第1部 第3話 §3  ミーティング

 すっかり逆上せ上がってしまったシンプソンなのだが、昨夜の話の続きもあることから、倒れてばかりはいられない。激論になる可能性があることから、孤児院では不可能だ。長老の家で話し合うことにした。


 「大丈夫?シンプソン……、相変わらずウブねぇ」


 と、ローズは半ば、自分の軽率な行動を誤魔化すようにして彼の様子を伺う。


 「ええ、まぁ……」


 ふらふらと、今にも倒れそうな足取りで、情けない顔をして、歩いているシンプソン、ローズのしなやかな肢体が網膜に焼き付いて、目の前にちらついて仕方がない。思い出しては、顔を赤らめている。


 「馬鹿じゃねぇのか?たかが女の裸でぶっ倒れるなんて」


 「はぁ……どうも」


 ドライは本当にシンプソンを馬鹿にしきった言い方をする。あきれ顔で、天気の良い空を眺めながら、適当に歩く。シンプソンはションボリした様子で、頭を少し上げて謝る。潔癖なオーディンとしては、ドライのような男はあまり好みでない、何より誠実さが見られない。いわば彼の常識外にいる男だ。だが、その強さは認めている。少し軽蔑心の隠った目でドライを見る。彼の被っている仮面が、より冷たさを感じさせる。本当のオーディンとは裏腹だ。ドライもその視線に気が付く。


 「あん?何だよその面ぁ……」


 視線だけを斜め下にして、不服そうな表情をするドライ。


 「何でもない」


 オーディンもドライも互いに突っかかる言い方をする。一瞬二人が拗れそうになった瞬間だった。ノアーが質問をする。


 「これから何処へ行くのですか、私をどうかする気ですか?」

 

 ほんの少しだけ、間が開く。


 誰かが自然に答えるのを待っていたとき、口を開いたのは、バハムートだった。


 「いや、今お主をどうこうするというのではない。君の知っている黒の教団について、詳しく教えて貰いたいだけじゃ」


 バハムートがこう言うのだが、ノアーはいまいち警戒心を解こうとはしない。


 「そうですよ。安心して下さい」


 そこでシンプソンがこう言うと、ノアーは一時安心した顔をしてみせる。彼だけは本当に信用されている。


 「けっ!」


 ドライはまた、やってられないと言った様子で、今度は地面に唾を吐きかけ、腹立たしさを表す。腹立たしいのはオーディンも同じだが、ドライの態度が妙に気に障る。


 「貴公は少し品格に欠けるな、もう少しマナーを守りたまえ」


 ふっと息を吐き、ドライを横目で冷めた視線を送る。何度も言うようだが、彼の周りの人間で、この様なことをする人間が居なかったためか、この様なことを言ったのは、初めてのような気がする。


 「一々うるせぇなぁ、何様なんだよテメェ……」


 ドライにもまたこの様な事で逐一、注意をする人間など居ない。互いのギャップに二人は煩わしささえ覚えた。そもそもこの二人が肩を並べて、歩いているのに問題がある。ローズはすっと、二人の間に割って入る。


 「ホラ、喧嘩しないの!苛立っているのは、私も一緒なんだから……」


 と、オーディン、ドライの腕を自分の方に引き寄せる。それから作った笑いだが、にこにこする。


 「失敬……、私としたことが」


 オーディンは、一応に頭を下げ、ドライに謝る。


 「いや、俺も悪かった」


 頭を下げることはなかったが、ドライも謝る。そしてその後に、一寸クスリと笑う。一寸ナーバスになっている自分に気が付いたのだ。


 それにしても、なぜ一番復讐心を丸だしにしていたローズが、この様な行動に出ることが出来たのか?それは、ノアーに対する共感である。彼女も幼い頃に両親を亡くし、姉と二人きりだった。彼女はそういう所は、人情的にもろい部分があった。すぐに自分にオーバーラップさせるところがある。よって、姉を殺されたにも関わらず、もはや彼女にはノアーを恨む気には、なれなかった。


 「ご免ね、比奴不器用だから……、二人っきりだと結構心開くんだけど……、ね、ドライ」


 と、オーディンに愛想を振り向く感じて、一寸苦い感じで、笑った。


 「うるせぇ!!」


 ドライは、すねた感じで、もう一度ローズの方から顔をそらせる。


 「ふっ」


 オーディンは軽く笑う。ドライは気に入らないが、ローズには何となく好感が持てた。それと同時に賞金稼ぎなどをしていることが、不思議に思えた。そんな感じで彼女を眺めていると、ローズの髪の色が、燃えるような赤であることに気が付く。今までは、あまりにもゆとりがなさすぎたため、こんな事も気が付かなかった。


 「綺麗な髪の色をしているな」


 と、シンプソンの時と同じように、彼女の髪の色を褒める。どうも彼は、美しいモノには、目がないらしい。別に変な意味ではない。純粋にだ。


 「そう?私、赤って大好き、情熱の色……」


 一寸自分に酔いしれてみせる。一度髪を掻き上げ、太陽に輝かせてみせる。ウットリとした色香が、オーディンの鼻の下をかすめる。それからローズは、ドライの耳を引っ張ってこう言った。


 「でも、ドライの目の方がもっと神秘的よ。だって、ルビーみたいにホラ!こんなに赤いのよ」


 「イッテテ!な、なんだよ!オメェは!!」


 彼女は言葉とは裏腹に、彼の扱いはかなり荒い。その時ローズは、急に二人の顔を見回す。


 「ん?ねぇ、ドライと、オーディンさんて、目の色以外、なんだか似てない?ねぇシンプソン!!」


 「そういえば……」


 シンプソンの言葉に、バハムートも二人の顔を眺める。


 「そういえば、悪党と善人という違いはあるが、にとるのう」


 オーディンが、仮面を付けているという事ゆえに、気が付かなかったことなのだが、改めて言われると、共通点が多い、輪郭や目鼻立ちなど、特にだ。


 と、周りに言われると、早速ドライが腹立たしげにこう言った。


 「なんだって?!この俺がこんな仮面男と似てる?オメェ等、目が腐ってんじゃねぇのか?!」


 ドライは此処でまたしても、オーディンのことを仮面男と、呼んでしまう。だが、此処で撤回する気は更々ない。オーディンに馴れ馴れしく、指を指す。


 「失敬な!私は仮面男ではない!それに、指を指して物扱いするのもやめて貰いたい!」


 せっかく収まった二人の中だったが、ローズの一言でまた蒸し返しになった。また互いに向かいあって、火花を散らせる。今度はシンプソンが二人に割ってはいる。


 「まぁ、お二人とも、落ち着いて下さい」


 何故、いきなり会った二人が、こうも喧嘩をするのかと、不思議に思う彼だった。ドライのことはよく知らないが、オーディンが、こんなに喧嘩を吹っ掛けるのは珍しいことである。シンプソンだけでは力不足であるので、ローズがドライの頭を、軽く叩いて注意を促す。


 「コラ!ドライ、あんたらしくないよ!」


 ローズがドライの頭を叩くのも珍しいことだ?それも二度三度、いくら慣れた仲とはいえ、そうあることではない。そういえば昨夜から、殴られ放しだ。ドライの彼女に対する親密な感情を、より深く感じてからだ。親愛の情の現れ?だ。


 「いて!何だよ!何で殴るんだよ」


 「ムゥ!」


 なぜ叩かれたのか、理解していないドライにローズが睨みを利かせる。


 「わ、解ったよ」


 「よろしい」


 ドライの方は納得いかなかった様子だが、とりあえず押さえることにする。


 「この場は二人に免じて我慢するが、今度仮面男と言えば承知しないぞ」


 彼は、すっと前を向き、注意だけをドライに促す。


 「オーディン、どうしたんですか?なんだか貴方らしくないですよ」


 「ああ、済まぬ……」〈それにしても、何という無礼な男だ。言葉遣いと言い、態度といい……〉


 と、オーディンが腹の底で思っているのと同時に、ドライの方もこう思っていた。


 〈何なんだよ比奴は、エラそうに……〉


 と、どうも互いの育ちの違いに、馴染めないらしい。丁寧と言えば、シンプソンも丁寧だが、彼の言葉遣いは柔らかみがある。さしてドライには、気に障る所はないのだが、オーディンはあまりにも気高い喋り方をするので、ドライには、それが威張って聞こえた。ドライの態度は、育った環境がそうなので、仕方がないと言えば仕方がない。互いに酷い誤解を抱いているものだ。


 それ以後、皆、口を開こうとしない。何せ、口を開けば二人の喧嘩の種になりかねない。だが、ややもすれば、長老の家に着く。これで漸く話の本題に入れそうなので、シンプソンとしては、息をつける一時だ。長老の家に着くと、マリエッタが向かい入れてくれる。


 「まぁ、今日はこんなに大勢……、シンプソンさんも無事だった様ね……、さ、中へどうぞ」


 と、その時だ、バハムートが、マリエッタに向かって、こう言った。


 「マリエッタ、済まぬが孤児院の子供達に、昼食を作りに行ってやってくれぬか?」


 「ええ、良いけど」


 彼のこの言いぐさからして、話し合いは、短時間で済むものではないと言うことは、皆見当が付いた。ドライは面倒臭そうにため息を付く。


 そして長老が現れ、話し合いが開始した。さしずめ有識者に、これをどう見るか、などと言ったものだ。もちろん有識者は、バハムートと長老のことだ。


 話を把握しやすくするためにも、長老に昨夜の出来事を話す。すると長老は、一瞬だが冷たい視線をノアーの方に向ける。


 「それでは、やはり黒の教団は、存在するのだな」


 と、長老が聞くと、ノアーはコクリと頷く。そして、次の質問がされた。


 「では彼らを狙った理由は?」


 「それは、彼らがシルベスターの血を引いているから……」


 「シルベスター?」


 と、そこにいたほぼ全員が、全く理解できない様子でこうノアーに聞き返した。


 「知っている人もいると思います。伝説にある二人の魔導師。その片方がシルベスターです。私の使命は、彼のを引く者の抹殺でした」


 ノアーが過去形で言うのは、彼女にもはやその気はないと言うことだ。


 「じゃ、俺のマリーは、そのために殺されたのか?」


 ドライの殺意が再び舞い戻る。だが彼は至って冷静だった。それ以外の変化は特に見られない。


 「いえ、正式に言うと少し違うわ、確かに彼女は、血を引いていたわ、頭脳の面でね。だけどそれは問題ではなかったわ。問題だったのは貴方、ドライ=サヴァラスティア。貴方が彼女の側にいたからよ。もし、彼女だけなら、殺しはしなかった」


 ノアーは、マリー殺害は本意ではない。それを押すように何度も首を横に振る。


 「どういう事よ……」


 ローズは先の見えない話に、ノアーを睨む。声は少し興奮で涙ぐんでいる。


 「彼女は、次の遺跡でシルベスターの封印を見つけるのよ。だけど彼女には解くことが出来ない。出来るのは、直系の血族だけ。その一人がドライ=サヴァラスティアだった。だからその前に遺跡の位置を知る彼女を封じる必要があったの……、ご免なさい」


 ノアーは少し俯く。今更ながら、マリーの死に心を痛めた。狂酔的な目的のために、汚れない命を奪ったのだということを、深く後悔する。


 「なんてこった。結局彼奴は、俺のせいで……、クソッたれ!!」


 苦々しい顔をしたドライが立ち上がり、壁にめり込むほど、拳を強烈にたたきつける。扉を叩くように開け、外へ向かって歩いて行く。ドライは思った。あのとき彼女に恋愛感情などを抱いたばかりに、愛する女を結果的に、自分のために死なせてしまったのだと。この今まで感じたことのない歯がゆさと、苛立ちは、どうすることもできなかった。


 自分に対する悔しさをどうすることも出来ず。長老の家から出た直後、彼は立ち止まってしまう。足すら何処へ進めればよいのか解らない。だが、涙を流すのも彼の「漢」が許さない。


 気が付くと、後ろにオーディンが立っている。


 「なんだ、テメェか……、何だよ」


 「貴公が居ないと、話が進まぬ。それに話も済んだ訳ではない。さぁ中に入ろう」


 ドライの肩を軽く叩くオーディン。先ほどのオーディンなら、ドライのふてくされた態度は許せなかったが、今はその悲しみが解る。何となく彼が許せた。ドライは知的ではないが、今自分に腹を立てても仕方がない事ぐらいは、理解できる。


 「俺、最近カルシウム不足かな、へへ」


 苛立ちを、誤魔化して、再び中へと戻る。


 「そうかもな」


 オーディンも彼の悲しさに合わせ少しだけ笑う。


 中に戻ってきたドライを見て、一番驚いたのは、ローズだった。いったん怒りにまかせて出ていったドライを、引き留めるのを不可能なことを知っているからだ。それに頭が冷えると、どこかで突っ立っているのもドライだ。

彼はそういうどうしようもなく子供じみた部分がある。


 「さぁ、話を続けてくれ」


 長老が再び話の仕切り直しをする。


 「現在色濃くシルベスターの血を引いていて、私たちが知っているのは、オーディンさん、シンプソン様、それにローズ=ヴェルヴェット、貴方もです。きっとまだ他にもいると思います」


 ノアーの説明は実に淡々としていた。この事については可成りの事情を知っているようだ。彼らの命を狙っていたことから、そうでないとおかしいのだが、話が大きすぎて、彼らには、少し着いて行けないものがある。


 「え?私もなの?」

 と、ローズは緊迫感のない声で、しきりに自分に指を指し確認をとる。ノアーはこれに対して、コクリと頷く。


 「では、私のために多くの市民の命を奪ったのだな、それに……、いや……、何でもない」


 オーディンは、ニーネやセルフィーの事を、口にしかけたが、個人的な感情に走ってしまいそうだったので、その言葉を飲み込んだ。


 「はい、今となっては、本当に、ああ……もうダメ!!私どうすれば……」


 淡々としていた彼女だが、現実を直視し、自分は取り返しの着かないことをしたのだという事に気が付くと、もう止めどなく涙があふれ出す。手で顔を覆っても、その涙は抑えられない。


 此処に女の涙に弱い男が二人居る。いくら目の前の女が、自分の大切なものを奪ったと知ってはいても、やはり女なのだ。自分自身を責めた彼女の態度に弱ってしまう。ドライに至っては、感情にまかせて怒鳴り散らすことも考えてはいたが、何も言えなくなってしまう。


 だがシンプソンは違った。ノアーの肩を抱きながらも、彼女の犯した過ちを責めない代わりに、優しく話を先に進めるよう、囁く。


 「さぁ、今は泣いている時ではありませんよ。これが今、貴方が出来る精一杯の事です。では、なぜ悪と知っていながら、黒の教団に、力を貸しているのですか?」


 女の扱いには不慣れな、シンプソンだったが、今はなぜか彼女の涙を自然に拭いてやることが出来た。彼の胸の奥には、彼女を責める気など全く皆無だった。だが、事実は事実なのだ。


 「それは、私がクロノアール、つまりもう一人の、魔導師の血を、次いでいるからです。それに黒の教団は、悪などではありません」


 「じゃが、現に伝説では……」


 ノアーの説明に反論しかかったバハムートだったが、ノアーはすぐに、涙を拭いながら、それに答える。


 「いえ、黒の教団の目指すものは、本当の隔たりのない平等……、ですが、伝説に残ったのは、それを利用し、無秩序に殺戮を繰り返した悪しき者の行い。汚された伝説……、あの方は、それ以上は仰ってはくれません。ただ、風のように囁くだけです」


 「あの方とは、クロノアール。つまりもう一人の魔導師の事じゃな」


 バハムートが整理のために、確認をとると、ノアーはまた頷く。


 「あの方の崇高なる願いを叶えるためには、蝕む者を悉く根絶やしにする。大司教が、そのために私を……、私信じてました。本当の平和のためなら……、何だって出来る。でも、私……、間違っていたのですね」


 黒の教団については、取りあえず纏まった話は終わった。だが、やはりレヴェルが違う。古に思える時代の話を蒸し返されても、実感がわかない。


 「ナッツェの野郎は、どうなんだよ」


 ドライは、自分たちが出会った最初の黒の教団の男の件を持ち出す。


 「彼は……間違いでした。少しでも強い影響力のある人間が必要だったのです。私たちの考えに共感してもらうために……、しかし彼は力を手にすると、すぐにその本性を現したのです」


 ドライは、そうだろうと思う。ナッツェがなぜ、彼らを知ったのか、そんないきさつは聞いても、話のスパイスにもならない。この世界には、いろいろなつながりが存在する。ナッツェについては、ノアーの話もこれ以上は進みそうになかった。

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