第3部 第3話 §5
まだ、報道はされていないのだが、地震が起きた直後、ヨークスの街中心から東のメインストリートでは、大きな騒ぎになっていた。
周囲には炎が徐々に周囲を焦がし始めていたのだ。
そして、道路の中央は押しつぶされたよなクレーターができあがり、その中心には炎の化身イーフリートが、唸りを上げ、金色に光った眼孔で周囲を睨みつつ、状況を観察している。
パニックになった市民は、乗り物も建物も放棄し、他人を押しのけながら、逃げまどい始める。
イーフリートの属性は炎でその養子は、体高三メートルを超す大きな猿人で、山羊のような角が頭部に生え、知能は非常に高くプライドが高い。全身は褐色の肌に赤池を纏い、絶えない炎を身に纏い、呼気にも絶えず炎が付きまとう。歩行は完全な二足歩行ではなく、腕を補助代わりにして立っている姿勢が通常で、立ち姿はゴリラのようである。人間のアスファルトが焦げるイヤな臭いがする。イーフリートの体温で焦げ始めているのだ。
「ウォォォォオオオ!!!!」
像よりも大きく、ゴリラよりも低い雄叫びをし、身体から更に炎を発し、周囲を焼き始める。振り回す拳に炎が棚引き空気を焼く。叫び声は音の壁となり、建物の外壁を叩き、放射状に走り広がる。
叩かれた外壁はひび割れ、ガラスは粉々に砕け散り、激しく飛び散り、炎に怯え逃げまどうヨークス市民の頭上に容赦なく降り注ぐのだった。
遠いが、オーディン達ね目に、その炎の赤い輝きが飛び込む。
彼等は地震のために、バイクを停止させ、それを眺めていた。
「な!なによ!あれ!ほら!あれ!」
ミールが慌てふためいて、今まで見たこともないような、巨大な炎のエネルギーを指さして、エイルの服を掴み、彼にそれを着目するように訴えかけている。
「ああ!見てるよ!おちつけ!」
エイルは先日の件、ドライとの出会い、そして強烈な力を目にしたことで、より冷静な判断が出来るようになっていた。確かに街の危機がそこにある。だが、そこには、ドライと対等に戦ったオーディンが存在しているのだ。
「買い物も終わっている。君らはドライの所に戻れ……いいな」
オーディンはそういうと、すっと大地を蹴り、宙に舞い、一直線に現場に飛んでゆくのだった。普段飛ぶことはない。
「ねぇ!飛んだよ!しんじらんない!」
「判ってる!!おちつけって」
完全に浮き足立っているミールに対して、エイルは一喝する。ミールは、慌てふためくのを忘れてしまうほどに、エイルの大声に驚いた。大きな瞬きを数回して、小さく口を半開きにして、動きを止めたまま数秒経つ。
「う……うん。で、どうするの?」
落ち着いたミールは改めて、これからどうするのかをエイルに尋ねる。
「行くにきまってんだろ。何のための剣なんだよ……」
そういったエイルだが、彼はドライに剣を叩き折られている。戦闘に参加することは出来ない。
「でも!エイル剣ないじゃん!」
「お前……俺と何年付き合ってるんだ?」
と、幼い頃から一緒に暮らしている自分の能力を全く考慮していないミールに対して、冷たい視線を送るエイルだった。
「え?つきあってるって……それ最近じゃん……」
ミールは、完全に今朝から昼頃にかけての情熱的な行為を思い出しつつ、状況もわきまえず、心の中で反芻して、頬を赤らめ、顔を覆いモジモジと恥じらってみせる。
「じゃなくて!!」
「え?」
「ガキの頃からの話だ!」
そういわれて、ミールはひらめいたように手鼓を打つのだった。
「いくぞ!」
エイルは、ドライのバイクをフルアクセルで走らせる。一瞬反動で身体がはがされそうになったが、どうにか持ちこたえ、戦線に向かうのだった。
イーフリートの前に舞い降りたオーディンの目の前に広がったのは、火の海になりつつある、メインストリートと、窓の砕け散った建物、そして、怪我をして蹲る人々、動けずに泣いている子供達だった。
オーディンはハート・ザ・ブルーを抜き、剣に意識を集中させる。
「水龍!!」
そう叫び、剣を上下左右に十字を切るように剣を振るうと、そこから水で出来た龍が現れ、彼の意志と共に、上空に舞いあがる。龍は中国の神話に出てくる龍で細く長い身体をしている。オーディンの技で使用される龍は、全てこの龍だ。もっとも精霊ではなく、水元素の固まりである。
龍の長さは、普段彼が使用する技の量ではなく、何十メートルもあり、一頭だけではない。何頭も剣の中から、龍を生み出すのだ。
彼はそれを天空に舞い上がらせると、龍に対する意識をほどいた。
すると、水龍は砕け散り、飴となり地上に降り注ぐ。周囲は、炎と相殺された水蒸気で満ち、気温は熱波から解放され徐々に落ち着きを取りもどす。
だがイーフリートのの周囲は何かに守られているようで、球体状に見えない壁が飴を阻んでいる。恐らく結界だろう。重力落下に従って落ちる水滴を弾いていることから物理防御だといえる。
「結界……か」
イーフリートはオーディンという存在に気がつく。猛るのをやめ、じっと彼を観察している。だがうなり声はやんでいない。牙を剥き睨み付け殺気を放って身構えている。
〈静まるか?〉
オーディンもイーフリートの様子を見る。そしてこれ以上の破壊が起こらない事を願っていた。
だが、イーフリートはの警戒に満ちたうなり声は、徐々に強さを増す。
「グォォォォオオオ!!」
怒りに猛った叫び声を更に強く発すると、身体に纏った炎をさらに激しく燃え上がらせ、オーディンの向かい直系一メートルはある、オレンジ色に燃えさかる火球を連続で五発ほど吐き出して来るのだった。
「オオオオ!」
オーディンは、気を高め、シルベスターモードに入る。そして身体の真正面で火球を受け止め、全てその波動だけでかき消してしまう。
だが、それと同時に、シルベスターモードの波動は、周囲の地面を砕く。オーディンが火球の力を無に出来ても、彼を支えるアスファルトは、それを支えきれないのである。
召還術である場合、呼び出された魔獣精霊が、怒りを露わにするケースは幾通りかある、一つは召還した術者の力量が伴っていない場合、術式を唱えるときに集中を乱したとき、また正しい詠唱を唱えなかった時なのである。
最後に述べたケースは、対象となる魔獣精霊そのものが呼び出されず、違った場合が殆どである。
このイーフリートが誤って呼び出されたかどうかは、定かではないが、怒り狂っている事実を見れば、恐らく何らかの形で召還方法に欠陥があるのだろう。
オーディンは、レイオニーとサブジェイの話から、そう推察する。
彼は更に集中を高め、青く輝く刀身を持つ、ハート・ザ・ブルーを銀色に光らせる。この状態はアストラ流ボディーも切り裂く出来る次元刀である。
「ふん!」
そして、それを離れた位置からイーフリートに向かって、振り抜く。
それは、大地を切り裂き、掘り起こしイーフリートの纏っている結界を切り裂き身体を切り裂く。
勝負は一瞬でついたかのように見えた。だが、イーフリートの周囲に張り巡らされている結界は強力な者だったらしく、イーフリートは、着られると同時に弾かれて、蹌踉めき、距離をあけるが、もう一度前屈みになり、オーディンを睨み付ける。斬られたはずの傷口もすぐに修復してしまうのだった。
「大使!」
オーディンがさらなる戦闘に入ろうとした瞬間、エイルとミールが、彼の下へとやってきた。オーディンを呼んだのはエイルだ。
走行不可能になった路上から少し離れた位置にバイクを止めている。それほど地面の状況は酷い。
「何故きた!帰れといったはずだ!」
これは既に、人間ではどうにもならないレベルの戦いである。
「剣士はこういう時のためにいるんじゃないんですか?」
エイルは、先日ドライとの一見の時に、結局魔物に対して有効策を取ることが出来なかった。状況に圧倒された自分がそこにいた。結局はドライに指示され剣を貸し与え、自分は何も出来なかった悔しさがある。
一度逃げるクセがついてしまうと、自分は何に対してもそうなって行くんじゃないか?エイルはそんな不安に駆り立てられていた。
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