第1部 第4話 §4 氷結の少女 Ⅰ
二人が教会に戻ると、少し帰りの遅かった彼等を、待ち遠しそうに、声をあげるシンプソン。
「漸く返ってきましたね、こんな敵地で彷徨くのは、あまり良くないですよ」
彼は、小声で注意をしたように見えたが、表情は、心細さで一杯だ。虚勢を張っているのが解る。
「済まない、済まない」
と、シンプソンを宥めながら、元の席へと座る。バートの様子は変わらない。ニコニコとしている。二人の行動に疑問を持っている様子もない。そうなると、彼の態度が逆の怪しく思える。人間の心理だろうか?
「君は、白と黒の魔導師の伝説を知っているか?」
突然オーディンが、話し始める。勿論相手は、バートである。彼は話し始めると同時に、半身に構え、いつでも攻撃を回避できる体制を取った。
バートは眼を瞬間、パチパチとさせる。オーディンの質問が、唐突すぎたせいだろうか?
「白と黒……、では、当然黒の教団のことも、ご存じなんですね、そうですか、それで先ほど驚かれたのですね、ですが、あの伝説は間違っているんです……」
当然その真実は彼等も知っている。クロノアールが一方的な悪ではない。バートはそれを逐一説明しだした。やはり彼も、「真の平等」を求めているのだろう。それを語る彼の目は熱い。
「では、我々が、シルベスターの血を引いていることは?」
オーディンが、確信に入る。バートの身体が、一瞬硬直を見せ、眼の色も変わる。驚いたのは、何の準備もできていないローズとシンプソンだ。慌てて、椅子から立ち上がり、ローズは、側に置いてあるレッドスナイパーを抜き、素早く構える。
バートは、先ほどの熱い演説を語った男とは別人のように、周囲の空気を重くさせ、淋しげな様子で立ち上がる。
「そうですか、やはり……、いつか来るとは思ってましたが……。皆さん、場所を変えましょう」
彼は、此処で戦闘を起こすつもりは無いらしい。立ち上がると、皆の同意を求める様子もなく。先に部屋を出ていってしまう。
その後を、ドライは、背負っている剣に手をかけ、歩いて行く。
「バトルがあるかもな」
などと、悠長な台詞を吐いて笑っている。オーディンも、何の迷いもなく足を運ぶ。
バートについて行くと、彼は廊下の一番奥の扉に、鍵をさし、戸を開けると、皆が着いてくるのを確認しながら、奥へと進む。扉の奥は、螺旋階段になっていて、十数秒ほどの地下で、広い場所に到達した。何かの部屋になっているようだ。彼はライトの魔法で、周囲を明るくする。
「これは!!」
「何なんだよ比奴は……」
「生きているの?」
「なんと言うことを」
オーディンを始め、皆魔法に照らされた物をみて、信じられない様子で、声をあげる。
彼等の見たもは、溶けることのない氷柱に、法衣を纏った一人の少女が、完全な状態で保存された物だった。静かに目をつぶり、動く様子は全くない。少女の年齢は一六歳くらいで、髪は薄い緑色で、氷漬けのせいか、非情に神秘的だった。見ていると、吸い込まれそうになる。
「彼女は、シルベスターの血を引く者だそうです。大司教様が仰っていました。そして私は、クロノアールの血を引いているそうです。大司教様の話では、我々は、互いの血族に惹かれあって、出会う宿命なのだそうです。そして、敵対する血を持つ者同士でさえ……、ですが、両者は、戦う運命にあり、理想を築くためには、シルベスターの血を引く者を、根絶やしするしかない、と、抹殺を命ぜられました」
ドライが剣を抜く。だが、バートには、相変わらず殺気というものがない。攻撃を仕掛ける気にはならなかった。それを見たバートは、自分が戦意がないことを示すため、両腕をあげる。
「安心して下さい。私には出来ません。彼女も、大司教様が、此処に持ち込んだ物です。今考えれば、あなた達を、此処に引き寄せる為の物だったのかもしれませんね。私には、大司教様の考が、理解できなくなっていました。クロノアール様はどうお考えになっているのか……」
バートは、道に迷った子供のように、ただ、その場に立ちすくんでいた。
「では、君には戦意はないのだな」
「はい、彼女も、出来ることなら、此処から助け出して差し上げたい」
氷付けになった少女を見上げながら、まるで自分の犯した罪のように、後悔している。
「吃驚したわ、正直言って、心の準備が出来てなかったのよねぇ」
だが、ローズの何とも安堵した声で、その場は瞬間に、皆が笑い出す。彼女の声は、互いが敵でないことを理解することの証だった。
ドライも剣に掛けた手を離した。その刹那だった。女の声がする。
「血迷ったわね!バート!」
その声は、氷付けの少女の、対面から聞こえた。振り返ると、そこには、顔に刀傷を負った大司教が立っていた。ローズ達を見ると、その傷を恨めしそうに一撫でし、バートの方を指さす。
「シルベスターは、我らが敵!自分の使命に目覚めなさい!」
「ああ!!ああ!」
大司教に指さされた直後、バートは頭を抱え跪いてしまう。
「いやだ!私は、誰も傷つけたくは!……」
彼はその言葉を最後に静まり返ってしまう。その姿を見た大司教は、ニヤリと笑い、姿を眩ませる。
「あ!待ちやがれ!!このアマァ!!」
ドライが慌てて捕まえようとしたが、彼女の残像も直ぐに消えてしまう。彼は消えた者への執着するのは止め、直ぐにバートの方に振り向く。彼はまだ蹲って唸っている。
「うう……」
「バートさん、しっかりして下さい!!」
シンプソンが、彼の肩を揺さぶりる。だが、反応は一本調子で、眼を白黒させ、唸るだけだった。
「シンプソン!彼から離れるんだ!!」
この時オーディンは、バートから、唯ならぬ殺気を感じた。言葉と同時にシンプソンの肩を捕まえ、自分の方に引き寄せる。それとほぼ同時だっただろうか、バートの身体から、異常なまでの魔力が吹きだし、周囲に風を巻き起こす。もしこの魔力を浴びていたら、今頃シンプソンは、大怪我をしていただろう。
バートは顔を上げる。その顔は、聖人を思わせた彼の趣とは全く別人で、正反対に悪魔に魂を売り渡してしまったかのよう顔だった。
「うう!!闇を統べる者出でよ!!デニモニック!!」
彼は狂ったように声を吐き出し、呪文を唱え、両腕を天に突き上げる。すると、彼の周りに数個の魔法陣が、地に浮かび上がり、その中央から禍禍しい生き物達が現れた。人はこの生物を見ると、確実にこう呼ぶであろう。「悪魔」と。
悪魔達は、召還されると、すぐさま彼等に攻撃し掛けてきた。口から凄まじい熱量を誇る光線を発してくる。
「ウリャァァ!!」
ドライはすかさず前に出て、これを剣で受け止める。そして上の方に強引に跳ね返すのだった。気合い一発で簡単に跳ね返すことが出来たので、彼は得意な顔をして、鼻の下を指でこする。そして、ニヤリと笑う。だが、その瞬間、上の方から、大量の瓦礫が降ってくる。
「ゲゲ!!」
慌ててこれをかわすが、煉瓦が一つ彼の頭の上に落ちる。その時に、ゴン!という、いかにも痛そうな音がした。
「イデェー」
戦闘中だというのに、緊迫感もなくしゃがみ込み、後頭部を抱え、震えている。
「ドライ!何を巫山戯ているんだ!奴らを倒さないと、街全体が滅んでしまう!」
「うるせぇ!別に巫山戯ちゃいねぇ!!ローズ!天井が邪魔だ!吹き飛ばしちまえ!!」
彼は、八つ当たり気味に、天井を指さし、彼女のに命令をする。あまりにも命令口調だったので、ローズは瞬間ムッとした顔をするが、どのみち、このままでは、広範囲な戦闘も、上空からの魔法攻撃もできない。
ローズは、剣を床に突き刺し、拳を作り、スタンスを肩幅に取り、右前に構え、拳闘の構えを見せる。彼女の右手が、真っ赤に光る。
「解ったわよ。ったく……、クレイジーバースト!!!」
そして、大地を擦るように、下から鋭いアッパーを繰り出す。その瞬間、天井が凄まじい轟音と共に吹き飛ぶ。瓦礫も振ってこないほど、鮮やかに上の建物が吹き飛んだ。
だが、そのわずかな間にも、悪魔達は、魔法陣の中から、続々と出現する。
「ええい!これではきりがない」
オーディンは、敵の攻撃を防ぐので、手一杯と言った感じだ。彼は周囲の状況を考え、なかなか簡単に、攻撃を仕掛けることが出来ないのである。
「安心して下さい!今から、封印の呪文を唱えます!それで、悪魔達は消えるはず!!」
シンプソンは、掌を、前方に尽きだし、時計回りに、一回転させる。
「ラ・パロト・デル・リカオ・邪なる者を滅せよ!!」
彼の掌から、眩い光が放たれ、悪魔達は藻掻きながら、魔法陣と共に姿を消してしまう。だが、これだけで済むはずがない。悪魔達を消し飛ばされたバートは、とたんに獣のような声を上げる。
「がううう!!」
その目つきは、彼の意志ではなく、明らかに誰からかの干渉を受けたモノである。瞳に輝きが無く、焦点もない。
「おいって!メガネ君、悪魔殺ったって、元絶たなきゃダメじゃねぇか!」
ドライが漸く立ち上がり、バートを斬りにかかる。だが、それをオーディンが口で止める。
「よせ、ドライ!彼には、何の罪もないんだぞ!」
その言葉にドライは、一瞬の躊躇をする。剣を振り下ろす瞬間だ。その一瞬のうちに、バートは大気の刃を作り、それがドライに襲いかかった。彼はこれをかわす。服はかすったが、幸いに身体には傷一つ付かなかった。彼が身を引く数秒の内も、刃は襲ってくるが、これは全て剣で跳ね返すことが出来た。跳ね返った大気の刃は、バートの頬をかすめ、少女の入っている氷柱に当たる。しかし氷柱にも傷は付かなかった。魔法でコーティングされているようだ。
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