第1部 第3話 §最終 旅立ちの時

 バハムートと長老は、いつの間にか地震のことを忘れていた。それよりも、彼等が他ならぬ決心で此処を離れることに、寂しさを覚えた。


 バハムートは、ドライの義足を修理するため、もう少しの間、孤児院にとどまる事になる。ドライは、寒さの厳しさを感じ始める庭で、頭を冷やすかのように、寝そべり、空の雲を眺める。


 〈昔は、気ままだったぜ……、奴と会うまでは、それに彼奴……。いつでも死ねた。それにバトルに熱くなれた……、バトルにゃ、今でも熱くなれる。でも、賭けるものが、多くなっちまった。分がわりぃよな……〉


 と、センチメンタルになっている自分に気が付くと、口元だけで、クスリと笑う。


 「良いのか?足が冷えるぞ」


 ドライにしては、またもやオーディンだった。彼はドライの右足を気遣ってくれているようだが、ドライにとっては、余計なお世話だ。ただ、オーディンが気になっていたのは、何故ドライが、義足に頼ってまで、賞金稼ぎをしているのか、と言うことだった。だが、それを聞いて答えるような男ではないのは、重々承知だ。だから、この言葉にすり替えたわけだが、ドライは上からのぞき込むようにしているオーディンを、無視するように顔を背けるだけだ。


 ドライとしては、別に人を無視するつもりはない。しかし、オーディンとは、育ちも違う故、あまり適当な冗談が通じそうにないこの男を、気の合わない男だとして、あまり喋る気にはなれなかったのだ。だが、剣術家としての腕は、認めている。顔を合わせたいのは、剣を交えるときだけだ。


 この場からさっさとどこかへ移りたいが、ドライは片足だ。今動くとあまりのも態度が露骨なので、眼を閉じ、眠るふりをした。


 オーディンは、ドライの横に座る。オーディンは少しだけだが感じていた。彼は、善人ではないが、卑劣な悪党では無い、と。子供達が彼に近づいたことで、それは解る。少し待つことにした。この手の男は、こちらから攻めるより、焦れてこの状況が耐えられなくなり、向こうの方から話をさせる。これに尽きる。


 彼がドライに近づいた理由は、もう一つある。互いに敬遠したい相手だが、それぞれ離れ、もう会えなくなると思うと、ドライの態度の悪い生活が見られなくなるのが、何となく淋しく感じられた。ある意味で、彼にとって、ドライが自然に見えて、新鮮だったに違いない。今更のような認識だが、それはそれで良かった。何となく話すきっかけとなった。もう少し口を噤んで、ドライの出方を見る。


 案の定、ドライは黙りに耐えられなくなり、口を開く。だが、態度としては、素直ではない。さらに背中を向け、まったく興味がないと言った感じに見えた。


 「なぁ……、勲章の話、しろや……」


 「勲章?」


 一瞬何のことか、理解できなかったオーディンだが、以前ドライと出会ったときに言われた勲章の、話を思い出す。顔の傷に手を触れ、彼の言いたい事を納得した。


 あまり人に話したくない過去ではあるが、話したところで、あまり真剣に聞く男でないように思え、今は以外にも、口をすんなり開けることが出来た。


 熾烈だった過去を思い出しながら、そして死んでいった戦友を思い出しながら、若き日を語る。両親を亡くしたことも、卑怯に思えるその傷の話もだ。その時に、ドライが背中を向けたまま、簡単にボソリと言う。


 「済まねぇ、気にしてたんだな、仮面男って、何回くらい言ったっけかな、俺」


 まさか、さんざん言ってきたことを、この様に謝られるとは、思っても見なかったが、取りあえずその後の話の余韻を話していると、ふと、セルフィーの事が口に出る。


 「……本当に、良い奴だった。勇敢な奴だったよ」


 「ダチか……、ダチっていや、今の俺には、ローズしか居ねぇな」


 「私がどうかした?」


 と、いつの間にか、二人の後ろには、ローズが立っている。そして、手にはドライの義足を持っている。修理が終わったので、持ってきたといったところだ。


 「そう言えば、マリー=ヴェルヴェットと言う女性のために、二人は血眼になって、黒の教団を、探していたんだったな。ドライの……、恋人だったのだな」


 オーディンは、ローズの出現で、ドライが義足に変えてまで、賞金稼ぎをしながら、黒の教団を探していることを、思い出す。やはり同じだ。態度も生活も違うが、愛おしい者を失った悲しみは、変わらないのだ。戦闘を仕掛けるドライの顔とは違って、今の彼は何だか穏やかだ。マリーが死んだことを、一々掘り返されたので、ドライは鼻で苦笑する。


 「違うね、彼奴は、『元』恋人だ!!」


 ローズの持っていた義足を、引ったくるように奪い、ズボンの裾を上げ、それを填め込む。それから調子良さそうに、足を動かしてみせる。それから、ローズに靴と靴下を渡され、義足の上からそれを履く。すっと立つと、外からは、彼が義足であることは、全く解らない状態になる。


 「今の俺には、ダチ兼恋人の、比奴が居るからよ!!彼奴は『元』なんだ!!」


 それから、少し乱暴気味にローズの肩を自分の方に引き寄せる。


 「何よ。その兼ってのは、最近アンタって、妙にセンチね、さぁ冷えるから中、入ろ!!」


 「へへへ……」


 鼻の下を、人差し指でこすって、何となく元気になったドライの引き寄せた腕を、ローズは押しのけるようにして外し、今度は自分自身の方に引き寄せ、その腕に絡みついて、何ともニンマリと、脳天気に微笑む。


 「死ぬんじゃねぇぞ!」


 「任せて!!」


 互いに、軽い口調で、言葉を交わし、ドライが、空いている掌を上にして、ローズの前に差し出すと、彼女は、勢い良くその掌を叩いた。これからの意気込みを感じられるほど、心地よい音だった。


 それから、数日後、彼等はそれぞれの意志に基づいて、旅立ちの準備をし、最後に密かに知人だけで、孤児院の前で別れの挨拶をした。彼等はそれぞれ、此処に着いたときの服装、そのままの出で立ちだった。オーディンは、仮面を付けている。


 「皆さん、暫く後を頼みます」


 「黒の教団は、必ずこのオーディンが、食い止めて見せます」


 「みんな元気でね」


 「おい、行くならさっさと行こうぜ」


 旅立つ者の、それぞれの挨拶が終わる。今度は送る側の代表として、バハムートが挨拶をする。


 「皆、元気でな、宿命は過酷じゃが、君らならきっと、切り開くことが出来る」


 此処に来て、ありがちな台詞だ。ドライ以外は、一応に頷く。だが、この後、バハムートは思い出したように、ローズに話しかけた。


 「そうじゃ、ローズさん」


 「何?おじいさん」


 ローズに話しかけてから、バハムートは、ローブの裾の中をがさがさと、漁り始める。それから、一つの紙切れを出した。そこには、色々な化学式や、メカニズムの説明が書かれてあった。だが、少々の知識では、解らないことだらけだった。紙を見せられたローズの頭の回りに「?」マークが回り始める。横から、ドライが覗き込む。


 「なんだ、これってば、古代魔法の瞬間移動のメカニズムじゃねぇか、だけど、此処と此処が違ってる。これじゃ月齢に影響されて、時期によっちゃ、とんでもねぇ所に行くぜ、だから此処はこうで、そこがこう……と」


 これには、周りがギョッとする。当然だ。一番勉学に疎いと思われたドライが、バハムートの解読しきれなかった部分を、あっさりと訂正したのだ。


 「って……、俺って何でこんな事知ってんだろ……」


 いま、自分の口から発した言葉が、何故出たのか、本人ですら理解できない様子を見せる。だが、書いてあることは理解できるみたいで、何度見ても、理解できるのだ。


 「ハッハッハッ!!俺って天才かもな、まぁ良いじゃん!!で、これをどうするって?」


 彼は自分の知り得る知識以上の知識に戸惑いながらも、考えるのが面倒になって、あっさりと切り捨ててしまう。その後を考えようとはしなかった。


 ドライの話を聞いたローズはこれを見て、何をどうすればよいのかを理解する。これはいわゆる契約というやつで、魔法を使えるようにするための儀式だ。ローズは掌を切り、血を紙に染み込ませる。すると、その紙は、青白い炎と共に、蒸発してしまう。これで契約完了だ。


 「きっと、役に立つじゃろ」


 「ええ、有りがとう」


 思わぬプレゼントで、ローズの方は上機嫌だ。


 ドライに関しては、少ししっくり行かない出発になってしまったが、此処で考えても仕方がない。彼等は別れを惜しみながら、手を振り出発をする。


 歩いてから、暫くして、あることに気が付く。それはシンプソンだった。宝玉の填った杖は、彼の宝物で、必需品で、彼の力になるモノだから持っているのは当然だったが、背中の荷物はリュックだが、やたら大きく膨れている。ドライや、ローズは、計量だ。それとは大違いだった。


 「なぁ、メガネ君、それ一体何なんだ?」


 細く華奢なシンプソンだから、荷物がやたら大きく見える。ドライはそれが気になった。あるいは掘り出し物があるかもしれないとも思ったのだが?


 「これですか?食料ですよ。栄養が偏るといけませんから、果物とか……」


 それで荷物が、嵩張っていたのだ。その言葉を聞いた瞬間、ドライは膝から崩れるようにして、倒れ込む。


 「どうなされたんですか?」


 「どうしたって、オメ……、ピクニックじゃねぇぞ、だいたいナマモノは腐るだろうが……」


 地面に向かって呟く。その声は、これ以上も無いといっていいほど、力無く震えていた。そこには少々怒りも入っているようだ。先日、覚悟を決めた割には、あまりにもその後がお粗末すぎる。


 ドライは、滞在中シンプソンには、居住空間を含めて、生活面で何かと世話になった。落ち着くため、ドライは、一度大きく息を吐き、ナイフでシンプソンの背負っているリュックのの肩紐を切り、リュックを使えなくしてしまう。


 「な、何をするんですか!!」


 シンプソンが怒るのは、当然の道理だが、ドライは此に対してきちんとした理由はは言わない。言わなくても解るのが、彼としては当然だと思った。


 「メガネ君、面倒見てやるから、着いてこい。アンタじゃ森に入って、二分でしんじまう」


 「はぁ……」


 ドライの気の抜けた言葉遣いで、自分が旅の準備を間違えた事に気が付いた。これは旅行ではないし、それぞれに正確な目的地があるわけでもない。やたらと意味無く多いシンプソンの荷物は、あるだけ邪魔だ。それに保存食ならともかく、生の食料を持ち出せば、長期に渡れば必ず腐るし、それを食し病気になりかねない。夏場だと、特にそうなりかねない。


 「ローズ、保存食は幾ら持ってる?」


 「調達を考えて、二十二食分くらいかしら、それと、一応の水と……、下着のかえとか、少々……」


 まあ、取りあえずはそんなところだろう。此に対しては、差ほど問題はない。


 「オーディンは?」


 「私は、何も持っていないぞ、全て調達するつもりだったからな」


 オーディンは逆に、何も持っていなかった。あまりにもシンプルすぎて、気が付かなかった。持っていると言えば、剣だけだ。


 「うう!!」


 ドライは頭を抱え込んでしまう。それから、先ほどたまったストレスを、一気にオーディンにぶちまけた。


 「おい!これは戦争じゃねぇんだぞ!食料調達係も居ねぇし、調達に失敗したときのこと考えたのかよ!!水は?!砂漠とか出たらおっちぬぞ!!」


 「ああ、そうだな、すっかり忘れていた。面目ない、ハハハ!!」


 あまりにも間抜けな自分に、オーディンは、ただ笑って誤魔化すしかなかった。ひたすら笑っている。反省の色無しといったようにも見える


 「比奴等は……、仕方ねぇ、みんな纏めて面倒見てやる。旅は道連れって言うし……」


 半ば、言葉を投げ出した感じで、フラフラと、一人前を歩くドライ。確かに、一人より大勢の方が、心強い。これから戦う敵は、賞金を稼ぐのとはレベルが違うのだ。向こうもこちらを狩ってくる。


 オーディンも、戦争以来の激戦となるかもしれない。一人でも心強い同士が居れば、これからの苦難を多数切り抜けられるのは間違いない事実だ。ドライの言うことに意義はなかった。


 シンプソンは、意気込んだモノの、やはり不安だった。彼は、友について行くことにした。そう心に決めると、足取りが軽くなる。孤児院はきっとノアーが、何とかしてくれるだろう。それにバハムートも居てくれる。問題はない。


 彼等は、霧に包まれた自らの真実を知るために、自らの運命に立ち向かうことになる。それぞれうっすらと理解していた。だからこそ旅立つことにしたのだ。不安が待っているのか、本当の安らぎが待っているのか、それは、まだ解らない。だが、これこそが本当の意味での始まりだ。

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