第3部 第2話 最終セクション
エイルと、ミールに買い出しに着させるのは、ただのローズの冷やかしだ。
ローズが去った後は、妙に静かになってしまう。台風が過ぎた後のようだ。
この三日間、自分の父母のしら内面ばかりを見せられる。嬉しい部分が多く、驚きと興奮の連続だが、彼女はあまりに自分の知らない事が多すぎることに気がつく。
それは、ドライが教えてくれると言っている。昨日のそれは、嘘ではないだろう。
オーディン、シンプソン、ブラニー。彼等は自分を見て誰もが優しく微笑んでくれた。皆がその成長を喜んでくれている。ドライとローズが、それだけ皆に愛されていたということである。
なのに、二人はそこを去った。オーディンやシンプソン。そして何よりローズの反応が、それを望んでいた訳ではないことも解る。
誰もドライを責めない。そこには、責められない理由が存在する。
リバティーの心は、こんなに整理されていたわけではない。ただ、漠然とどうしてなのだろうと、そう思うだけだった。
彼女が訊きたい一言は、どうして、居間の生活を選んだのか?それだけにつきる。
彼女は、それを聞かずにはいられなくなる。
リバティーは、どちらに歩くか迷う。畑仕事をしているドライの方向か、ローズの言いつけのために、室内に向かうか。数回、優柔不断に方向性を決めかねたが、先にフィアに全てを頼むことにした。
リバティーが戻った後、二人は冷蔵庫に姿を移す。
「うん?晩ご飯?そういえば、冷蔵庫にメモ張ってたよ。買い出しは……クラッカー、キャビア、ゴルゴンゾーラに……、生ハム……、合い挽き、レタス。他はえっと…、なんかあと、殆どお摘みになるようなもの……って言ってたわね。メモしてエイルと、ミールに……か。姉御らしいね」
フィアは、冷蔵庫のメモを見て、冷蔵庫の中身を一旦確認した後、必要な材料を言い始める。
「あと、リンゴと、シナモン、無塩バターね」
そしてそれらを新たなメモ書きにすると、左手で持った紙を、右の人差し指で、軽く弾く。
「フィアさんて……なんか、ママと意気投合してるよね……」
「んふふ……、フィーリング……かな」
フィアの笑みは、妙に秘めたものがあるのだが、思っている事には、間違いはなさそうだった。
「ふ~ん」
自分の方がローズをよく知っているはずなのに……と、少し不満が残る思いもあったが、てきぱきした彼女の動作を見てしまった以上は、少々反論の余地もない。
フィアが、買い物リストを作り始めると、リバティーは畑仕事をしている、ドライの所へ行くことにする。
そのリバティーは、まずエイルを見つける。
そう。彼にはローズの伝言があるのだ。ミールと買い物へ行かせる計画である。
「貴方へ、ママから伝言。ミールさんと、買い物に行ってほしいって」
リバティーは、まだエイルと話すときは、言葉尻が硬い。形式的な発音で、感情があまりこもっていない。恐らくそれは、イーサーとグラントと話すときも、同じだろう。
ドライは、すぐにローズの考えそうなことだと、理解する。
そのローズは、先ほどブラニーと出かけてしまった。
「何で……俺が……」
どこまでも人を使う夫婦だと、苛立ちがこみ上げ始めた時だった。
「オメェの畑仕事はこれで終わりだ。俺のバイクでいってこいよ。速いぜ……」
ドライは、にやりと不敵な笑みを浮かべ、エイルに二つの餌をぶら下げた。畑仕事からの解放。そして、レアなタイヤ付きのバイク。しかも速いと言われれば、乗りたくなってくる。
「負けた!解ったよ。ここで、土にまみれてるより、マシだ!」
言葉は怒っているが、エイルは、誘惑に負け、両手を上げて降参してしまう。
「決まりだな」
ドライは、ズボンのポケットから、キーを取り出し、エイルに投げ渡す。
ドライに一番近づきたいのはイーサーのだ。そのバイクをエイルが使うことに、少し羨ましさを感じエイルを見る。
エイルは、鍬を畦に置いて、屋内にいるはずのミールの所に行くことにする。
用件が終わったと思われる、リバティーはドライの横に、なにかを言い難そうにして立っている。
「ん?どうした?」
ドライは、いつも通りの軽い返事をして、リバティーを上からきょとんとしてみる。
「パパ……あのね」
リバティーは、唾気を呑み込むように、息苦しそうにそういう。
「ん?」
「あのね!パパは、どうして、あんなにすごい剣を持っているのに、どうして、ここにいるの?」
ドライは、リバティーの言いまわしに少し気になる部分があった。それは彼女がどの視点で見ているかである。そして、どことなく的を射ない言いまわしだ。漠然としている。だが、オーディンやシンプソンの存在があれば、確かにどうしてだろうと、訊きたくなる。
彼等は世界の第一線で生きている。ドライはその友である。遺恨もない、思想の違いがあるわけでもない。遙かに立派な生活が出来るはずである。恐らく、その意味も含まれているだろう事を、ドライは理解する。
いや、正しくは、ドライの片面であるシュランディアの推察が働いたと言える。
「お前……どこまで見えた?」
ドライは、少し背を落とし、リバティーと同じ視線になって彼女の頭を軽く撫でながら、優しく真面目な表情を作って、不安そうにしている彼女目を見る。
リバティーは、それが決して自分を傷つける目ではなく、それ以外の大事な目的で自分に問うていることなのだと、感じた。
だが、「どこまで」の区別が解らない。だが、彼女が見た尤も激しい戦闘は、今朝のあの場面以外無い。
それに比べればドライとローズの手合わせは、遙かに次元が低い。
「微かだけど……、パパとオーディンさんと、ママが衝突する瞬間が解ったよ」
ドライは、自分が聞き出したい答えをリバティーが答えたことに、一寸満足した。再び彼女の頭を撫でる。いつになく穏やかなドライがいる。本当に父親の顔をしたドライが、そこにいる。
「オーディン……」
ドライは、再び背を伸ばし、後ろにいるオーディンに振り返る。
「ああ、解ってるよ。ちゃんとサボれよ」
オーディンは、再びドライが畑仕事から離れる事を許す。
「いや、どうせオメェ等も気になんだろ?一服しようぜ」
ドライの歴史がかいま見れる。イーサーは先ほどとは、違いすぐにはしゃいで、飛び跳ねる。
オーディンは、ふっと息を吐き微笑むのだった。
彼等は、畦に腰を掛け、ドライを囲む。
そしてドライは、何から話そうか、考え始める。そんな彼の表情は、今までオーディンが見た、過去を語るドライの中で、尤も穏やかな表情だった。
この十八年間の空白は、彼にとって無意味なものではなかったのだろう。オーディンはそう思って、彼を見つめるのだった。
それは、乾いた風が心地よく吹き抜ける、五月の昼だった。
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