第3部 第3話 §3

 その時、オーディンの携帯電話が鳴る。彼は慌てて、ズボンのポケットを窮屈に探ってやっとの思いで携帯電話を取り出す。

 「ああ、私だ……。うむ……そうか。解った」

 オーディンが事務的な会話をしている、シンプソンでもなさそうだ。端的な用件を済ませるとオーディンは携帯を、再びズボンの後ろポケットにねじ込む。

 そして、すっと立ち上がった。

 「済まないが、そろそろ戻らないと行けないらしい……。協議会が行えなくなった以上、無駄に長いすることも出来ないしな」

 オーディンが行くなら、カップルもどかなくてはならない。

 オーディンは、土にまみれたマントを軽く叩きながら、羽織るのだった。

 「すまねぇが買い物の序でに、此奴を送ってやってくれねぇか?」

 ドライは座ったままの姿勢で、見上げながらエイルに頼む。

 「ああ」

 エイルは別にドライの武勇伝を聞けたわけではない。だが、いつになく反発する様子はない。何を考えているか?そして、何者なのか疑問点の多かった男が、不意に見せた父親の顔、大きな力を持ちながら、小さな幸せに明日を見つけようとしているその姿に少しだけ感化される。

 「では、申し訳ないが……好意に甘えさせてもらうかな」

 オーディンは、エイルの方を見てすっと手を差し出す。

 「ええ……、送らせて頂きます」

 オーディンとエイルが握手をする。何より彼がオーディンと交わした、最初のまともな会話だった。

 「……と、ミール」

 オーディンを後ろに乗せるということは、当然彼女は乗せられない。

 「いいよ、自分のでついていくから」

 ミールは先に自分のバイクに向かって歩き出す。その後からオーディンとエイルが、ゆっくりと歩き始めた。

 「さて……オメェ等二人には、畑仕事手伝ってもらうぜ」

 ドライは、オーディンを送る仕草もなく、中断された作業の再開に向かう。

 「あ~あぁ、オーディンさん。俺が送りたかったなぁ」

 イーサーは、彼等が離れてから、ぼそりと残念そうにドライの横で、不服を漏らす。

 「バーカ……譲ってやれよ。それに、そんなことしたら、俺がローズに叱られる」

 そうである、二人を買い物に行かせるのは、ローズの企みなのである。

 力関係とは、なにも腕力で片づくものとは限ったものではないらしいと、イーサーは一寸した学習をする。尤もこの男達が、滅法女に弱いという弱点を持っていることも、事実である。

 「ドライ!レディーによろしくいっておいてくれ!」

 オーディンは、ドライのバイクに跨ったエイルの後ろから、通る声でドライに、その一言を残していく。そして、すぐに遠ざかってしまうのだった。

 オーディンは、一日ぶりに街に戻ってくる。結局シンプソンと数時間違いという結果だが、それでも彼はもう街を後にしている。

 「あ……しまったぁ。アイツから金もらうの忘れてるぜ」

 街に到着したエイルが、バイクを運転しながら、ふとそのことに気がつく。

 普段着実なエイルらしからぬミスだった。ドライにすっかり引っかき回されていたからに他ならない。

 「私が出すよ……、序でに先に買い物も済ませよう……」

 オーディンが、何の蟠りもなく、エイルの後ろから声を掛ける。オーディン大使ともあろう者が、スーパーで買い物である。信じられないことだ。それこそ騒ぎになる。

 「……やっぱりアイツのダチなんですね……なんか……」

 「そうだな……、まぁ君がボディーガードをしてくれるんだろ?」

 これはぴくりと来る。オーディンのボディーガードをするとは、魅力的な話である。彼がホテルにたどり着くまで、その役を仰せつけるということだ。

 ミールにはその会話は少し届かなかった。

 エイルのバイクの後を追走している状態になっている。が、ここでエイルが、手信号でミールに前に出るように指示する。

 ミールは、一旦エイルのバイクの横に並ぶことにする。

 「なに?」

 「このあたり、いい食材の店知ってるか?!」

 「ん~~……高そうな店だったら、メインにあるよね。」

 「ECショップ……か」

 ECショップというのは、優良な食材を集めた一寸した上流階級御用達の店で、少なくともエイルやミールに縁のある店ではない。ドライもそんな店に入ることはない。

 目印は、ウィンドウガラスに描かれた、ゴールドの四つ葉のクローバーのデザインである。店の構えは深いグリーンの色を基調として、落ち着いた感じである。メインとはメインストリートのことだ。

 「どうして?」

 「いや、大使が買い物に同行して下さるらしい。そこら辺の店って訳にはいかないだろ……」

 「え~~~!マジ?」

 走行中だが、ミールの驚きの声はよく聞こえた。

 「君らの行く場所でいいが?」

 「俺等の家は南だ!ここは生活範囲じゃない」

 「そうか、じゃぁ彼女のいったそこにしよう……」

 オーディンは至って真面目だ。

 偶にはこういうのもいい。地位というのは時に不便なものである。似つかわしくないだとか、軽はずみだとか、自分よりも立場を重視する事柄が前面に押し出され、自由を奪われる。

 今の仕事は遣り甲斐はあるが、別に自由を奪ってくれとは頼んでいない。何もかもが得られるほど、人間は自由な存在ではないということだ。

 昔はニーネや、ローズなど女性のお供をさせられたものだった。あの時代が懐かしい。

 相手こそ、出会ったばかりの彼等だが、久しぶりの僅かな時間を楽しむことにする。

 その様子を具に眺めている一人の男がいた。黒服の男である。だが前回とは中身が違うようだ。背丈は低く華奢な体格をしてる。視線を悟られないサングラスは必需品だ。

 彼はオーディンを見かけると、携帯電話を取り出し、素早くダイヤルする。

 「こちらグロウイング・ムーン。ライジング・サンに次ぐ、オーディン=ブライトンを目撃、西の方角から、中央へ、メインストリートを通過中。同行者二名。青年で男と女で、所属は不明です。至急次の行動を指示されたし……、」

 彼は要点だけをいい、少しの間その場で指示を待つ。だがオーディンを追おうとはしなかった。

 もしその行動を取ると、鋭いオーディンがそれに気がつく可能性があるからだ。偶然の発見が、功を奏した形になる。

 「いえ……判りませんが、エピオニア十五傑だと思われるには、若年でした。感ですが、例の不確定要素の確率は、低いと思われます。…………判りました、では安全圏に避難します」

 男は、電話を切ると、静かにその場を離れるのだった。

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