第1部 第3話 §10 前兆 2


 「怪我はないか?」


 「ああ、でも吃驚したぜ、此処って、地震が頻繁なのか?」


 「いや、シンプソンの話では、そうではない筈なんだが……、そうだ!子供達が心配だ。戻ろう」


 オーディンは、ドライを引きずるようにして、孤児院に戻る。玄関に付く頃になると、逆に中から皆が出てくる。行動の遅さから、皆あまり地震の経験がないようだ。誰も彼も驚いた顔をしている。中には恐怖に泣きながら出てきた子供もいる。


 シンプソンが、皆の様子を確認する。どうやら誰も怪我はないようだ。


 「良かった。皆無事で……、ホラ、ラッツ、ヨハン、バニー、泣くんじゃありませんよ」


 と、少しゆとりのない様子で、泣いている彼等を、宥める。


 「あら?ドライ、義足どうしたの?」


 ローズが、ドライの持っている義足を眺め、それを受け取り、胸の辺りに抱える。


 「ああ、チョイ調子悪いんだ。スマネェが、ジジイ呼んできてくんねぇかな」


 ドライが、ローズにバハムートを、此処に連れてくるように、頼んだが、その必要はなかった。地震の件で、此処最近、神経過敏になっている長老が、彼を引き連れて、直に孤児院へと足を向けてきたのだ。


 即座に話が始まる。それは直に黒の教団と結びつけられるが、ノアーに聞いても首を横に捻るだけだった。もはや彼女は、黒の教団ではない。これ以上の情報を持っているとは思えない。あまり何でもかんでも、話を一つの異変に結びつけるのは、良くないことだが、彼等が黒の教団と出会ってから、いろいろな事が起こりすぎている。だからどうしてもそこに結びつけてしまいたくなるのだ。


 このときに、ドライ、シンプソン、オーディンの三人が、同時に声を出す。それぞれがそれぞれなりに、声に重みがあった。


 「あの……」

 「実は……」

 「あのよぉ……」


 互いに、話の腰を折られ、三つ巴で、互いの機嫌を伺いあっている。まずドライが、気をそいだのか、ため息を付き、手を差しだし、二人に話す権利を譲った。これを見てから、オーディンが、シンプソンに話を進めるように、いった。


 「どうぞ」

 「え、ああ、済みません」


 シンプソンは、一度周りを再確認し、それから話を始めた。


 「実は、黒の教団のことなんです。私、思ったんです。このまま我々が此処にいれば、きっと、彼らは私たちを狙ってくると……、それに、ノアーの言ったこと……、私たちが、シルベスター……の子孫であることと言うこと、私が一体どうしてそうなのか……、兎に角私たちが此処にいることは、危険です。村の人たちにとっても、子供達にとっても……」


 「シンプソン、それって、私やドライに、出ていってくれって事?」


 シンプソンの言い方が、あまりにも語尾を濁していて、彼らしくなさに、ローズは、落ち着きながらも、眉間に皺を寄せ、怪訝そうに彼の答えを催促する。だが、シンプソンは首を横に振る。


 「違うんです。ですから私が……此処を離れて……、少しでも、彼等の集中を、防げれば、と……」


 この瞬間、子供達がざわめく。


 「ヤダよ!シンプソンで出てっちゃヤダ!!」


 「いやよ!!」


 彼等は今にも泣きそうな顔をして、シンプソンの腕を引っ張る。焦点がぶれるほどに、右へ左へと揺さぶられる。


 「何を言う!シンプソン、君は子供達に必要なんだぞ!それに私も同じ事を言うつもりだった。出て行くのは、私だ」


 今度は、奇妙なほど、静まり返ってしまう。子供達があまりのショックに、泣くことすら出来なくなってしまう。いつの間にか、オーディンもシンプソンも、席を立っていた。互いの目は、それぞれ譲り合う気配を見せない。二人の決心は固いようだ。その横から、ドライが口を挟む。テーブルの上に左足を乱雑に乗せる。


 「アンタ等が、どうしようと、俺の知ったこっちゃねぇ……、俺は、ただ、追われるのはイヤでね。言いたいことは一つ!このドライを殺ろうって輩は、誰であろうと、ぶっ潰す!!」


 中指を立て、目の前に突き出す。それから親指を立て、手首を寝かせ首の前を横にひき、指を下に落とす。それから、興奮を抑えながら、再び話を始める。


 「でだ、誰か暫く、ローズを、頼むわ」


 要は、これを言いたかったらしい。でなければ彼が一々この様な面倒臭い話を他人にするような男ではない。それを一番解っていたのはローズだった。彼が夕べ、心此処に非ずだった理由が解った。それを理解できると、ローズが、ベッタリと彼に甘える。見ている方が、照れてしまうくらいだった。


 「馬鹿ねぇ、私行くわよ。ドライのいるトコなら……」


 「今度は、下手すりゃ死ぬぜ、たぶん……」


 「大丈夫、何とかなるわ」


 もう自分たちの世界に入りきっている。人目を気にすることなく。じゃれあい始めた。頬を寄せてみたり、キスをしてみたり……。挙げ句の果てに、ローズはドライの上に跨り、ドライの背中を強く抱き始める。


 「抱いて……」


 こんな二人を仕切り直すように、バハムートが、咳払いをする。


 「ゴホン!!お主等、少し待て、では、子供達は、どうする?」


 「私が!私が、頑張ります!!シンプソン様が、居ないしばらくの間……、それくらいのことしか、今の私には、出来ませんから」


 ノアーが、立ち上がり、これまで自分の犯してきた罪を、その事で少しでも返して行きたい、そんな気持ちを一杯にさせて、手を胸の前で組み、最後を濁すようにして言う。


 「頼みます。信じていますよ。貴方のことを……」


 彼は、どうしても、此処を離れるつもりだ。珍しく彼の言葉が、周りを重苦しくする。彼なりに思い詰めているようだ。ノアーはシンプソンの信頼を受けると、これ以上もないにこやかな顔をする。どんなに落ち込んだ言葉でも、シンプソンに信頼されたことで、彼女の心に陽が射した。


 「はい……」


 実に穏やかな返事だった。そうすると、シンプソンも強張らせた顔を解し、穏やかさを取り戻す。

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