーヴァは緊迫感のない声で、オーディンより少し前に立ち、ジャケットの内側を探り、黒いゴーグルを取り出す。シールドはグリーンである。

 「奴さんは、いかっとるけど、別に精神が壊れてる訳やないみたいやな」

 ドーヴァはゴーグルをかけると、左の縁にあるボタンを押しつつ、イーフリートの精神及び状況判断に入る。

 「絶えず様子を見るような攻撃姿勢、火球はあんさんの強さを測るための手段やな……間合いを積める気配を見せると、攻撃してくる……この位置がギリギリやな……」

 それ以上前に行く姿勢を見せるとイーフリートは緊張に絶えきれず攻撃を仕掛けてくるといいたいのだった。

 「それから?どう見る?」

 オーディンは更にドーヴァの状況分析を待つ。

 「ん……。イーフリートが持つ本来の結界の外に更に意図的な結界が張られとる」

 ドーヴァのゴーグルには、通常目では見えないエネルギーを、映像化してそれが何かを分析してくれる機能がついていた。こういう科学的なものを開発するのは、いうまでもなくレイオニーである。

 「しかも、エネルギーがイーフリートに供給されとる。奴は通常より手強いな……」

 ドーヴァはゴーグルをはずし、それをオーディンに渡す。

 オーディンはゴーグルを目に当て、ドーヴァの指さす方向を見ると、最初にイーフリートが現れた部分に出来たクレーターをなぞるように、魔法円が描かれている。

 召還術を得意とするノアーならば、それが魔術で描かれたものではなく、別のプロセスから描かれた魔法陣だということを見抜いただろう。

 「なんで、とっとと片づけへん?」

 ドーヴァの単純な疑問だった。いくら強力な相手だといってもシルベスターの力の前では、赤子同然なのである。

 「制御しきれない。この状態で精霊や魔物と戦うのは初めてだからな」

 オーディンはどの程度の力を出して戦えば良いのか判らないのである。

 先ほどの攻撃もさほど力を入れていなかった。だが、それでも地面を裂いてしまう。しかしイーフリートを撃破できたわけではない。力でねじ伏せることは、つまり、周囲の破壊に繋がってしまうのだ。

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