第1部 第3話 §6  黒装束の女 Ⅰ

 彼らは、森へと向かう。地点としては、ノアーと出会ったあの場所と言うことになるのだが、歩く度に、枯れ葉や落ち枝と言ったモノを踏む音が、頻りに鳴る。勿論ドライと、ローズではない。オーディンとシンプソンだ。


 「おい、お前等、これじゃ夜襲にならねぇじゃねぇか」


 と、霞がかったひそひそ声で、彼ら二人に注意をする。二人は返事を返すこともなく。ただ、足下に注意しながら、ドライの言うことを聞いた。オーディンとしては、少々ムカッときた。だが、ドライとローズは、殆どと言っていいほど、足音を立てないで歩いている。流石と言うべきだろう。


 このころになると、日はもうとっぷりと暮れていた。


 それから、一寸歩いたときだった。シンプソン以外の、三人は、人間の気配に気が付き、本格的に、気配を消す。さっと、相手の位地と思える方向の逆の木陰に、身を潜める。それから、シンプソンも見よう見まねで、木の陰に隠れる。


 さらにローズは、木の枝に飛び乗る。さながら猫と言った感じのしなやかさも伺えた。それから、辺りを見回し、ドライの方に向かって、数回、フクロウの鳴き真似をして、合図を送る。


 ドライが、オーディンの側により、これを伝える。


 「居たってよ。人質も敵さんも、結構集中してるみてぇだ、一気に襲撃すっか?任せるぜ」


 「そうか……、難問だな、せめて一瞬でも、敵を混乱させることが出来れば……」


 ドライと、オーディンは、互いに目を合わせる。オーディンは、もう一度彼の意見を聞き直すつもりで、視線を合わせたが、ドライは此には、落胆的にお手上げと言った様子で、息をもらし、両手の平を、肩口辺りで、上に向ける。


 その時にシンプソンが、二人の間から、ヒョッコリと顔を出す。二人は、此に驚き、互いに声をあげようとしたのに気が付き、互いの口を塞ぐ。


 「ウグググ……」


 「モゴモゴ……ゴ……」


 そのままの状態で、今度はシンプソンの方だけを向く。木の上からはローズも見下ろしている。


 「要するに、相手の目を眩ませるか、視界を利かなくすればよいのでしょう?」


 「ムモゴムググムグ?(そんなことが、出来るのか?)」


 「ええ……、こちらも、見えなくなってしまいますけど……」


 「フガフガフガガフガ、フガガガフガガ(悪党は、気配で分かる、良いから出来るんならさっさとやりやがれ)!!」


 二人は互いの口を塞いだまま、真剣な顔をしてシンプソンを、のぞき込む。だが、その間抜けな姿は、全く緊迫感が見られない。勿論彼らはそれなりに真剣だ。特にオーディンはそうだった。


 「わ、解りました。大気に満つる神よ。今しばし敵の眼を欺き賜え!!」


 シンプソンが、何らかの呪文を唱える。すると途端に周囲は、濃霧のように真っ白なものに、覆われ始める。そのせいか、気温がより寒く感じられ始めた。一寸先を見渡すのも難しい状況だ。


 「なんだ?!」


 「どうなっちまったんだ」


 「霧だ!!」


 彼らの少し先の方角で、そんな声が聞こえてくる。それは、盗賊達の声のようだ。人質になった人の物と思われる声も、ちらほらと聞こえてくる。向こうでは相当パニックになっているようだ。だが、そんな盗賊達の声も、直に悲鳴と変わる。霧の中で、三人が、気配だけで、盗賊を殺しているのだ。


 その時だった。


 「阻む者、退け!!」


 気迫の隠った女の声がすると同時に、シンプソンが作り出した霧は、瞬時にして、消え去ってしまう。たちまちに、彼ら三人の姿は、露になってしまう。いきなり予定の崩された彼らは、少し慌てるが、すぐさま自分のなすべき事を把握する。オーディンは、人質が眼に入ると、縛られている彼らを直ちに解放する。


 「長老!御老体!!」


 「お、やはり来てくれたか」


 長老は遅かれ早かれ、彼らが来ることを読んでいた様子だ。だが、その声は、明らかに予想外に早かったと言った感じのモノだった。きつく縛られていたのか、上腕を頻りに揉んでいる。老人だから尚堪えたのだろうか?しかし怪我はないようだ。その時、ドライが叫ぶ。


 「おい!ジジイ共!仮面男!モタついてんな!!ボスキャラのお出ましだぜ!!しかもだ……」


 ドライは相変わらず、仮面を付けているときの彼を仮面男と呼んでいる。その呼びかけに、腹が立ち、ドライを睨むように振り返る。だが、彼のむかつきを、かき消してしまう光景がそこにあった。山のように築かれた死体もそうだったが、その向こうには、まるで魔法使いのような、質素なローブに包まれた黒装束が立っている。フードのせいで、口元辺りしか見えなかったが、それは間違いなく女性だ。


 「黒装束?」


 「……らしいぜ」


 またか、と言いたくなっているような、ウンザリとして言うドライ。側にまで来たオーディンに向かい、皮肉に笑っている。じきにローズもシンプソンも駆け寄る。顔ぶれがそろうと、彼女は喋りだした。


 「やはり来ましたか、いや、そう仕向けたのですけどね……」


 可成りの格調高い、しかも棘のある口調で、語る女。その言いぐさから、此は彼等をおびき出すために取った彼女の狂言らしい。


 「義理堅い二人と、血に飢えた賞金稼ぎ……、この二組を同時に誘い出す策は、なかなか骨がります」


 早い話が、盗賊団を雇ってまで、彼らを集めたかったようだ。そういうと、仕掛けるのも、いきなりだった。


 両腕を正面に上げ、魔力を蓄え、手を赤く光らせ、一気に魔力を放ってきた。


 「いけません!!クリスタルウォール!!」


 シンプソンが、真っ先にその呪文の前に飛び出す。そして透き通るガラスのようなシールドを正面に張る。女の呪文の熱量は、その「タメ」の無さから想像もできないほど、凄まじいモノだった。シールドにぶち当たると、轟音を発し、衝撃となって、大地を震わせた。もし彼が皆の前に立たなければ、今頃は此処にいる全員は、黒こげであっただろう。


 「やるじゃん!メガネ君」


 「ドライさん、感心していないで、皆を早く逃がして下さい!!」


 シンプソンは、呪文に集中しているせいか、やたら早口で、ドライをせかす。と、ドライは一応行動に出る。


 「おら!テメェ等邪魔だ!さっさと家に帰ってネンネしな!!」


 此を逃がすと言うのかは解らないが、取りあえず、長老、バハムートを含め、村人は此処を離れていった。残るは、彼らだけだ。女の呪文は、強力な上に、持続性もある。呪文そのものは防げるのだが、徐々に周囲に熱が伝わり始める。この季節に不釣り合いな暑さになり始めた。それぞれの額から、汗が流れ始める。


 「このままでは、埒が開かぬな、何か良い方法はないか!」


 何れにせよ。このままでは、こちらの方が、暑さに耐えきれなくなってしまう。その事に気が付いたオーディンは、策を見いだそうとするが、この熱量の前では、どう足掻きようもない。だが、この状況で、一人だけ打開できる人間が居たのだ。


 「要するに、彼奴をやっつけちゃえば良い訳ね……」


 と、言って、ローズは眼を閉じ、意識を集中し始める。すると、彼女の周囲がうっすらと輝き始める。そして、再び目を開け、軽く剣を振り回す。それから、ニコリと笑い。事もあろうか、シールドの外に飛び出してしまった。彼女は、燃えさかる炎の中を、一気に駆け抜ける。


 「おのれぇ!」


 女はローズに、向かって、また別な呪文を放つ。火炎系の魔法のようだが、詠唱もないし、先ほどの魔法封土威力もない。ローズは、少しそれに押されながら、女に踏み込み、剣を縦一文字に、振り下ろす。


 「ああ!」


 レッドスナイパーが、女の顔面をかすめると同時に、女の悲鳴がする。


 「踏み込みが甘かった?!」


 ローズは一瞬自分を疑う。普段ならこんなミスは、するはずもない。だがこのときは、ミスを犯した。此は数日の間に、剣技が鈍ってしまったわけでも、殺すのを躊躇ったわけではない。あまりの熱量のせいで、像がぼやけ、正確な位地がつかめなかったのだ。このミスは、普段から、最速最短、最も無駄無く相手を殺せる間合いを取っていたために起こったミスでもある。


 この一瞬に、彼女の身体は隙だらけになってしまう。致命の一撃を与えられなかった。ローズの顔が青ざめる。だが、女は反撃をしてこない。冷静に見ると、すでにこの瞬間に、彼女から見て、女の左にドライと、右にオーディンが、素早くフォローに回り、その首に剣を押し当てている。剣は交差され、彼女の喉元で、金属のかち合う音を立てている。


 「遊びすぎだぜ、幾ら女でも……な」


 「ウム……、ん?この女、ノアーに似ていないか?」


 「ん?」


 と、オーディンの声に、皆でその顔を眺める。フードのはだけた女の顔を眺め、女の顔を、観察する。眉間を通るようにして、少し深めに、ローズの剣の跡が入っている。熱で肉を焼いているため、血は出ていない。


 「覚えてらっしゃい!!」


 と、その隙に、あっと言う間に、姿を眩ましてしまう。瞬間移動のようだ。


 

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