第3部 第2話 §16
防衛線戦を張られたローズは、それでもにっこりと、満面の笑みを浮かべて立ち止まって両腕を広げて待っている。目も細く口もニンマリとした弧を描いて、まるでスマイルマークのようになっている。
待つ。更に待つ。もう一つ待つ。てこでも動かないつもりだ。
「わ……解ったわよ」
ブラニーは、あまりの嬉しそうなローズの根気に負けてしまうのだった。
ブラニーは、ローズに近づくと、頬を合わせ背を抱きその背中を軽く叩くのだった。珍しく照れているブラニーがいる。
「久しぶり……」
ローズはもう一度そういって、ブラニーの背中に手を回し同じように背中をポンポンと叩くのだった。
そして、シンプソンやオーディンとは違い、激しいキスの嵐ではなく、ゆっくりと丁寧なキスをブラニーにする。
人生経験上、こういう歓迎を受けたことなどブラニーはない。不慣れな行動に、対応に困ってしまうが、ローズの気持ちが治まるまで、少し待つことにする。
「あれー……、姉御さん……大人しいね……」
ミールがフィアをつついて、あのキス魔ぶりが、ゆったりしっとりとしたものに変貌している。動作がソフトタッチである。
フィアも、リバティーもそれに同意でコクコクと、頷いてしまうのだった。
ある程度挨拶をし終えると、やはりブラニーの頬には、ローズのキスマークが、八つほど付けられているが、オーディンやシンプソンの其れに比べれば、本当に大人しいものである。
キスを終えたローズは、オーディンやシンプソンにはなかった、一つの動作をする。
それはブラニーの肩をだいて、一つの場所に導く。
「ブラニー。この子がリバティーよ」
「え?」
あえて紹介されたリバティーは、心の準備が出来ていなかったため、そわそわとし出すが、自分を優しくじっと見つめるローズから視線をはずすことも出来ず、ぽかんと開いた口を閉じることが出来ない。
「そう……。あの赤ん坊が……」
この時ばかりは、ブラニーの目も穏やかになる。広めのテーブルが少し邪魔だ。手を伸ばして彼女に触れることが出来ない。
「リバティー、いらっしゃい」
ローズが開いている左手で、撒くようにして、胸元に引き寄せる。
「う……うん」
呼ばれるままに、席を立ち、次の行動が定まらぬままに、小さな歩幅でテーブルを回り込んで、ブラニーとローズの所にまで、やってくる。
ブラニーは、すぐにリバティーが、ドライやローズ、いやそれだけではない、自分達が持っているはずの戦闘的オーラを持っていないことに気がつく。
本当に普通の少女として育っているのだ。
ドライとローズがどういう風に彼女を育てたかったのか、そこによく現れている。
いかに二人が剣に携わらずに生きてきたのか。
それが幸か不幸かは解らないが、自分達が心のどこかで望んでいる想いが彼女に込められているのがよく解る。
ブラニーは、リバティーの両頬を掌で包み、まだ幼さの残る彼女をじっと見つめる。
リバティーは思う。この人もやはり、自分を知っていると。二人の子供である事実の大きさは見えないが、誰もが自分を穏やかに見つめてくれるのだ。
「また……後でね……」
ブラニーのそれは、自分にも言い聞かせているようだった。リバティーは何がどうかは解らないが、こくりと頷くしかなかった。
「散歩しない?」
「いいわよ」
それは、ブラニーから発せられた言葉だった。ローズはサラリと当然のように、それを受ける。
ローズはジーンズのポケットに親指を引っかけて、背筋を伸ばしてゆったりと歩き出す。ブラニー、手を前で組み、ゆっくりと足を運び始め、それについて行く。
「そうね……どうせなら、案内してくれるかしら……」
家の外にでて、デッキを降りると、ブラニーの視界に二台並ぶバイクが目に入った。片方はドライの乗っていたバイクである。車体はローズの乗っているものの方が、少々小さい。
ブラニーは、少し吹く、乾き気味の暖かい風に少し髪を靡かせて、少し目を細め、遠くを眺める。
本を読むこと以外、無過信名事が多いブラニーが、二人の生活の範囲に興味を持ったらしい。ローズは、後ろに立っている、ブラニーを視界に入れて、フッと笑う。
そして、何も言わずバイクに向かい、跨りエンジンを掛ける。ただしエンジンは、燃焼形動力を使用しているわけではないので、排気音があるわけではない。エネルギー的なモーター部の駆動音が、空気を振動させるだけだ。
ローズは、静かにバイクを走らせると、軽くターンして、ブラニーの前につける。
「乗って」
ローズは、ハンドルを握ったままクビを動かす指示だけで、バイクの後方を指す。
ブラニーは、ドライとここへやって来たときの乗り方をしようとする。
「ダメダメ!ちゃんと、跨がないと……。振り落とすわよ」
ローズは威勢良く声を張り上げ、いかにもこれから、飛ばして走ると、ブラニーに忠告する。
「空牙(クーガ)と同じ乗り方ね?」
「空牙??解らないわ……」
ブラニーは空牙を知っているが、ローズは知らない。クーガは、サブジェイの乗り物だ。二人はその全貌を見る前に、皆の元を去ってしまったのである。
ブラニーは、少し不慣れな様子で、ローズの後ろに跨り、ローズのウエストにしっかり腰をまわす。
「あ、待って……髪を括るわ。リバティー!ゴムとバンダナ取って!」
ローズは、もう一つ大きな声を出して、室内のリバティーに呼びかける。
リバティーは、暫くしてからタペストリー柄の赤いバンダナと、髪留めの輪ゴムを持ってくる。序でに黒いライダー用の黒い革手袋と、サングラスも持ってきてくれる。
「行ってらっしゃい、晩ご飯までに、帰ってきてね」
リバティーは勇ましいローズが大好きである。ただ、走り出すと、時折夜中になっても帰ってこないときがある。ドライと一晩中走り通す事も、たまにある。恐らくどこかで、星空を長めながら、一夜を過ごすのだろう。
少しだけ呆れながら、笑みを作ってローズを送り出す事にするのだった。
「解ってるわよ。あ、それから、もう少ししたら、熱々カップルに買い出しに出てもらってね。何を作るかは、フィアにいってあるから、指示もらって。序でに、リンゴと無塩バター、シナモンパウダーを追加ね。お金はドライのを借りといて」
ローズは、手早くサングラスを掛けグローブをはめ、髪を束ねカッターシャツの襟の内側にしまい込み、前髪が邪魔にならないように、バンダナを三角に折り、頭に巻く。
「んじゃ……」
そして、一気に加速して、バイクを走らせるのだった。
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