第3章 第3話 §2
エイルの後方にいたミールが、オーディンの横に立ってエイルを誘う。
彼女は、ドライとリバティーのような、距離を求めたのだ。エイルは、照れながらも、フィアに冷やかされながら、オーディンのマントの上に腰を掛け、ミールを膝に抱いた。
そして、フィアはドライの横に腰を掛ける。
「俺が、農夫になったのは、心が弱かったんだよ。変えられないテメェの
「ずっと昔のこと……なの?」
リバティーは、少し苦い顔をしながらも、きちんと昔の自分の弱さを省みながら、言葉をかみしめるようにして話すドライの顔を、少し窮屈に振り返って見上げる。
「此奴と別れたのは十六年前だ。お前がまだ、赤ん坊の頃だ」
ドライは、ここで一度エイルに視線を送るのだった。
「エピオニアが、解放された一年後……だな」
エイルはドライが言いたかったことを、代弁する。無論それがドライの目的だった。
ドライは、極力力を押さえながら、シルベスターモードに入る。興奮状態でないため、オーラが溢れ出ておらず、リバティーに衝撃を与えることはなかった。
「この力は、努力や才能で得られるもんじゃねぇ。どうしようもない柵に縛られた呪われた力だ。昨日オーディンが来るまで、俺は此奴をもてあましていた……。尤も力の解放自体が十七年ぶりだけどな」
ドライは再び、通常の状態に戻る。
「剣を握れば自ずと此奴を使う事になる。それが譬え人間相手であろうと、魔物相手であろうと。別にそれがイヤだった訳じゃなかった。だが、此奴は俺が望んだもんじゃねぇんだ」
オーディン以外にはドライの言いたい意味が少しぼやけて解らない。まず、彼が求めた力が何かが解らない。そしてその背後にシルベスターという存在も理解出来ないし、彼の心が折れてしまったプロセスが理解出来ていないのだ。
ドライが生涯を通して強さに求めるものは、生きている実感である。相手の力を感じ、戦い、強くなり、汗を流し、その中で自分が生きる。それが、ドライの求めているものなのだ。だが、シルベスターの力は、人間にとって不必要なほど、強大なものなのである。そう、それは人間と戦うための力ではないのだ。そこには虚しさだけが、残る。
ドライにとって、まさに無意味なのである。この力で生きる実感を感じるためには、人であるということを捨てなければならないのだ。だが、そこには彼の求める、もう一つの生き甲斐は存在しない。それは、ローズを腕に抱き、大切な友人と笑いあう一時である。
「あの時は、この力で叫ぶことの出来る奴がいなかった」
あれから時間だけは、随分と流れたものだと、少しこの十七年間を振り返る。そしてそのゆとりも随分出来た。
「今は、ドライ……私がいるぞ」
オーディンは、自分の胸に右手をあて、真剣な眼差しで、ドライを見つめる。
「ああ……そうだな」
オーディンは、叫びたくなればいつでも自分を呼んで良いといっているのだ。そしてそれもシルベスターがオーディンに与えた宿命の一つであり、オーディン自身もそれは知っている。だが彼は、それをドライのための存在であるとは、決して思わなかった。
それはシルベスターに言われずとも、必ずそうしていたに違いないという、彼の確信があるからだ。
現に自分に力一杯ぶつかってきたドライは実に楽しそうだった。戦うと言うことは、矢張り心を持つもの同士のぶつかり合いでなくては意味がないのだ。
「じゃぁ、エピオニアを救ったのは、アンタなのか?」
エイルのこの質問に、ドライはクスクスと笑いながら首を横に振った。
「俺は何にもしちゃいえねぇよ」
「違うだろう?お前は、数万と飛ぶ魔物の群れの中を一人で飛んだ……お前で無ければ出来なかったことだ」
大ざっぱなドライの説明のフォローをオーディンがする。確かに戦闘という意味では、ドライは何も手を出していない。彼はそのの中心には居なかった。だがオーディンの言うとおり、そのための大事な役割を果たしたのは、紛れもなくドライなのである。
イーサー達には先の戦闘がある。あんな悍ましい化け物の群れの中をたった一人で飛んだところを想像すると、それだけで気が狂いそうになる。
「アニキの気持ちはさ、アニキにしかわかんねぇけど。俺だったら絶対世界中旅して、世の中いっぱい驚かせるけどなぁ……」
イーサーは、まだ加減を無くした力を手に入れたことがない。世界中の強豪をなぎ払って世界一になる自分を想像してしまう。
宝の持ち腐れだと、残念そうに、息をフゥと吐き出す。
確かに生まれ持った宿命はそれ自体が力になることもある。それを生かすことは、決して悪いことなどではない。だが、持て余すことは、決して幸せなことではないのだ。不幸な結果に繋がる事が多い。
「歩いてみると世界なんざ……狭いもんさ……。特に今はな」
ドライは懐かしさを交えた瞳で、少し空を見る。ぽつんと雲のように浮かんだ言葉だが、実感が籠もっていた。
賞金稼ぎとして世界を渡り、マリーとの探求の旅でも見回し、宿命での旅でも歩き通した世界だ。その重みがある。それに加えて、交通手段の発達した現在、ドライ達の思うような旅は、なくなりつつある。
「ま、君たちは、一度経験してみるのもいいかもしれないな」
オーディンは、若者達に旅の勧めをする。
「それで、どうして農園なの?」
そうである。リバティーの知りたいのはそこなのだ。賑やかな街から離れたこの場所を生活の場に選んだのか?町中であれば、彼女も不便な生活をしなくても良かったのだ。
「はは……人に使われるのは柄じゃねぇし、あそこは流れが速すぎる。みんな取り付かれたみたいに、毎日あくせく……ゴメンだ」
「スポーツ選手とかは?」
「おめぇ、話し聞いてたか?ん?何より、目立ったら即此奴がくるだろう?あんときゃ、時間がほしかったんだよ……」
ドライはクスリと笑い、オーディンを指さす。第一の親友を煙たがるように、意地悪くにやけた目で見る。
「怒るぞ!?」
そういったオーディンは、確かに怒ったような表情を作っているが、全く怒っていない。
「それに……」
「?」
リバティーは、一呼吸置いて、じっくりと落ち着いたドライのそれに、反応する。
「俺が化け物になっても、でっかい大地は思い通りにならねぇ。此奴の上じゃ俺は、おむつの取れねぇ赤子みてぇなもんだ……」
ドライは、指をオーディンから、すぅっと、地平緯線の方角を軽くなぞる。街が微かに見えるが、見渡す限りの畑と、土地に住まう小作人達の家が転々と並ぶ。
「あっちがマルコ爺さんブドウ畑だ、去年はいいブドウが採れた。向こうがホーマー叔父さんの牧場だ。奴のところのチェダーは肉によく合う。そろそろいいチーズが出来るっていってたぜ。俺の柄じゃねぇが、ロイホッカーがこのでっかい地面の上にあるものを、詩にしたのも、なんか解る気がするな」
ドライは、指を指すのをやめて、リバティーと頬を重ねて、じっと遠くを眺める。
「今じゃすっかり文明が入って、畑仕事も楽になったが、昔はそこら中で牛が鳴いてたし、馬もいた。大変だったぜぇ。俺は今でも趣味がてら、鍬でやってるが……」
リバティーは、ドライが何故今の生活を営んでいるのか、漸く理解した。彼がなぜその力を手に入れる事になったのかは、まだ語られていないが、彼はその両手に生きていることを感じたかったのだろう。
「私……ずっとパパのこと、傷つけてた……」
リバティーは落ち込んでしまう。彼女は何も理解しようとしていなかったのだ。
「いいさ。俺はお前に何も教えなかった。俺はテメェのことしか考えてねぇ身勝手な男だ……けどよ。これでもオメェのこと背いっぱい愛してんだぜ……」
「もっと……パパのこと知らなくちゃダメだね……」
「そうだな……ちゃんと全部話してやんねぇと、アイツみたいにグレちまうな」
ドライはサブジェイのことを想い出して、クスクスと笑い始める。親子関係について彼はどう思っているのかは知らないが、時折テレビに映し出されるサブジェイは、レイオニーと上手くやっていることだけは、解る。
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