第1部 第3話 §4 道半ば
話が終わった直後、ドライは再び立つ。
「はぁ、何だかよ!俺には関係ねぇ、ようは終わったことだよな、ローズ行くぜ」
「一寸ドライ!!もう少し話を聞こうよ。姉さんにも関係があるんだから!」
ローズは慌ててドライの腕を引っ張り、彼を引き留める。ドライは背中を向けたままこう言った。
「マリーが、何を探そうとしていたのかも、解った。終わったんだよ。冴えねぇが、これが俺達の旅の終わりだ。来るか来ねぇか、お前に任せるぜ」
その時のドライの背中は、これ以上もなく淋しいものだった。殺すと決めていた相手を殺せず。暴こうとしていたマリーの残した謎も、テーブルを囲んで交わした会話で、事が片づいてしまった。彼としてはこれ以上やり切れない気分はない。五年の歳月を費やし、気迫だけで生きてきた意味が此処で無に還った。再び歩き始める。
だが、気迫だけで生きてきたのは、ローズも一緒だ。
「まって!!ドライ待ってよ!」
そう言いつつ、二人は外へ出て行く。そしてある程度歩いたときだった。
「ローズ、来るか?」
彼にとっては、ローズが自分を追いかけてきた事が嬉しかったのか、立ち止まり少し微笑みながら、振り返る。
「ねぇ、終わったのなら、此処で暮らそう!静かだし、此処じゃドライが賞金稼ぎだって事を知っている人も少ないわ!きっと静かに暮らせるわ!!」
この言葉を聞いて、ドライはとたんに、目をパチクリさせ、キョトンとし、笑い出す。
「あはは!!お前、このドライ=サヴァラスティアを捕まえてか?マジで言ってんのか?」
何とも卑屈に聞こえる。だがローズの言葉は止まらない。
「本気だよ!不道徳かもしれないけど、姉さんが生きていても私は、貴方のことが好きになっていた!!ううん!きっと姉さんから、ドライを奪ってたかもしれない!」
ドライは何れマリーと、一所に落ち着き、ローズとも何れは出会っていた。彼女は、その時のことを想定して、話を進めていた。さすがのドライもこの話の進展には参った。見事な発想だったかもしれない。だが、ドライには、ローズを責める気にはなれない。ましてや小馬鹿にすることなどもできない。彼はそのことを、マリーと遂げようとしていたのだ。今のローズは、マリーと比べても劣らないほど、心を許せる相手だ。
「解ったよ。いいぜ、俺の残り……、お前にくれてやるよ」
ドライの手が、ローズの髪に触れ、そのまま頭を抱き込むようにして、自分の方へと引き寄せ、濃厚なキスを交わす。ローズは、身体をヒクリとさせながら、その行為を、受け入れる。
二人の様子が気がかりで、外に飛び出てきたその他大勢(オーディンやシンプソンを含む)だったが、目に飛び込んできたのは、こんな二人の光景だった。
「やれやれ、何なんだあの二人は……」
オーディンは呆れた口調で、一つため息を付き、それでも暫くそれを眺めている。
「いかんのう、最近の若い者は、場所を選ばん」
「待ったくだ」
と、言って、バハムートと長老は、家の中に引きこもってしまう。ノアーは、この光景を見て、少し心が救われた。
「あの、良いんですか?話の続きが……」
「シンプソン、野暮な事を言うな、落ち着けば戻ってくる」
彼らもまた中に戻る。一寸息抜き程度に時間が経つと、再びドライも、ローズも戻ってくる。ドライとしては飛び出して二度目だ。何だか格好悪い、一寸ふてくされている。ローズは先ほどのキスでご機嫌だ。ドライの腕に絡みつくようにして、甘えている。顔も自棄ににこやかだ。
「おいって、一寸離れろよ」
「良いの良いの!」
ローズは全く離れる気はない。まじめな話をするのには、あまりにも不釣り合いな笑顔だ。だが、長老が、再び話を仕切る。
「で、どうするのだね、君らは……」
と、同時ローズが切り出す。
「私もういい……、ドライが側にいて、此処で暮らしてくれるって言ったから、それでいい……」
彼女の言葉で、静かな空気が、より静かになってしまう。
「で、ドライ君は?」
これに対してドライは、鼻の小脇を掻きながら、天井の方をキョロキョロした視線で、暫く考える。だが、どうすると言われても、ローズの答えがそのままなので、今更言うほどのことでもない。それに、あえてまじめな顔をして答えるのも彼らしくない。
「それで良いんじゃねぇのか……な?言っちまった事だし……」
「うむ、そうか……、では、二人は?」
今度は、その質問は、シンプソンと、オーディンに振られた。
「私は、その……子供達も居ますし、話が深すぎて……、どうするもこうするも、ありませんよ。今まで通りの、生活をするまでです」
「私には、もはや帰る故郷もありません。皆と静かに、此処で暮らしたいと思います」
ローズとドライはともかく、彼らには、話が途方もないことなので、本当にどう答えて良いか、解らなかった。それに、伝説にも興味があるわけではない。ただ、平穏に暮らしたいだけだ。だが、もしマリーが生きていたのなら、彼女はこれを探求しただろう。
シンプソンが付け足したように口を開く。そしてノアーの顔をのぞき込む。
「あ、どうです。ノアー、貴方も一から此処でやり直してみては?」
暫く彼女は口を噤んだままだった。俯き戸惑っている。皆を見回してみた。ローズは、相変わらずニコニコしたままだ。ドライはそんな彼女の髪をなで、構ってやっている。問題はオーディンだが、彼も特に、何も言わない、呆れた顔で、二人を眺めるだけだ。だが、ややもすると、答えを出す。
「仕方があるまい。すぎた過去は還らぬ。やり直せばいい、此処でやり直すことが、君にとっての償いだ」
ハッキリしない答えではあるが、彼女に選択を任せるのは確かだ。ノアーはまだ迷っている。シンプソンが、もう一押しした。
「どうです。孤児院は男手二人では、淋しいですし、手伝ってはくれませんか?きっと変われますよ」
「あ……、はい……。でも……きっと……」
落ち着いた、確実な返事だった。だがノアーには、一抹の不安があった。それは、他の刺客が彼らを襲わないかと言えば、決してその様なことはない。何れ誰かが彼らを抹殺しに来るだろう。ノアーは、この事を彼らに打ち明ける。
オーディンが言った。
「その時は、その時だ。どんな壁でも、打ち破ってみせる」
ノアーの言っている意味が解らない訳ではないが、もはや此処を離れる気は、彼にはない。
それから、数日がたった頃だ。ローズは、ドライにベッタリだ。外に出て、草の上で、寝転がっているドライの胸に、頬を当て、じっととしている。
「ドライ……、私、今すごく幸せ……」
「ああ、そうだな」
ローズの同意に、適当な返事をしてやるドライだった。彼にとってこれが本当の幸せだったかは、解らない。だが、少なくとも、自分の胸の中で寝ているローズを見て、こんなに穏やかな顔をしているのだ。彼はこれで良いのだと思った。だが、あのドライが静かなものだ。こうしている時は、あまり喋らなくなった。物憂げに見つめ、気迫は全くの奥に潜めてしまった。
サムとジョンが、こんな二人を、眺めている。
「せっかくローズが帰ってきたのになぁ……」
「うん、遊んでくれないね」
と、話していると、ドライとローズに、二本の剣を持ったオーディンが、近づく。
「済まぬ。貴公とは、一度、剣を交える約束をしていたな」
「あん?」
ドライとしては、とうに忘れた約束だったが、相手からの挑戦だ。剣を振るう者として、受けないわけには行かない。ニヤリと笑い。起きあがる。ローズとしては、邪魔をされてムッとしたが、久しぶりに、ドライの暴れるところを見たくなった。それに身体を鈍らせないためにも都合がよい。
オーディンの、ハート・ザ・ブルー、ドライのブラッドシャウトが抜かれ、二人とも構えてみせる。互いに真剣だ。ローズが場を仕切る。
「用意は良い?二人とも、周囲に注意してね、子供達も居るんだから……、それからホントに、切っちゃダメよ」
「無論!」
「オーケーだぜ」
「始め!!」
ローズの叫びと同時に、先に斬りかかったのは、ドライだ。豪刀を振り、縦に上から真一文字に切り下ろす。すごいスピードだ。オーディンは瞬間、受けの体制をとるが、それを受けるのを無理と感じ、身を後ろに引く。
間合いとしては、ドライの方が確実に長い。が、剣が長すぎる。振り下ろすと、確実に、地面を割った。オーディンはこれを好機と感じ、素早く間合いを詰め、ドライに斬りかかる。だが、ドライの筋力は、やはりただ者ではない、オーディンも筋力には自信があったが、ドライのそれは明らかに、彼のものを凌いでいる。意図も簡単に、地面から剣を引き起こし、剣先を下に剣をたてて、オーディンの攻撃を防ぎ、軽く弾き返す。そして、剣を下から上に振った。
オーディンは、後方に宙返りをし、間を空け、これを逃れる。
「な……!」
「へへ……」
ドライが笑う。目をキラリと光らせた。オーディンは剣技を心得ているが、ドライのスピードは、彼の剣技を、もろともしない。それだけでは、確実にドライに勝ち目はない。力負けしてしまうのだ。またドライが喋る。
「本気出せよ。アンタ、エンチャント、得意なんだろ」
生き生きとして挑発をするドライ。
「ふっ、遠慮はせぬぞ」
「どうなっても知らないとぞ」と言いたげに、同じように生き生きとしてオーディンが言う。
ドライはこれに頷く。さぞ満足げだ。彼の赤い瞳がさらに赤く輝く。まるで本当に、血を欲しているかのようだ。
オーディンが、切り込む。ドライはこの時点で、本格的に、足を使い始める。オーディンが間合いを開け、剣に魔力を、付与する間に、ドライが切り込むが、ドライが一撃を放とうとすると、また少し間を空ける。そして、ドライに隙ができ、オーディンが魔力を放つと、ドライはこれをブラッドシャウトで跳ね返す。その隙に、オーディンが、ドライを狙うのだが、彼もやはり、後方や左右にかわし、これを凌ぐ。このときにオーディンは、数度、剣を振るうことが出来るのだが、ドライに全て弾かれるのだ。だが、ドライより間を広く取ることが出来るオーディンは、彼の隙を、より多く誘うことが出来る。そして、剣で近距離を攻めることもできる。いわばドライは中距離のみの攻撃となるが、遠距離からの魔力の攻撃は、ある程度無視できる。
二人の決着は、なかなか着かないが、周囲の地面は、もはや激闘でぼろぼろだ。いつの間にかこの騒ぎに、シンプソンやノアー、他の子供達も外に出てしまっている。
オーディンは、再度剣に魔力を付与し、それを放ってくる。だが、今回違ったのは、彼自身がその魔力の後方を追尾してきた事だ。ドライには、何なのかすぐ読めたらしく。剣を地に突き刺し。胸元を探る。このときに、オーディンは、ドライの頭上を舞っていた。ドライはこれに向かい、懐からナイフを一本取り出し、オーディンに向かい投げる。
「くっ!」
彼は空中でありながらも体を捻りながら、これをかわす。
「もらい!!」
ドライはこの隙を見逃さない。再び剣を抜き、地を蹴り、オーディンに斬りかかる。これは彼が宙に浮いている間の出来事だ。オーディンはドライの格好の餌食になると思えた。その時だ。
彼の身体が、さらに進行方向に、一伸びする。
「あら?」
オーディンの跳躍を見て、ドライは剣をそのまま振り切った。これは予想外だったらしく。妙な声を出す。
オーディンは、そのまま後方に回転をしながら、着地をする。その時に二人とも身構えるが、息を切らせ、これ以上何をやっても無駄と感じる。
「参ったな、このオーディンが、引き分けてしまうとは……」
「目の錯覚か?なんか、最後、飛距離が伸びたぞ」
「まぁ、技の一つだ」
「ふん、どっちにしても、埒が開かねぇな、引き分けにすっか?」
「そうだな」
正直に言って、互いに負けるのが多少怖かった面もある。それに、疲れた。
二人とも、息を切らせながら、剣をしまう。ドライとしても、オーディンにしても、久しぶりに、純粋で爽やかな汗を流す。シンプソンがそこに割り込んできた。
「お二人とも、流石ですね。でも、遊んだ後はきちんと片付けるのは、礼儀ですので……」
それから彼等は当たりを見回す。あちらこちらの地面が、掘り返されたり陥没していたり、景色が滅茶苦茶だ。早い話が、これを取りあえず平らに戻せと、言うことらしい。
「う、うむ、仕方があるまい」
「マジかよ……」
ドライには、礼儀も何もない、ただ面倒臭いだけだ。ただで、そんな事をするわけがない。
「それじゃ、二人とも頑張ってね」
と、言って、ローズも無関係とばかりに、皆と家の中に戻って行く。ドライがそれを引き留めようとする。
「おいって!お前もイッチョ噛みだろうが!」
だが、彼の言葉など、全く無視をして、そのまま中へ入っていってしまった。
「仕方があるまい、我々のしたことだ。我々で何とかしよう」
オーディンは、自分の非を受け入れ、ドライの肩を叩き、彼に諦めるよう促す。
「冗談じゃねぇ!何で俺が!ダイイチこの勝負持ち込んだのは……」
「先日に言い出したのは貴公のはずだが……」
何とも惚けた言いぐさで、ドライの揚げ足を取る。こう言われると確かに、最初に勝負を持ちかけたのは、ドライの方だ。その時のオーディンの言い方に、棘が感じられ無かったせいか、ドライは、ウンザリして、ため息を付き返事を返しながらも、後片付けをすることにする。
「解ったよ、とっとと、おっぱじめようぜ」
「よし来た」
二人は、早速辺りの地面を均しにかかる。当然農耕具を使っての話だ。ドライもオーディンも、まさか剣にとって変わって、この様な物を持つとは、思っても見なかった。二人とも、剣を扱っているときとは、違って、屁っ放り腰だ。夕日が暮れかかる中、二人の会話が入る。相変わらずの作業が続く。
「ったく、アンタが、所構わず魔法ぶちまけるから、こんな事になったんだ!!」
「貴公も、剣で地面を掘っていたではないか」
「う……」
何ともはやである。だが、この剣を交えたことは、二人にとって、ただの興味本位では済まずにいた。何となく良い退屈しのぎの相手が見つかったのもあるが、まだまだ希薄ではあるが「友」と言う関係が、生まれつつあった。
それから、さらに数日経った日、それは、彼らが、昼食をとっているときのことだ。外の方で、なにやら、騒がしい物音がする。
「何ですかね、騒がしい音がしてますが……」
と、シンプソンが、当たりをキョロキョロと、眺める。だが、眺めていると言っても、部屋の中だ。
「シンプソン、お行儀悪いよ」
と、ジョディが言う。彼はその言葉に、正面を向き、気のせいかと、食事を再び始める。ドライは、食するときは、ほとんどそのことに集中している。が、このときは、いきなり席を立ち、骨付きの肉を、喰らいながら立ち上がり、窓の側まで行き、手を窓枠に付きながら、外を眺める。オーディンは、やはり彼のこういう所を、拒絶した。
「ドライ、食事くらいまともに食えんのか?」
だが、ドライは、窓の外に気を集中して、しきりに眺める。流石にローズは、普段の彼らしくない行動に、気が付き、側により、同じように外を眺める。
「どうしたの?」
「煙だぜ、こんなくそ田舎に、似つかわしくねぇなぁ……」
その言葉に、外を眺めると、確かに煙が、村の方向に数本点々と上がっている。その様子から、単なる火事ではなさそうだ。とすると、二人の思考できるのは一つ。襲撃である。
ドライの「煙」という言葉に、オーディンや、シンプソン、ノアーも立ち上がり、窓の外を眺める。すると、先ほどの光景より、少し煙の上がりが酷くなった光景が、飛び込んでくる。
「大変です!とにかく行ってみないと!!」
「ああ……」
シンプソンと、オーディンは、慌てて外へ出ようとする。だが、ドライはこれを制止した。
「まぁ、待てよ!慌てんなって……、ローズは、どう見る?賊か……、それとも……」
「どうかしらね、ノアー……、心当たり無い?」
ローズは別に彼女を責める様子もなく、ごく一意見を聞く態度をとっていた。
「ありません、少なくとも、私の知っている限り、この地方では……」
と、言われると、再びドライの方を向く。その時、村人の一人が、この孤児院に向かって、走ってくるのが見える。普段ノンビリとしたこの村には、あまり似つかわしくない光景であった。
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