第1部 第4話 §2  潜入準備?

 翌朝、彼等はホテルのレストランにて、と言うほど豪華な場所ではないが、いわゆる食堂で、テーブルを囲んで、食事をすることにする。ドライの顔が微妙に変形している。彼の周辺は、どんよりした雲が漂っていそうだ。横ではローズが黙々と、食事している。


 「おい、誰か比奴の誤解、解いてくれよ」


 若干目の下にクマをつくった、ドライが都合よくオーディンとシンプソンに助け船を求める。


 「自業自得だ」


 オーディンの言葉は、すぐに返ってくる。


 「ローズ、彼は、そんなことをする人じゃないですよ。多分……、確かに見た目はいい加減に見えますが、真面目ですし……、誠実ですし……、あの……」


 懸命に言葉を選びながらドライをフォローしにかかるシンプソンだったが、言えば言うほど、フォローにならなくなる。


 「何処がどうで、比奴が誠実に見えるの?」


 実に無表情で、淡々としているローズだった。手元だけが、本能的に口元へと食事を運んでいる。暫く冷たい空気が流れる。


 「その、どの辺ですか?」


 これ以上どういって良いのか解らず困ったシンプソンは、思わず本人に直接助けを求めてしまう。


 「メガネ君、フォローになってないって」


 「済みません」


 何故シンプソンが、謝らなければならないのか、少し損な性分のような気がする。どうせ犬も食わない喧嘩だ。オーディンから見れば、そうにしか見えなかった。別段放っておいても、問題はない。オーディンは、一人食事を綺麗に済ませてしまう。ローズも食事を済ませる。


 「ごちそうさま!」


 ドライは、此処で最終手段に出た。少し目つきが鋭くなったように思えた。ポケットに手を突っ込み、立ち上がる。


 「解ったよ。そこまで言うんなら、仕方がねぇな」


 「ちょっと、二人とも、話し合えば解りますよ!」


 朝から何とも忙しい、シンプソンは疲れがまた舞い戻って来そうだった。立ち上がり、ローズに一歩近づいたドライを宥めるために、彼の胸を両手で押さえ、次の行動を押さえてみた。しかし簡単に退けられてしまう。


 「何よ」

 ローズは正面を向き、これに対抗する。ドライの手が、ポケットから出てくる。シンプソンの顔色も変わる。


 「これだけは、やりたくなかったぜ」


 「ドライさん落ち着いて!」


 シンプソンの制止など、ドライには全く役に立たない。


 「ローズ、顔貸せよ」


 「何よ!」


 ローズがドライの方に、顔をズイと近づける。ローズの雰囲気としては、殴れるモノなら殴れと、言ったようにも見える。ドライがローズの襟元を掴み、さらに自分の眼前にまで近づけた。シンプソン一人が、どぎまぎしている。その間もオーディンは、静かなモノだ。


 一見怒ったように見えるドライの眼だが、彼はそのまま何も言わない。それどころか、何を思ったのか、ローズの唇を奪ったのだ。襟元をつかんでいた手は、いつの間にか彼女の後頭部へと周り、髪の毛を幾度も掬っている。


 ドライが、唇を離した瞬間、眼をうっとりと細め、いかにも確信したかのように。喋り始める。


 「解ってんだろう?お前、態と意地悪してんだろ」


 「だって……」


 先ほどまでツンツンしていた様子とは、ガラリと変わり、今度は、何とも甘えた表情を見せるローズ。ドライに胸元に、指をモジモジと這わせる。特に、意味はないが。


 仲の戻った二人は、今度はイチャイチャとし始める。椅子に座るなり、ローズが、ドライの口元に、食べ物を運ぶ。


 「あーん」


 「よせよ、自分で食える」


 と言って、一旦、それを恥ずかしがりながら、軽く手で押しのけ、拒んで見せる。


 「ダメ」


 一寸むくれて、頬を膨らまし、全く凄みの感じない、睨みを利かせる。それからもう一度、ドライの口元へと、食べ物を運ぶ。などとやり取りをし、結局は、ドライはそれを食べてしまう。


 「やってられんな」


 あまりにもアツアツな二人に、オーディンは俯き、髪の毛を掻くように撫でる。眼を何処にやって良いのか、困った様子でもある。


 「あ、そうだ、オメェ等、昨日ポリスで入れた情報なんだけどよぉ」


 イチャイチャとしている中、ドライが何かを思いだしたように、テーブルに肘を付き、身を前に乗り出す。すると、皆ドライの方に顔を寄せる。彼は、辺りを怪しくキョロキョロと、眼だけで確認し、ひそひそ話をし始める。


 「黒装束の話なんだけどよぉ、街の中央、彷徨ってるらしいぜ」


 「何故、もっと早く言わない!」


 小さめの声ながらも、オーディンは、叱る。と、言うより、意味としては、注意の方が、少し強かった。


 「へへへ、良いじゃん、一日くらいゆっくりさせろって」


 ドライは全く反省する様子はない。これは彼のペースだから、本人は常識と思っている。彼らの居る位地は、街の南の方だ。建物も低いし、街灯もない。地面も石畳などの舗装もない。街のゲートの付近だ。街の規模としては、人口1万人は遥かに越えるだろう。街の端から端まで行くのに、一日は楽にかかりそうだ。それほど大きな街なので、ゲートも数段構えだろう。中央となると、いわゆる貴族連中が、いる位地になる。


 当然此処に入るには、それ相応の身分でないと無理だ。それにもう一つ、彼等貴族が信仰する宗教は貴族の恩恵を受けている市民も、それ相応の影響を受けざるを得ない。


 黒の教団は、それが目的なのだろうか?市民に広く自分たちの思想を広めることだけが、目的ではないのは、今まで彼等に遭遇したことで、理解できる。


 少なくともノアーのように純粋な願いを利用されたケースもあるはずだ。今、解ることは、方向性は不明であるが、何らかの形による平等、それと、シルベスターの血を引く彼等を根絶やしにすることだ。


 今彼等には、世界をどうこうしようという目的はない。ただ、安らげる場所を、乱されぬため、黒の教団に、自分たちから、身を引かせることにある。


 彼等は、街の内側にある、さらに水壕の向こうに、数メートルはあると思われる石造りの塀を、一望できる位地にまで来ていた。塀の向こうからは、厳格な建物の上部が、ぼちぼちと見える。此処にたどり着くだけで、すでに昼を廻っている。食事をしたのが朝だから、三時間は歩いた。広い街だ。


 此処のゲートには、兵士が数人待ちかまえている。許可無しでは、入れそうにない。


 「弱りましたね、どうします?」


 厳重に警戒をしている門兵を眺めながら、シンプソンは、何とも困り果てた。額に手をかざしてみたり、背伸びをしてみたりと、より遠くを伺おうとしていた。


 「バーカ、あんな奴ら、俺様がなぎ倒してやるぜ」

 

 「貴公は、街全体を敵に回すつもりか?」


 この無謀な発想に、オーディンは、思わず人差し指をドライの眼前に突きつけ、渋い顔をしてしまう。


 「やっぱダメか」


 本人は真面目だったらしく。顎を撫でながら、他に名案はないモノかと、頻りに首を傾げて考えてみる。


 「ねぇ、兵士達がこっちをジロジロ見てるわよ」


 潜めた声のローズが、眼で兵士の方を見るよう二人に合図を送る。確かにこの立ち

止まっている四人を、兵士達は怪しげに思っているようだ。最初はこちらが彼等を見ていたのだから、そう思われるのも当然だ。ドライの言う通り、軽く倒せる相手ではあるが、先ほど言ったように街全体を敵に回すことになりかねない。此処は一旦別な場所に、移ることにする。


 場所は移って、街にある酒場になる。テーブルを囲んでみるモノの、何もこれといって得策はない。それぞれ適当な飲み物を退屈しのぎに、チビチビ飲んでいる。


 その時彼らの近くを、軽い服装をした若者が通る。形(なり)からして、時間をかなり持て余しているような連中みたいだ。


 「あ、良いなあれ……、ドライ、今度服買ってよ」


 「ああ、解った解った」


 「約束ね!」


 彼等が街に着くと、日常茶飯事あるかのようなそぶりで、二人は簡単に話をくくる。別に何の意味もないようだ。


 「呑気だな、レディも、ドライも……、今服のことなど……、ん?待てよ!!」


 オーディンは、何かを思いついたらしく、張りのある声で、興奮を隠しきれないようで、手鼓を打つ。彼は立ち上がると、皆を引き連れ、上等なブティックに連れて行く。趣も売っている服の内容も、ドライには全く無縁のモノばかりだ。中に入って一番喜んだのは、言うまでもなくローズだった。何のために此処へやってきたのか、目的も聞かず、華やかな貴族服に目を向けながら、触れる物全てを欲しそうにしている。そこで、オーディンの説明だが?


 「いいかい、皆、こう言っては何だが、とてもあの中に入ることの出来る服装ではないと言うことだ。むろん私も含めてだ。この服は、旅で汚れてしまっているし……、そこで!だ」


 「そこで?」


 合いの手を入れたのはドライだった。回りくどい説明を、退屈そうに、上から見下ろして聞いている。周囲からはサングラスで、その退屈そうな表情は伺えない。


 「ああ、つまり此処にある服で、皆をそれらしく仕立てる。あとは私が中へ入れるように何とかして見せよう」


 と、言うことで、皆の服装を整えることにした。


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