第3部 第3話 §4

 その頃、ブラニーをお供にしたローズは、ホーマー酪農場に訪れていた。ホーマーの酪農場は、肉牛乳牛を中心に経営している。サヴァラスティア農園の共同経営主といったところだ。

 サヴァラスティア農園が何ヘクタールあるのか?ドライ本人にも分からない。元々みな、細々とやっていたに過ぎなかった所に、サヴァラスティア夫妻が現れ、それらを取り込んでしまったのだ。

 ドライ達には、畜産等のノウハウはないが、彼等にはそれがある。今では良きパートナーである。

 「ホーマー!」

 バイクで、大きな木製の厩舎付近に乗り付けたロースが、どこにいるか判らない彼の名を大声で呼ぶ。

 だが、ローズがブラニーをバイクから降ろしている間に、一人のローズと同じほどの身長の中肉中背の四〇代と思われる口ひげを蓄えた麦わら帽にオーバーオールを着込んだ黒髪で細目で丸顔の男性が、藁を掃除するためのフォークを片手に持って、厩舎の中から、ヒョッコリと姿を現すのだった。

 「ローズ!」

 と、ここ少しばかり現れなかった隣人に両手を広げて向かえてくれるのだった。軽くハグをして、二度ほど頬を重ねて親愛の情を示している。

 「ちょうど良いチーズが出来たんだよ!鼻がきくねぇ!今年もいいデキさ!」

 彼は、ハグの余韻も残す様子もなく、そそくさと小走りに前を歩き出し、手招きしてチーズ小屋に向かう。

 彼にはまだ、ブラニーの存在に気づいていないようだ。というより、チーズのことが頭にこびりついているのだろう。

 チーズ小屋は湿度と気温の関係のため、地下室に作られており、そこは煉瓦造りで、かなり広めに作られている。棚には沢山のチーズが並べられており、出荷を待っている状態だ。

 ローズは小屋の中には入らず、表口でホーマーが出てくるのをじっと待つ。入れてくれないわけではないが、目移りするのも困るというのがローズの言い分?であった。

 ローズは手に取ったチーズの重みを感じながら、香りをかいでみる。

 「ん~~……美味しそう……」

 ホーマーは絶対の自信を持っているのか、ニコニコとしていて、ローズのご機嫌を伺うことはない。

 「美味しいチーズとワイン……、いいわねぇ。あの子達も喜ぶわ」

 ローズにはすでに、ドライを始め食事に群がる彼等の姿を思い描いている。とても幸せそうな横顔だ。過激で暴れ馬のようなローズが見せる本当に幸せに満ちあふれた表情だった。

 リバティーを生んだときも同じように幸せに満ちたローズの顔があった。ブラニーはそれが忘れられないでいる。彼女も母親だが、気持ちは理解できても、客観的に見ると、そういう一時が自分にもあるのだと再認識することが出来る。

 「あの子……達?そういえば……彼女……ローズのお客さんだね?珍しいね……」

 ここで、漸く腕組みをしてスラッと経っているブラニーの姿を見つけることが出来る。ブラニーは、他人になれなれしくされることは好まない。

 共感も得られない人間に触れられたいとも思わない。

 ローズがチーズを抱えたままブラニーの前に差し出す。

 「ほら、嗅いでみなさいよ」

 嬉しそうなローズにつられて、ブラニーはそのチーズの香りを軽く吸い込む。

 鼻から通した芳醇で濃厚な香りが、口の中まで広がり喉の奥を通ってゆくのが判る。朝食は食べたはずだが、それで食欲が再び沸いてくる。

 「いいわね……良い香りだわ……」

 その香りがクセになったブラニーは、暫く目を閉じて香りだけの世界に浸っている。

 「お嬢さん、気に入ったかい?」

 「ええ……とても……」

 現金なのかもしれないが、恐らくチーズの香りを嗅ぐ前なら、話しかけられてもホーマーと話をする気すら沸かないブラニーだっただろう。特に感情がこもっているわけではなかったが、素直な彼女の気持ちだ。

 だが、ものを生み出すということには、それだけの誇りがいるし、そうでなければならない。

 まして、自然が生み出したものを壊すことなく作り上げたものは、クロノアールの血を引く彼女にとって共感を得るものがある。

 「良かったら送るよ?」

 簡単な言葉だだが、ブラニーが発した気持ちに彼も嬉しかったのだろう。

 身も知らない自分に対して発せられたそれは、彼女に疑問を持たせる。それで彼に何かメリットがあるわけではないのだ。ブラニーがそういう目をしたことを、ローズがすぐに理解する。

 「ホーマーにとって、チーズは子供みたいなものよ。良い子だっていわれて嬉しいのよ」

 それは、生まれたばかりのリバティーに興味を持ち、世話をしてくれたブラニーに対して、ローズが嬉しいと感じることと変わらないことだと、いっているのだ。

 「ルークも喜ぶかしら」

 ブラニーがぽつりとそう呟いた。

 「知らないわよ……」

 とルークのことに関しては、ローズもツンとしてしまう。彼との蟠りが消えたわけではない。

 「でも……ホーマーのゴーダチーズはヨークスいちよ。まぁ、まだ市長お墨付きにはなってないけどね」

 ローズはもう一度、チーズの香りを堪能する。

 「酷いなぁ。ウチは牛乳だって美味しいし、チーズだってゴーダだけじゃないぞ?」

 「うふふ。そうね。それじゃ、マルコ爺さんの所にいくから。またね!」

 ローズ達がその場を離れようとしたとき、大地が軽く揺れ始める。震度三程度だろうか、軽いめまい程度の揺れだ。だが、この土地は元来地震そのものがまれな土地柄なのである。

 だとすると、地震が起こる理由は、不審なものがある。

 「地震ね……、何もないといいけど」

 先日大変な事件が起こったばかりだ。だが、召還では地震など起こらない。

 オーディンはまだ、ドライ達に、あの地震が、何かの意図して魔物を呼び出した事による、前兆だということを話していなかったのだ。

 判らない謎のままだということにしてある。

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