第1部 第3話 §7 黒装束の女 Ⅱ
「あ!」
せっかく捕らえかけた獲物だったのだが、逃がしてしまい、半ば落胆とも思えるローズの声が、驚いて響く。
それにしても、ノアーとそっくりだったのは驚きだった。違うところと言えば、服装、それに、ノアーに比べて、輪を駆けた大人っぽさが見られたところか?
その時だ。呪文が解けたはずなのに、周りが妙に暑い、それに焦げ臭いし、パチパチといった、いかにも火事ですという感じの音が聞こえてくる。それに、先ほどに比べて明るい。その異変に、それぞれ辺りを見回してみる。
「おいって、これってマジで火事になってんじゃねぇのか?」
と、ドライが半分冗談にならない冗談を言う口調で、辺りを警戒しながら、誰に聞くともない様子で、上の方を見る。すると、シンプソンの呪文で跳ね返った熱量で、すでに木が燃えさかっているのが、それぞれの眼に入る。
「ウォーターガーディアン!!」
すると、またもやローズが、彼女自身の目の前に、古代語と思える文字をスペリングし、それを大地に叩き付けるように、掌で、光で描かれた文字を、真下に押し下げた。すると、彼女の前方を直線上に、数個の魔法陣が、地面に浮かび上がる。それはドライの目の前でもあった。その魔法陣から、今度は一気に水が噴き出してきた。
「うわぁ!!」
ドライの前後で、激しく水柱が上がる。高さは、樹木より遥かに高く。水量も可成りのモノだ。地下水を、噴出させたモノではない。確実に何処からか、転移させたモノだ。その勢いで、ドライはあっと言う間に、びしょ濡れだ。水柱の陰から、横にヒョッコリと顔を突き出し、水で垂れ下がった髪をかきむしりながら、ムッとした顔をする。だが、怒っているのではない。だが、ムっとした顔をしている。
「オメ……、もうチョイ、場所考えろよ」
「アハハ!!忘れてた。良いじゃん、善は急げって言うし、どうせ濡れるんだから!!」
これを笑って誤魔化す彼女だった。悪びれる様子もなく、自分のミスを無邪気に笑っているだけだ。
「比奴……」
今度はドライが、ローズの頭をヘッドロックし、つむじの辺りを拳を当て、グリグリと回す。
「いたぁい!!」
甘えた声で、痛がってみるものの、ドライがそれを止める気配はない。それに、大して痛くもないようだ。なんだかんだ言いながらも、顔は笑っている。周りから見ても、ただじゃれあっているようにしか見えない。気が付くと、雨が降り始め、次第にスコールのような、激しい雨になっていた。火事も少しの延焼で済んだようだ。もう燃えている気配は感じられない。
彼らが、家に帰った頃だ。かなり遅くなったが、夕食にすることにする。黒装束の存在を知っている長老とバハムートは、すでに孤児院に足を運んでいた。だが、夕食どころではない。そこには、毛布にくるまって、横一列に、椅子に座って並び、嚔をしている四人の姿があった。子供達は風邪をうつされたくないので、時々様子を見に来るが、食堂には入らない。今はそれぞれの部屋で、何かをしている。
「ヘックシ!!っと、ったく!どっかの馬鹿が、クソほど水撒きやがるからよぉ!!」
と、左横を見るドライ。意味有り気に横に座っている人間を、ジロリと見つめる。すると、横に座っている人間が、逆にドライをにらみ返す。
「何よ!じゃぁ、ドライが止めれば良かったんじゃない?出来たの?ねぇ、グスグス(鼻を啜る音)」
と、突っ込まれると、確かにドライには不可能だ。彼は魔法自体、そう使えたわけではない。藪蛇だったようだ。返す言葉が無くなる。
「まぁ、良いではないか、我々が風邪をひいただけで、事足りたのだ」
「そうですね、こんな風邪くらい、放っておいても、二、三日で治りますよ。ズズズ……(鼻を啜っている)」
と、オーディン、シンプソンの順に、ローズの方を向き、ローズもまた彼らの方を向き、彼等と視線を合わせる。少し引っかかる言い方に、頬を膨らまし、ぷんぷんと怒ってしまうローズだった。勿論彼等に、そんなつもりは、毛頭もあるはずもない。ただ純粋に彼女のフォローに、廻ったつもりだった。だが、仕掛けた本人も、行き過ぎたことを知って、少々傷ついてしまったようだ。
「どうせ、私は、お馬鹿ですよーだ。ヘックシン!!」
本当に、ツイーっと、そっぽを向いてしまうローズだった。一寸気まずいこの雰囲気に、苦笑いをして、逃避をしてしまう二人だった。
このとき、神の助けのように、ノアーがスープを持って来てくれた。皿の中から立つ湯気を見るだけで、体が温まりそうなにおもえる。
「皆さん、ご苦労さまでした」
と、ごくにこやかに、スープを差し出してくれる。と、皆で彼女の顔をまじまじと、毛穴の奥まで見る勢いで覗き込む。正直言って、異様な視線だ。何か、疑われて居るわけでもないし、警戒されているわけでもないので、よけいに不自然だ。
「あの、何か?」
と、言うと、今度は、彼等は、互いに交互に目を合わせ、その度にコクコクと、頷きあっている。異様そのものだ。性格の違う彼等の行動が、これほど一致するのも、変である。やはり先ほどの女性は、ノアーによく似ている。それに黒装束だ。彼女に聞いてみる価値はあると思い、シンプソンが代表して、聞いてみることにする。彼は当たりが柔らかいし、ノアーに一番信用されている。他の者が聞くと、彼女が警戒してしまうおそれがある。それに、何となく聞きづらいものもある。
「ノアー、実を言うと、貴方のによく似た女性が現れたのです。しかもその女性は、黒装束……、黒の教団でした」
「黒装束」の言葉を聞いたとき、彼女の顔は一瞬暗くなる。俯き後悔の念を走らせた。自分は、警戒されているのだろうか?と。だがしかし、前に付いていた「自分に似ている女性」という言葉を思い出し、すぐにハッと面を上げ、皆の方を向く。確実に彼女に思い当たることが、あるようだ。
「黒の教団は、確かに集団ですが、それぞれの顔を知っているわけではありません、ですが皆、一人だけ、確実に知っている人物が居ます。それは、大司教です。きっと彼女に違いありません……、さぁ、スープを飲んで、身体を少しでも暖めて下さい」
ノアーは、半ば自分で言葉を遮るように、スープを勧める。他は、あまり話したくはないようだ。だが、それだけ解れば十分だ。スープを啜りながら、再び話を進める。
「おい、大司教っていや、黒装束の頭じゃねぇか!」
あまりにも当たり前すぎることだが、いきなり相手の重要人物が出てきたのだ。ドライは、これを驚かずには、いられない。
「そうね、でもまさかあんな質素なカッコした人間が、真打ちだなんて……」
鼻水を啜ったローズは、ドライに同意する感じで、スープを飲む。それと同時に、自分の頭の中を休めた。少しは寒さがとれ、疲れも取れてくる感がする。
「やはり我々が、じっとしていたところで、向こうは見逃してはくれぬのだな」
オーディンのそのあまりにも疲れきった言葉に、それぞれが、それぞれの思惑で、ため息を付く。特にシンプソンのため息は、より深刻さを増していた。今にも頭を抱え込んでしまいそうだ。
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