第1部 第4話 混沌 と 少女セシル
第1部 第4話 §1 旅路
孤児院を去った後、彼等は北に進路を取って歩いていた。孤児院ある村は盆地になっていて、四方を山に囲まれている。何とか開かれた山道を歩いて三日ほどで、北にあるリコという街に出るはずだ。天候も幸い大きくは崩れない。この調子で行けば、明日夕刻あたりには、街の端に着くはずなのだが?
「す、済みません。もう少しゆっくり歩けないでしょうか」
シンプソンが今にも死にそうな声を出して、前をスタスタと行く他三人を引き留める。
「なんだよ。これでもペース落としてんだぜ!ほらシャキッとしな!!」
ドライは待ってくれる様子はない。一度シンプソンの方を振り向いて、また前を向き、自分のペースで歩き出す。その時だった。
「ドライ待って、私も少し、休みたいわ」
シンプソンだけでなく。ローズまでが休みたいと言い出した。今まで一度もこんな事は無かったはずだったが、少し身体でも鈍ったのだろうか、兎に角その言葉でドライは、足を止める。
「仕方がねぇなぁ、チョイと休むか」
あたりは山道というよりか、少し開けて、高原ぽくなっている。此処なら少々休んでも、心配はない。すぐに賊が襲って来る可能性も少ないだろう。最も襲ってきたところで、相手がドライだと解ると、賊の方が尻尾を巻いて逃げるだろう。
座り込んだローズは、ブーツを脱ぎ、頻りに足を気にしている。かかとの部分を覗くと、赤くなっている。どうやら靴擦れのようだ。
「あぁあ……、新しいブーツ履いたら、靴擦れできちゃった」
自らの不注意で出来たモノだが、まるで靴のせいで出来たような言い方をする。しかしローズは、すぐに治癒魔法で、靴擦れを治す。それからもう一度ブーツを履き直した。まあ、靴はそのうち足に馴染んでくるだろう。だが、問題はシンプソンだ。疲れ切っている。下を向いたまま、黙り込んでいる。
「オーディン、メガネ君負ぶってやんな、ダチだろう?行くぜ」
簡単にあしらうと、ドライは再び歩き出す。オーディンも、仕方が無くシンプソンを、背負って、歩き始めようとしたが、シンプソンは、これを嫌った。
「いえ、結構です。自分で歩けますから」
だが、やはり疲れ切っている。俯いたままトボトボと歩いて行く。基礎体力の無さが、ありありと解る。先日着いてくるのがやっとだったのだろう。おそらく彼の足は、パンパンに張っているはずだ。運動不足もたたっている。それに、ドライが山道をまるで平坦な道のように、スタスタと歩くのも、シンプソンには堪えた。考えれば彼以外は、皆人並み外れた体力の持ち主だ。着いて行ける方が不自然である。
「ひょっとして、私が遅いんじゃなくて、皆さんが早すぎるのでは?」
ぜえぜえと、言いながら思わずこんな事を口走ってしまう。
「それでも、メガネ君は遅い、もっと体を鍛えな」
ドライは、シンプソンが自分の前を通り過ぎるまで、足を止めながらそう言った。
「はぁ……、うわ!!」
あまりにもシンプソンがトロイので、ドライはシンプソンを小脇に抱えて、歩き始める。そうなると、止めてくれと言っても、彼は全く聞き入れてはくれなかった。
もうすぐ日が暮れる。そうなると暗くなるのは早い。夜通し歩いても構わないが、疲れが残るのはいやなので、ドライの単独の意見で、再び木の茂りだした森の中で、野営をすることになる。
「ったく……、このままじゃ、着くのが明後日になっちまう」
たき火を囲みながら、ぼやくドライと、シュンとなっているシンプソンの姿が、対照的だった。
だが、ややもすると、ドライの目つきが変わる。それから眼だけで周囲を警戒し始める。ローズも同じ事をしている。オーディンは気を抜いていて解らなかったのだが、彼等は周囲に殺気だった人間の気配があることを、感じていたのだ。
「お仕事……、ね」
「ああ」
二人は確認を取ると、呼吸を合わせ、闇の中に身を投じた。その時の二人は、何だか冷えた笑いをしていた。それから、彼等の周囲が、騒がしくなる。人間の悲鳴も聞こえる。そう言う状態が、小一時間くらい続いただろうか。再び二人が、闇の中から姿を現す。体中に返り血を浴びている。
「二人とも、何をしていたのだ?」
オーディンが、かなり興味深げに、聞いてみる。
「お仕事さ」
ドライは答えを簡単に出してしまう。抱えていた袋を、適当な木の根本に置く。オーディンもシンプソンも、袋の中身、仕事の意味は大方理解した。シンプソンは袋の中身を想像すると、吐き気を催しそうになった。二人が、たき火の側に座ると、ドライが、スゥッと手を挙げる。そして拳を握りしめた。すると、皆も同じように、手を挙げる。それから、全員に、視線を送る。それから、呼吸を合わせ、皆一斉に腕をおろす。
「ジャンケンポン!!」
いきなりだ。山中に妙な興奮の声が走る。
「よし!私の一人勝ちだ。今夜は、ゆっくり寝かせて貰うぞ!!」
「ちぃ!んじゃ、俺、三時間、先見張るから、後の四時間は、二人で分けな」
「んじゃ私、一番最後!」
「それでは、私が中二時間ですか?何だか損ですね」
「俺様が三時間見張ってやるんだ。文句言うなよ」
どうやら、見張りの順眼を決めていたようである。ルールは簡単、一人勝者を決めて、その人は熟睡、後の時間配分は、早い者勝ちだ。昨夜は、ローズが熟睡をした。今晩は、オーディンだ。
こんな調子で、予定一日遅れの二日後、街に着く。この間、例の地震はない。黒の教団も襲っては来なかった。だが、何かありそうな予感はする。ドライとローズは、早速首を賞金に還る。ドライは、眼が目立つので、サングラスをかける。仮面に、メガネに、サングラスだ。それから、安宿で、一つの部屋に皆が集まると、お金やこれからの話になった。
「メガネ君、ちゃんと携帯用の食料を買ったろうな、あと、荷物纏める袋、丈夫な奴……」
「それが、買うには買ったのですが、あまり孤児院の資金から引くわけには行きませんし……、思ったより高いんですね」
シンプソンは、金銭面で、可成りの不安を持っているようだ。だが、一応それなりの準備を整えている。
「私も一応、旅の支度をそろえた。これで文句はあるまい?」
見てくれも丈夫だが、金額の張りそうなリュックだ。何かのブランドのマークが着いている。
「一寸!それ、アルマニエル(アルマーニのパクリ)の奴じゃない。張り込んだわねぇ」
「おいおい、そんなんで、後がもつのかよ。金が無くなっても俺はしらんぜ」
ドライは、一瞬飲みかけた紅茶を吹き出しそうになった。要は実用的であるかそうで無いかの問題だ。オーディンは、シンプソンとは正反対だ。オーディンも、街に出れば、バンクカードを使える。彼は生死不明なのに、よく使えたモノだと、思わず感心してしまったそうだ。勿論この事を思い出したのは、街に着いてからだ。それまでは、使えるとは、思いも寄らなかったのだ。彼の資産は、ドライやローズの比ではない。それくらい持ち合わせていた。
その夜だ。シンプソンとローズが、彼の部屋で話をしていた。ローズから彼の部屋に押し掛けたのだ。珍しいツーショットである。
「孤児院……、そんなにお金が足りないの?」
彼の昼間の発言が、妙に気になっていたローズだった。彼女にしては、偽名で孤児院に金を送金している。自分自身でもそれが血で濡れた金だという事を理解している。だから、あまりお送るお金を増やすと言うことを、直接は言えない。だが、シンプソンはすでにその事を知っている。
「いえいえ、あれは、貴方が孤児院宛に送ったお金ですから……」
だが、シンプソンは、うっかり口を滑らして、この事を言ってしまう。口を塞いでみても、後の祭りだ。ひやりと、シンプソンの額から汗が流れる。彼はこの時点で、ローズの気遣いを無にしてしまうことになる。
「な、なんだ、知ってたの?でも、いやよね、あんなお金受け取るなんて、正直そうでしょ?」
彼女は、端からばれていたことに、恥ずかしさを覚え、苦笑いをしながら、一寸頬を赤く染める。何故かシンプソンを横目で見る視線が、色っぽい。
「いえいえ、皆知っていましたよ。子供達も、でも、貴方が本当は、どういう人なのかを知っていれば、誰も文句は言えませんでしたよ。私、思うんです。たとえその行いが良いことでなくても、それで、一人でも多くの人の笑顔が見られるなら、それでも良いって、正直言って貴方がどういう思いで賞金稼ぎをしているのかは私には理解できません。ですが、偽善者ぶって、口先だけで威張っている人間より、貴方はずっとずっと立派ですよ」
彼は持論で、ローズの好意を受け取る。彼も、あまり明るい過去の持ち主とは言えない。だがら、清貧という言葉は、活きることにとって、全く無意味なことを知っている。それでは、あの子供達を救えないのだ。
「ありがとう。そう、これは『活きる』為に必要な事、今の私には、これしか……、あ、ドライとオーディンは?」
半ば暗い話を打ち切るように、二人のことを思い出す。此処に居ないとなると、彼等は何処に行ったのだろう。
「ああ、オーディンなら、ドライさんに引きずられるようにして、酒場に行きましたよ。私も誘われましたけど、お酒はどうも苦手で……」
と、頭を申し訳なさそうに、掻いてみせる。
「ふぅん、あの二人が……」
そのころ、ドライとオーディンは、その宿から一番近い酒場で、文字通り酒を飲んでいた。
「やっぱ良いなぁ、街ってのは!!賑やかでよぉ」
一人テンションを高めているドライだった。自らグラスに、酒を入れては、意図も容易く飲み干す。
「何で私が、貴公に引きずり回されなければならんのだ?」
こちらは上品に、一口一口味わいながら、グラスの中身を減らして行く。かなりいい迷惑だと、言わんばかりの口振りだ。
「わっかんねぇかなぁ、酒場といや、これと……」
グラスを持ち上げる。ドライ。
「これだ……」
今度は空いている手の小指を立てる。
「ぎ!貴公にはレディ(ローズの事)が居るではないか!それを蔑ろにして!!……」
オーディンが、カンカンになって、テーブルを叩いて立ち上がる。だがドライは、これを、彼の目の前に掌を尽きだして制止するだけだ。周囲はよくある喧嘩だとして、別に振り向こうともしない。雑音の中、オーディンだけが浮き出ている。
「解ってらい、問題はオメェだよ」
「問題?」
ドライが女遊びをするのではない。それは理解できた。少し落ち着いて、席に腰をかける。
「そうさ、貯まってんだろう?此処にはいい女居るぜ、オメェが声掛けりゃぁ……」
まるで、悪代官の取引のように、オーディンに耳打ちをするドライ。サングラスから覗いた眼は、悪ガキのようにキラキラ輝いている。要するに、オーディンの女の世話をするために、彼を酒場に連れてきたと言いたいのだ。これを聞くと、オーディンは、ガチガチに激怒した。
「失敬な!そんな不誠実なことが出来るか!!」
またもや、テーブルを叩き立ち上がる。今度は出入り口に向かって、歩き出す。
「おい、何処行くんだよ」
「帰る!」
と、言うと、さっさと出ていってしまう。
「堅い奴……」
せっかく誘ったのに、出ていってしまう。やはり根本的に気が合わないのだろうか?そう思い、またもやグラスを空にして、テーブルの上に置く。その刹那、テーブルが中央から、真っ二つに割れて、壊れてしまう。オーディンは、まじめに怒っていたようだ。
「凄い力ねぇ、お兄さん、どう?今夜、その力で……、ウフ」
と、目の前には、色っぽい娼婦が、椅子に座っている。
「わりぃ、永久的に先約が居るんだ。また何時かな……」
ドライは、娼婦の髪の毛を掻き上げながら、耳元でそうささやく。頬にかかった息がフンワリと気持ちが良く、うっとりとする娼婦。最期に頬にキスをして、カウンターの上に多額の金をおいて、彼もまたそこを後にする。結果的にはオーディンの後を追う形となる。
「あん、堅いお人……」
彼女はめげる様子もなく。早速次の客を捜し始める。
問題は、ドライが宿に帰ってからだった。
オーディンとシンプソンが、寝る前に紅茶を飲んで、くつろいでいるとき、彼等の隣の部屋から、痴話喧嘩が聞こえてくる。
「女に匂いつけて帰ってきて!オーディンの話じゃ、女漁ってたって言うじゃない!!」
「わ、誤解だ!俺は、奴に……」
「問答無用!!浮気者!」
その後、よくある陶芸品が割れたする音が聞こえてくる。誰のモノかは知らないが、二人の財布が傷むことには代わり無しだ。
「どうしたんですか?ドライさん」
「さぁな」
非情なほど冷静に、紅茶を啜るオーディン。騒がしくも犬も食わない隣室の喧嘩の喧騒を耳にしながら、オーディンとシンプソンはそれぞねれむりにつく戸にするのだった。
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