第1部 第3話 §5  不穏な雲行き

 額に手をかざしながら、ドライは人の走ってくる人を見やる。


 「おい、メガネ君客だぜ」


 すると間もなくだ。


 「大変です!村が盗賊に!ハァハァ……」


 村人の話では、盗賊団が、いきなり村の中に駆け込むように、雪崩れ込んできたという事だった。目的は、財宝ではなく。この村の豊富な食料らしいのだ。今、殆どの村人が囲まれているらしい。オーディンがこの事に、ふと疑問を持つ。


 「どうしてだ?賊なら、皆殺しにするはずでは?」


 「いや、比奴は切れもんだぜ、奴らは、村を虐げて、安定を確保するつもりだぜ、ま、とにかく賞金首のお出ましって所だ。久々の仕事かな、行って来るぜ!ローズ!」


 「一寸!待ってよ!」


 ドライは、あっと言う間に、外へと出て行く。もちろん愛刀を、持ち出してだ。それにしても、昼間から堂々と襲撃をするとは、賊としては大胆不敵だ。その当たりを少し警戒する必要がある。そう感じた彼は、近づくことを考えたが、それ以前に相手を探ることを考えた。ひょっとすると、此処までの間に、もう姿を見られているかもしれない。


 「マズったな、ま、首が刈れりゃ良いか……」


 基本的に、彼の思考から、人命という物は生まれない。殺るか殺られるかだ。ドライの方からは、特に何も見られない。村の中央くらいまで来ると、足を止め、建物の陰に入った。


 「なんか、テキパキしてんな、連中は何処だ?」


 と、考えていると、彼の走ってきた方向から、それぞれ装備を調えたローズとオーディンが追いかけてきた。


 「一寸、ドライ、一人で先走らないでよ」


 「それに、村人の命が、かかっているのだぞ、もっと慎重に事を運ばないと……」


 彼は外に出るときは相変わらず、仮面を付けている。


 二人の言い分を聞くと、ドライは、その場にしゃがみこみ、指先で地面に、この辺一体の地図を描く。それから現在地の点を打つ。その様子に、何かの作戦だと思い、残り二人も、腰を下ろす。だが……。


 「村人一人につき幾らだ?」


 ドライは、突然こんな事を言い出した。


 「は?何のことだ?」


 さっぱり何のことなのか、理解できないといった様子のオーディンだった。自分が何か聞き逃したのではあるまいかと、もう一度ドライの方に、耳を傾ける。流石にこの言い方は、通じる所でしか通じない言い方だった事に気が付き、面倒そうに投げ遣りに説明する。


 「つまりだ。村人一人救出するのに、金を幾ら出すって言ってんだ」


 「な!何という男だ!剣を交えたときはもっといい男だと思っていたが!貴様という奴は!」


 この、非道徳人間に、腹の根底から怒りを煮えたぎらせるオーディンだった。状況も忘れ、立ち上がり、大声で叫び散らす。ドライは耳を指でふさぎ、目を瞑る。しかし、その叫ぶオーディンの口を、ローズが塞ぎ、喋れなくしてしまう。


 「一寸静かに、ホラ!ドライだって、お金ばかり考えないで、たまにはボランティアも、ね」


 このまま放っておくと、ドライの方もやがては加熱し、喧嘩になりかねない。こんな対照的な二人が居ると、周りの方がヒヤヒヤしてしまう。だが、そこにいるのも、止めることもできるのも、今はローズだけだ。


 「ボランティア?メガネ君か?オメェは、って、そういやこう言うときに、一番飛び出してきそうなあのメガネ君が居ねぇな」


 「そう言えば、出てくるとき一緒だったのに」


 ローズは、沸騰しかかったオーディンの口を塞いだまま、当たりを眺める。すると、皆がやってきた道の方から、ノアーと、シンプソンがやってくる。ノアーの方がわずかに、足が速い?


 「オーイ!待って下さい!!」


 「皆さん!」


 それから二人が、此処まで来るのに、数十秒と言ったところか、二人を加え、話が始まる。もちろんシンプソンは、村民の命を助けると言い出す。と、言うと。


 「仕方がねぇなぁ、メガネ君の家には、ローズ共々居候してるし、ちょいと高い家賃だが、たまには良いか」


 こうなると、以外にもドライは、すんなり身を引く。この辺の貸し借りだけは、怠りのない男だった。


 それで、早速作戦を練ることにした。と、言っても、相手がプロならこういう位地を、取るのではないかと言ったモノだったり、もしこの土地を自分たちの塒にするなら、村人全員を人質にしなくても良いはずだということ。だとしたら、直に有力でない、即ち村の中心でない者は、村に返されるはずである。当然村には何人か監視がつくだろう。それも問題だが、人質が減るのを、待つ方が重要だ。


 人質を重要な人物に限るのは、働き手がいないと、村の収穫物を半永久的に奪えないこと、それに、村の団結力を弱めること、戦意を殺ぐ、と言ったことが挙げられる。重要な人物には、バハムート、長老夫婦などが挙げられるだろう。


 もし襲ったのが山賊なら、やはり彼らの居るのは、普段住み慣れている森だろう。だが、そうでなければ、この山地の中、彼らの居る場所を。限定しにくい。


 「もし、森にいるのなら、私が居たあの、神殿が地理的には有利ですわ、意外に村も監視しやすいですし、距離的にも申し分ありませんし……」


 皆、地面に描いた適当な地図を見ながら、ノアーの、この意見に耳を貸す。


 「フム……」


 オーディンが、顎に手をやり、なでながら、少しため息混じりの声で、これを理解する。だが、彼なりにも、何かを考えているようで、いまいち意志が曇りがちだ。


 「私はこう言うことには詳しくはありませんが、彼女は信じてあげたいと思います」


 シンプソンらしい意見だったが、この事態を解決するには、何の足しにもならない意見だ。皆一応彼の顔は見てくれたが、返事はなく、また地図を見る。


 「ようは、人質が減るのを待って、事を起こすのはそれからって事だな」


 「そうだな、村の人が帰ってくれば、奴らの位地も解るだろう」


 オーディンのこの言葉を、皮切りに、皆立ち上がり、一旦此処から離れ、孤児院に帰ることにする。此処まで駆けてきた意味はなくなってしまったが、確実に人命を救うためだ。聊か仕方がない。


 事を起こし始めるタイミングは、シンプソンの遠視により、村を観察することで、村人が村に帰ってきたことを確認し、一番ベストだと感じる瞬間を捉えることにした。


 孤児院には子供達が居るので、ある程度騒がしい。これを相手してやるのが、オーディン、ローズ、ノアーは勿論、意外にもドライが構う。口悪く文句を言いながらも、彼らと戯れている。ドライは、形はでかいが、多少子供染みたところもある男である。わりと気が合うかもしれない。ただ、シンプソンは、彼の口の悪さ、態度の悪さが皆に移らないかというのが、非常に心配だった。


 「以外だな、貴公のような男が、子供好きだとは……」


 「何言ってやがる。仮面……、(いや、今は仮面つけてねぇな)オーディン(かな?)、俺だってよ……、いや、何でもねぇや」


 と、途中まで言っておきながら、急に照れくさそうに、話すのを止め、彼らと戯れるのを止める。が?


 「こら!ガキ共!髪の毛ひっぱんな!!メガネ君教育悪いぜ!」


 オーディンに、こういう事をする者は少ないが(いや、居ないだろうが)、ドライはこういう事をされやすい、タチなのだろう。だが、教育と言った点では、彼は言えた口ではない。態度も口も悪いのだから。


 そろそろお腹が空いてきたときだ。食事は、女二人が作ってくれる。この状況で男で料理をこなせるのは、シンプソンだけだが、今は手が放せない。そろそろそういう時間になってきた夕方時だ。


 「皆さん!村人が解放されたようです。監視付きのようですが……」


 「よし!」


 食事どころではない、こうなると、颯爽と動き出そうとするのが、オーディンだった。仮面を付け、帯刀し、準備を整える。だが、ドライは違った。


 「え?何だよ。タイミング悪いな!飯食ってから行こうぜ、て……イテテ!!」


 「もう!アンタって人は、ホラ!準備準備!」


 ローズに尻を抓られ、身体をビンと硬直させ、だらしなく叫ぶ。最近は、どうもローズに、尻に敷かれ気味で、気迫のないドライだった。だが、何となくだらしないドライは、周りから見て、良い意味で、お似合いだったかもしれない。彼は此処に来てからどうも調子が狂った様子で、しっくり行かない感じで、首を横に捻りながら、ぶつぶつと呟き、それでも準備を進める。


 皆が一応の、準備を整え、出かけるときだった。


 「それではノアー、済みませんが、留守番もかねて、孤児院の方を頼みます」


 シンプソンの言葉に、ノアーは軽く頷く。昼のように安全ではないし、強力な魔法を、備えていることから、彼女が残るのは適役だ。それは皆、理解した。


 「オメェもだよ。メガネ君」


 と。ドライが口を挟むと、シンプソンが、気合いの入った口調で言い返す。


 「それは、出来ません!私は村の一員でもありますし、村の皆さんには、普段からお世話になっています。此処で、私が行かない訳には!!」


 杖を振りかざして、妙に力説をしている。


 「でも、シンプソンって、ホント体力無いからねぇ」


 「だな……」


 頼りにならないといった視線のローズが、気合いの入った彼に、白けた視線を送り、シンプソンの自信が疑わしく、上から下と交互に彼を眺め回す。彼に筋力等の体力関係が弱いのは、すでに立証済みだ。オーディンも、深く頷き、ローズの意見に賛成の返事をする。シンプソンは、宙にかざした杖を、何処に納めて良いのか解らず。軽く胸元に構え、二人を何度も見返す。少し困った調子で、眉を逆八の字にして、メガネの上で戸惑っている。


 「私って、そんなに体力無いですか?」


 「無い!」


 と、ほぼ三人に、同時に言われてしまって、シュンとなってしまう。暫く妙な調子で空白の時間が流れる。


 「はぁ……、解ったから、とにかく面倒クセェから、行こうぜ、死んでも俺は知らねぇぞ!!」


 と、ドライが、投げ捨てるようにして言い放ち、早速軽く走り、村の付近にまで行く。要するに、孤児院の敷地と、村の境目だ。そろそろ本格的に、日が暮れ始めた。空が赤みより、紫を経て、漆黒に変わり行こうとしている。あまりモタモタもしていられないので、すぐさまドライの居る位地に、皆集まる。


 これからどうするかだ。


 「先ほどの様子からして、監視は数名、村と森をつなぐ道の森付近で、ウロウロしています。どうやら単なる威嚇程度のようなものですね、例えば村人が、変な気を起こさないようにとか、それに村を監視するには、この村は建物が点々としすぎてますし、昼以外は村人を全員確認できませんからね、ですから……」


 と、シンプソンが、長々説明していると、皆が意外と言った感じで、彼の顔をまじまじと眺める。やはり抜けているような感じがして、頭が冴えているのは、シンプソンだった。


 だが、これほど戦術的な意見をするとは、思いも寄らないことだ。暫くそんな状態で、彼は見つめ続けられる。


 「何でしょうか?」


 彼のその、逆に皆に驚いた様子の声で、皆正気に戻り、再びこれからどうするかを考えることにする。話し合った結果、間違いなく長老夫婦は、捕まっている。村人が解放されたにも関わらず、バハムートが来ないことから、彼も確実に捕まっているに違いない。


 方法としては、時間帯から考えて、夜襲になる。オーディンから見れば、多少卑怯な感を受けたが、その様なきれい事を言っている場合ではない。人命優先だ。


 まず、シンプソンの言っていた、村と森の間をうろついている連中を片付けることにした。


 「あぁあ……、見張りっつったって、何をみはりゃぁ良いんだか……」


 「ああ、それにしても、冷えてきたと思わないか?」


 「……」


 森と村の間にある道で、会話をしているのは、盗賊団の一員と思える二名だった。一人の男が、辺りを見回し、相手に背中を向け、暇つぶしとも思える会話をしていたときだった。一番最初に話しかけてきた男の返事がない。


 「おいって、返事しろ……!!」


 その様子が気になって、後ろを向いた瞬間だった。闇がかる中、赤く眼を光らせたドライが、気配を消しながら、その一人の男の喉元をナイフで抉り、突っ立っている。


 「ひ!……がっ!!」


 その光景を見たもう一人の男が、声を立て驚き叫ぼうとした瞬間、ドライはそのナイフを引き抜き、相手の眉間に投げつける。その男は、瞬時にあの世行きだ。暗殺に近いやり方だ。そして、騒がれないためのテクニックだ。オーディンとシンプソンは、ドライという男に少しぞっとする。冷静に、しかも自ら進んで、指を震わせることなく、平然と人間を殺すのだ。仕事を終えた彼は、実に淡々としている。


 「さてと、どうする?一気に攻めるか……、一匹一匹、確実にしとめるか」


 もう次の行動を考えている。だが、今は、この事に批判している場合ではないのだ。長老達を助けなければならない。


 「取りあえず。削るだけ削って、機会を見て一気にって言うのはどう?」


 ローズがドライに意見をする。彼は相棒の意見に、ニヤリと笑って頷く。彼としてはどちらでも良いことだったが、彼女がそうしたければそれで良いと思ったまでの話だ。ドライの反応を確かめると、ローズも相づちを打つようにして、ニコリとし、コクリと頷く。シンプソンとオーディンは、彼らの作業の慣れに、任せることにした。

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