第3部 第2話 §15

 「乗れよ……」

 ドライは、クビだけで後部座席をブラニーに指示する。

 「そうね……あの女に長年借りていた、三流小説もあることだし」

 ブラニーは、素直に会いたいとはいわない。一つ理由をつけるのだ。

 彼女は、バイクの後部座席に、跨らず横に腰掛けるようにして座る。

 「そんな座り方してると、落ちるぜ」

 「ドライ=サヴァラスティアは、そんな野暮な男なのかしら?」

 先ほどの、ツンとした態度とは、少し違い、ブラニーは静かにドライの腰元に手を回し、その広い背中に身体を寄せる。

 「……しゃーねぇな」

 ドライは、シンプソンを背中に乗せている時とは、別人のようにバイクを静かに走らせ始め、速度も自重して走行する。

 気に入らなければ、飛んでついてくるという方法もあるのだ。

 「不器用で、バカな男だわ……本当に」

 暫くして、ブラニーが不意に呟くのだった。

 「人のこと、言えねーだろ?」

 「…………そうね……」

 少し息の詰まるような二人の空気がある。速度を出せないため、帰路を長く感じるドライだった。だが、不思議と悪い感じはない。

 ブラニーは、サブジェイの事を言いたかったのだ。ドライがいなくなり、彼が成人し離れるまで、面倒を見たのはブラニーである。それほど手のかからなかったサブジェイだが。情は移っている。ドライのことをあまり口にしなかったサブジェイだが、彼が見る先にはドライが映っていることは、何気に解ることだった。

 ニュースを見れば、サブジェイとレイオニーがこの街に来ていることは。もう解っているはずのことである。

 「ボウヤには、もう会ったのかしら?」

 「……いや……」

 シンプソンが自分達に連絡を入れてくれなかったことで、これは、何となく想像できた返事だった。でなければシンプソンが興奮を隠さず、落ち着きなく全員にこのことを伝えたがるはずである。

 「そういや……ジャスティン……話をきかねぇな……」

 「あの子は、貴方が去ってから暫くしてシードと二人で、街を去って、セインドール島の北に移ったわ。尤も音信不通ではないけどね。北限の名医……彼の噂くらいはどう?」

 ブラニーは、少しちくりと、そのことを強調して、ドライを苛める。

 「そっか……なるほどね……、てか、ローズが何だって?」

 「『恋の手解き』」

 「は?」

 「小説のタイトルよ……」

 「あ~~……」

 ローズがブラニーに、どんな本を貸したのか、理解するドライだった。これには苦笑いをするしかない。ローズらしいといえば、そうなるが、借りる方も借りる方である。

 「あの女は、相変わらず?」

 「ああ、相変わらずだ。それと、リバティー……、会いたかったんだろ?可愛がってたもんな、アンタ」

 「……成長はいいわ。肉体も心も……、子は親になり、親は子を産み、子は育ちまた親になる」

 クロノアールの基本理念は、食物連鎖、そして生命の連鎖であり、自然の営みである。自然は全てそれを繰り返している。彼女はそこに大きな感銘を受けている。ドライを相手に思わずその感動を口に出してしまう。

 赤ん坊だった頃のリバティーは、ローズとブラニーとの距離を随分縮めてくれた。そこにニーネが加わると、大変なことになる。取り合うまでは行かないが、過保護も良いところだった。

 生まれてたった一年の出来事ではあったが、それは大事な時間だった。

 「どうしようもなく、成長しない人もいるみたいだけど」

 「悪かったな……」

 逐一引っかかりを作るような言いまわしする、ブラニーだったし、それを自分だとすぐに思ってしまうドライがいた。

 二人がバイクで、戻ってくると、まずオーディンがそれを見つける。

 「おい!ドライ!!」

 さぼりの張本人を、見つけると早速逃げないうちに声をかける。

 当然だが、それと同時にブラニーを見つけることになる。

 「ドライ……」

 「あ~~解ってるよ……」

 ドライは、走り寄ってきたオーディンに対して、バイクから降りながら、前者の呼びかけに対して応答しつつ、ブラニーに手を差し出して、彼女を後部座席から下ろす。

 「いや……じゃなくて……」

 「おら……片づけるぞ……じゃ、また後でな」

 ドライはオーディンとブラニーへの返事を一気に済ませると、畑に足を薦め始める。

 「ええ」

 ブラニーはオーディンに挨拶をする様子もない。ブラニーには、しなければならないことがある。挨拶のゆとりなど、無かったのだ。

 細身でスタイリッシュなブラニー。質素な着こなしだが、それさえも繊細にクールに着こなされているように思える。男共が思わず遠巻きに、ブラニーを見てしまうのだった。

 「なんか、シンプソンと不倫しに来たらしいぜ……」

 「……様子を見に来たのか……」

 オーディンもブラニーもシンプソンという共通の友人がいるため、年に何度も顔を合わせる。親しくは接していないが、もはや敵意をむき出しにする間柄ではない。声を掛ければ、返事くらいはしてくれる。

 「後にしようぜ……」

 「そう……だな」

 オーディンは、ドライの説教をすっかり忘れてしまう。

 「あ~~……明日から学校かぁ……」

 リバティーは、だらしなくテーブルに張り付いてしまっている。

 「あ~ウチ等も、学校よね……確か」

 フィアが、腰掛けの前を持ちながら、身体をユラユラと前後に動かしている。やることが無くて手持ち無沙汰になっている所だ。

 「あ~~……、バイトどうしようかなぁ……」

 ミールは、そちらの方が心配のようだ。そのことについてはローズは何も言わない。別に知ったことではないと、軽視している訳ではなかった。ただ傍目からは、テレビ正面の椅子に座って、昼前のニュースを見ながら、ボウッとしているようにしか見えない。ブーツを脱いだ素足がテーブルの上に投げ出されている。

 「相変わらず、下の下ね……」

 ため息がちなブラニーの声が、突然ローズの耳に入る。テーブルから、足を退ける動作と、左側にある玄関先のデッキの方角に振り向いた反動で、バランスを崩し、真後ろに倒れ込んでしまう。

 派手な音に、反射的に肩をすくめ、目を閉じ耳を塞いでしまうリバティー達。

 ブラニーも一瞬目を閉じて、飛び退きそうになってしまう。

 「あたた……」

 ローズは、打ち付けた後頭部を、しかめっ面で撫でながら立ち上がると、再度声の主を確認するのだった。すると、そこには腕組みをして、澄まして笑っているブラニーが立っているではないか。

 「あーん!ひっさしぶり!」

 ローズは、思い切り両腕を広げて、ブラニーに詰め寄ってくる。

 「まって!ストップ!それ以上近づかないで!」

 本能的に、身の危険を感じたブラニーは、右手をいっぱいに伸ばして掌をローズに向けて、防衛戦を張る。額には、一粒冷や汗が流れている。

 「鋭い……」

 思わずそういったのはミールだった。オーディンとシンプソンが、餌食になっているのを、目の当たりにしているのだ。それを瞬時に封じたブラニーを強者だと感じた。

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