第1部 第4話 §3  黒装束の男

 オーディン、シンプソンは、ごく平凡に決める。特にシンプソンは、それほど体格も大きくないので、早めに決まる。


 だが、残り二人はなかなか決まる物ではなかった。ドライはサイズが少ないのも言うまでもないが、本人が着るのを嫌がったせいもある。この時はダダをこねる子供のようだった。ローズは、あれもこれもといって、なかなか決めかねているだけようだ。


 その内、ドライが出てくる。


 「ったく……、肩が凝るぜ……」


 だが、以外にもこれがよく似合っている。元々顔立ちも背筋もスタイルも良い方なので、そうなのだが、これほどよく似合うとは思ってもいなかった。ただ、こうなると、顔の傷とサングラスが邪魔だ。それと、ぼさぼさの髪の毛を、何とかしなければならない。


 「ほう……」


 これには、思わずオーディンが感心してしまう。


 「ドライさん、似合いますよ」


 「あったりめぇよぉ、でも、あまり大きな声で俺の名前呼ぶなよな」


 「済みません……」


 そもそもドライがサングラスをかけているのは、その世界に一人といわれる赤い瞳を隠すためだ。この瞳を見れば、知る者は、彼がドライだという事を理解する。


 それから問題のローズだった。


 「お・ま・た・せ」

 と、何だか意味有り気に、ゆっくりと試着室から姿を出す。普段は、スッピンの彼女だが、それなりに、ほんのり化粧をしている。ルージュの口紅が、彼女をより華やかに美しく引き立てた。彼女を見たドライ以外の人間は、何故か赤面をしてしまうほどだった。


 「ローズ、綺麗だぜ」


 「ふふ、誰を見ていってるの?それこそドライだって……」


 少し磨きの掛かった美男美女が、また二人の世界に、入ろうとしてしまう。側によって、互いの背中に腕を回しあったところだった。


 「う!ううん!!んん!」

 オーディンの小五月蠅い咳払いに、こういう事態でないことを思い出す二人。これは後のお預けだ。この後ドライの方は、総仕上げに入る。髪をとかし、サングラスは、賞金稼ぎななどの事情に疎い、中央に入ってから取ることにして、傷を多少の化粧で埋める。


 髪を梳かしたドライは、ますますオーディンに近くなる。違うところは、身長と、育ちの違いで悪党顔な所だ。

これに関しては、互いに不愉快そうに口を尖らせた。


 ローズの服装の都合上、剣はドライが二本とも持つことになる。彼女は、いつでも剣を抜けるよう、ドライの左側を歩く。


 今度の服装は、兵士達に怪しまれることもない。取りあえず見掛けだけは、立派だ。中央に入るには、壕に渡された立派な石橋を渡るしかない。そこにゲートが存在し、いわゆる貴族階級はその中で手厚い保護を受けているというわけだ。ゲートにまでたどり着くと、見知らぬ彼等を、失礼ながらも兵士達が、身分証明を求めてきた。


 オーディンが任せろと言っていたので、任せることにする。すると、彼は懐から、なにやら厳めしい紋章を出した。大きさは、掌くらいある。かなり古めかしい物であるのは間違いないようだ。それに、歴史を語るような、いろいろな絵が描かれている。


 それを見ると、兵士達は、その場を退き、ゲートを通してくれる。あまりにも簡単に行き過ぎるが、彼の持っていた紋章が、そのキーであることは間違いない。


 「オーディン、何ですか?それは」


 シンプソンは、一寸したマジックの種明かしを聞き出したい心境になって、これを訪ねてみる。すると、オーディンはもう一度それを取り出す。


 「これは、ヨハネスブルグ第一級貴族の証だ。まさかこの様なところで役に立つとは……」


 あまり過去の栄光には縋りたくはないが、それが役に立って、少しはほっとしていた。


 ゲートをくぐると、町並みは一変する。道の幅も変わり、贅沢なほど広い。建物も、個人が所有しているとは思えないほどの、屋敷が、厳重な鉄格子の向こうに見える。しかし、気ままに歩くと、そういう建物ばかりでもないようだ。豪華だが、寺院や酒場もある。無論彼等は酒場などとは呼ばないであろうが、ドライやローズから見ればそう見える。言うなれば会員制のクラブだろうか?こうなると、私腹を肥やす政治家も出てきそうだが、それは定かではない。


 通りを歩く人間を見ると、婦人はこの冬に日傘を差し、澄まして歩いている。


 「バッカじゃねぇのか?あの女、雨も降ってないのに、傘差してやがる」


 ドライにはこの豪華な雰囲気が、気に入らないらしく。軽蔑を感じるほど、尖った口調で小声で言う。


 「ふっ、あれは日傘だ。肌が焼けて、そばかすなんかが出来ないうよ注意しているんだ」


 オーディンも、この異常なまでの心遣いをおかしく感じ、笑いを入れながら、ドライにこれを説明する。


 男子は、ステッキを持ち歩き、使用せずに腕に掛け、アクセサリーにしている。


 「なんだよ、彼奴等、腰でも悪いのか?ステッキなんか持ちやがって、馬鹿の集まりか此処は」


 ドライがまたぼやく。


 「ククク……」


 オーディンは、ドライの言い分が良く解るらしく。失礼だと思いながら、こらえきれず、息を殺して笑っている。


 「なんだよ」


 「いや、悪い。あれは彼等のお洒落だ。気にするな」


 此処まで大きな街になると、ドライは中央に入ったことなどはなかった。無論、入る気にもならなかったが、今回は目的がある。そろそろ本格的に辺りを探るために、町の地理的な様子を確認する。通りの前方には、城が見える。此処はいわゆる城下町だ。


 黒の教団のアジトらしい場所は見つからない。


 「もしかして、先ほどあった寺院じゃないかしら?」


 ローズは来た道を振り返る。その時だ。黒い法衣で身を包んだ男が、こちらの方に向かってくる。脇に小箱を抱え、真剣な趣で、何か考えながら、歩いている。細長い顔の男で、髪はきちんと七三程度に分けている。何かを悩んでいるせいか、表情も暗めだ。彼の首から下がっているのは、十字架のようだが、それとは少し形態が異なり、斜め方向にもクロスがある。十字の交点に、さらに斜めの十字が走っているという形だ。向こうの方も、こちらに気が付く。


 「ノアーは、あのロザリオは、付けてはいませんでしたが?」


 「だが、あのようなのは見たことがない、間違いあるまい……」


 シンプソンとオーディンが、声を潜めながら、彼の特徴について、意見し合う。


 男は、だんだんと彼等に近づいてくる。その男は、オーディン達の前に来ると、足を止める。


 またもや、戦闘が始まるのか、それもこの様な市街地でである。瞬時にして、彼等は身構える。特にオーディンの反応は早かった。男は、小箱を彼等の目の前に差し出す。何かの道具なのであろうか、だが殺気がない。此処で斬るのはまずい。剣を抜く体制に入ったまま、柄を握りしめた掌が熱くなる。


 その時男の口が開く。


 「あの、募金お願いします」


 警戒をしている彼等に、怯えながらも、飛び出した一言がそれだった。緊張の糸が切れ、その場にすっ転んでしまうオーディンだった。


 これで彼に戦意はないのは理解した。


 「ああ、解った」


 意外な展開に汗を拭きながら、思わず金貨数枚を箱に放り込む。


 「おお!なんと、今日は少しも集まらないと、思っていましたが、一度にこれほど!これも何かの縁です。是非とも教会にお越し下さい!」


 男は歓喜の声をあげ、オーディンの腕を強引に引き、見える教会とは、反対方向へと進む。人間的には悪い男ではなさそうだが、オーディンとは逆に、妙に馴れ馴れしいこの男にドライの方が警戒心を抱き始めた。


 教会に着く。建物の雰囲気としては、一般的だ。だが、やはりシンボルマークが一般とは違う。彼は扉を開け、礼拝堂の奥へ皆を導き、早速持てなしてくれた。暖炉に火が灯り、円卓に熱い紅茶の用意がされる。


 「済みません、私の名前は、バート、バート=グラハム、バートと呼んで下さい」


 「ああ、バート、私は、オーディン=ブライトン、右がシンプソン=セガレイさんでで、左がドライ=サヴァラスティアだ。で、ドライの横のレディがローズ=ヴェルヴェット、よろしく」


 オーディンが手を差し出すと、彼は快く握手をしてくれる。シンプソンも、ローズも握手をしたが、ドライだけは突っぱねた。全てが気に入らないと言った表情で、腕組みをし、見下げるように彼を睨み付ける。


 ドライの威圧的な赤い瞳が彼を粛々とさせる。


 「か、彼は人見知りが激しいんだ。気にしないで頂きたい」


 オーディンが取り繕って見せるが、ドライはさらに顔を横に背け、あらぬ方向を向いてしまう。フォローのしがいが全くなかった。


 「はぁ……」


 彼の方も、一応はそれで納得をしたようだが、やはりドライを警戒した。あまり肝の大きい方ではないようだ。


 今度は、シンプソンの方から、彼に話しかけてみる。


 「貴方一人ですか?」


 「ええ……、でも在家信者が何人か……」


 「変わったロザリオですが、何処の信者でしょうか」


 「恥ずかしいですねぇ、そう聞かれると……、異端なんですよ」


 彼は、自分に自信がないのか、照れ臭そうに、頭の後ろに手をやりながら、答え難そうにしていた。シンプソンは彼が話しやすくするために、気を使い。一応自分の信仰している宗教をあげてみた。


 「ふうん、私は、ネオクライストなんですけどね」


 「そうですか!『羨ましい』ですね、どうも異端は、認められにくくって、今日も、皆に教えを聞いて貰おうと、広場で頑張ってみたのですが、聞いてもらえませんでしたね、で、何か活動は?」


 「ええ、恥ずかしながら孤児院を」


 互いに似たような性格なのだろうか、話し出すと、息があったように、楽しそうに話をしを続ける。


 「孤児院をですか!お金を持っていても、心を失わない人もいるんですね!すばらしい人だ!」


 今度は、シンプソンの両手を握りしめ、尊敬の眼差しで、目をきらきらと輝かせ、感動している。だが、お金はあるとはいえ、シンプソン個人で所有しているお金は、皆無である。シンプソンは、少し苦笑いをしながら、この礼を受け取る。それから話を少し前に戻した。


 「ありがとうございます。で、何処の宗教ですか?」


 これを聞くと彼はやはり照れ臭そうに、口を少し開け声を漏らす。


 「え?」


 だが、シンプソンが、先に自分の宗教を明かしているからには、自分も名乗らなければならない。彼は小声で言った。だが、それだけで隠しているわけではなさそうだ。何かためらいが感じられる。


 「黒の教団、という、ホントにマイナーな教えなんです。ご存じ無いでしょう?」


 彼は様子を豹変させることなく、本当に申し訳なさそうに、それぞれの顔を確かめながら、恥ずかしそうにしている。


 一瞬剣を抜きかけたオーディン、ドライ、ローズだったが、彼から殺気が全く感じれない事から、彼等を此処に誘いだしたのではないものだとし、寄付金を本当に感謝して、此処に招いたのだと考えた。


 顔を背けていたドライは、オーディンの方を向く。オーディンもドライの方に視線を送る。その様子を見て、バートは、困り果た様子を見せる。


 「やはりご存じ無いですよね、でも、基本原理は平等なんです。生きとし生ける者への平等、それはすばらしい理念です。人間だけの平等ではないんですよ」


 と、自分の奉仕活動を、誇りに思って、声を張り上げ、説得にも思える口調で、興奮気味に口を動かす。


 「俺、一寸外で良い空気吸うわ……、暖炉で空気が乾いてやがる」


 ドライは何気ない様子で、立ち上がり、レッドスナイパーをその場に残す。


 「私も付き合おう。済まぬが席を外させて貰う」


 と、オーディンもドライに調子を合わせ、少し遅れて立ち上がる。


 「ええ、どうぞ、外は冷えますから気を付けて下さい」


 バートは、やはり普通だ。見た目はこちらに違和感を覚えている様子もない。


 「ああ……」


 オーディンは、そう言葉を返すと、ドライと共に、教会の外に出る。外の空気を吸うのを口実に、二人は暫くその周辺を、廻ることにした。


 「奴だけだと思うか?」


 ドライが突然、この様なことを言い出した。


 「解らぬ、だが少なくとも、彼は私たちを攻撃してくる様子はない。結果的にはノアーも、そうなった。解らないな」


 二人は、不快だった。当然中に残っているローズとシンプソンも、同じように思ってはいるだろう。守ることに関しては、シンプソンの方が、彼等より一枚上手だ。万が一があっても心配はない。だから、外に出ることが出来るのだが、問題は此処からだ。


 「ドライ、貴公の話では、黒の教団が中央にいると言っていたが、彼だけなら、それほど、街としての問題にはならないのではないのか?」


 「それは甘いぜ、誰でも異端は嫌うんだよ。見ろ、さっきから周りの連中、俺の目ばっかり見てやがる」


 少し見せ物になっていることに、苛立ちを覚えているドライだった。確かにドライの目は不思議だ。本当に変異なのだろうか、それともシルベスターに、関係しているのかもしれない。オーディンは、何となくそう考えながら、さらに、他のことを考え始める。


 ドライの口振りからも、本当の平等は、此処にはないことをオーディンも知る。そもそも人間の階級自体が、平等ではない。ノアーやバートの言っている真の平等を、考えたくなってしまう。


 「彼がもし、私たちがシルベスターの子孫だという事を知ったら、どう思う?」


 「あん?何だよオメェ、まだそんな眉唾な話信じてんのか?お伽話は、ガキで卒業だぜ、でもよ、ひょっとしたら……、いや、何でもねぇ……」


 ドライは、シルベスターのことについては、全くと言っていいほど、無関心である。それ以上に、何だか逃避的だ。しかし最後は意味ありげだ。オーディンがこれ以上この事に触れても、ドライの態度は変わることはない。ドライは、オーディンをあざ笑うように、「シルベスター」を突っぱねる。


 しかしドライがこの事に逃避的なのには、理由がある。それはマリーの死だ。今現在、彼女が死に至った理由はそれしかない、それがいやだったのだ。自由な彼は、自由でいたい。運命などに縛られたくはない。無意識にその心が働き、彼の逃避となっている。笑った後のドライは、どことなくしっくりいかないようだった。


 「この事を、バートに言ってみるが、意義はないか?」


 「好きにしな」


 ドライに意見を求めたのは、単純な理由だった。シンプソンは、オーディンに協力的だし、ローズは、ドライに同調的だ。少々の疑問はあっても、ドライを知っている女なので、最後には肩を貸す。結局オーディンかドライかで、問題は決着してしまう。両方ともそれは理解していた。


 ドライが即折れた理由も簡単だ。彼にとってシルベスターのことなど、どうでもよかった。それだけだった。もし戦いが起きれば、それはそれでよい、戦いを楽しむだけだ。街などどうでも良いのだ。右に転ぶか左に転ぶか、運を天に任せるのみだ。彼はそういうつもりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る