第1部 第3話 §8  黒装束の女 Ⅲ

 この話を聞いた長老とバハムートは、今日の所は、これで帰ることにした。要は、どういう状況だったのかを、聞きに来たようなものだ。その後、ぐったりとした彼等も、部屋に戻ることにした。直後、ローズとドライは、ベッドを共にしていた。ドライが珍しく寝付けないでいる。天井を、ぼうっと眺めていた。


 「どうしたの?満足できなかった?」


 と言って、ローズが、もう一度彼の胸の上に、刺激的に抱きついてきた。何度も首筋にキスをし、彼を誘ってみる。


 「ん?ああ、一寸な」


 何とも気のない返事だった。彼女を軽く抱きしめ、自分の胸の中に、彼女の顔を沈めさせた。彼が夜を思考に費やすなど、あまり見られないことだ。彼と夜を共にして、この様な素っ気ない様子は、今回が始めだった。


 「何よ。素っ気ないわね、今日は、ノリが悪いよ」


 少し鼓動を高鳴らせたローズの指先が、ドライの一物に絡み、催促する。


 「ち、贅沢な奴……、何回イケば、気が済むんだよ」


 と、ぼやきながらも、再び彼女を抱き始める。野暮ったく考えるのを止めにしたのだ。明日は明日の風が吹く、と言ったところだ。それが彼の今日までの生き方でもある。


 だが、眠れない夜を過ごしているのは彼だけではなかった。オーディンもその一人だ。彼が星空しか見えない窓の外を眺めていると、一人の少女が、ノックも無しに、彼の部屋に入ってきた。


 「ジョディ、どうした?ホラ、冷えるぞ、こっちにお入り」


 オーディンが、ジョディを見つけると、彼女を自分のベッドの中に、誘った。彼女は、時々皆に内緒で、オーディンのベッドに潜り込んでいた。互いに特別扱いは、良くないことをし知りながらも、これを良しとした。オーディンにして見れば、ニーネと結ばれれば、何れ彼女のような、子供が出来たに違いない。そう思えて仕方がなかった。ジョディにしてみれば、父親に似ている彼に甘えたかったのだろう。


 「最近、変なことばっかり起こるね、怖いよ……、ローズも帰ってきたのに……」


 彼女の言いたいことは良く解った。せっかく賑やかになりつつあるのに、その頃から、シンプソンを始め、皆の顔が、何となくさえないのだ。特に今日はそうだった。村中騒ぎになるし、皆、今まで以上に疲れ切っている。それに子供達には、理解できない話ばかりしているのだ。不安にならないはずがない。


 「大丈夫、何も不安がることなど無いさ……何も」


 ジョディを胸に抱きしめ、不安をその胸に、押し込めるようにして、眠りにつくオーディンだった。彼は何も考えたくなかった。だがその性分上、考えずには、いられなかった。


 それからもう一人、いや、二人、寝付けない人間がいた。もう一人はシンプソンな訳だが、彼もまた、ベッドの上で、疲れを癒しているのだが、モヤモヤして眠ることが出来ないでいる。そんな彼の部屋の扉を、静かに、彼にしか聞こえない音で、ノックする音が聞こえた。夜遅い時間だ。


 「誰です?」


 戸を静かに引き明け、その正面に立っている人間を見て、彼は驚く。何故ならそこには、ノアーが立っていたからだ。立ち話も変なので、一応部屋に通すことにした。彼女はしずしずと、部屋の中へと入る。それから、積極的に、ベッドの上に座る。だが、シンプソンが驚いたのは、それだけではない。彼女は黒のネグリジェを着ているのだが、あらぬ部分のシルエットまでスケスケに透き通っている。シンプソンはこの時点で、沸騰しそうに、真っ赤になっている。


 「さぁ、お座りになって下さい」


 「え、ええ」


 彼女と初めてあったとき、初めて彼女の横に座ったときも、ベッドの上だった。ベッドは何かの縁なのだろうか?シンプソンは、顔を赤くしながらも、ノアーに逆らえずちょこんと大人しく、横に座る。だが、視線が合わせられるわけがない。そっぽを向いたままだ。


 「シンプソン様、話をするときは、相手の目を……」


 「そ、そうですね」


 と、ノアーの手に介添えられながら、彼女の方を向く。そのころになると、沸騰が飽和に変わっていた。しかし、一応眼と眼を合わす。ノアーの瞳が、クルクルと変化しているのが解る。どうやら、ただ話し合いに来たわけでもなさそうだ。それ以上の思惑があるのが解る。ノアーは、シンプソンと目が合うのを確認すると、ゆっくりと話し始める。


 「実は、大司教は、私の姉なのです」


 「何でですって?!」


 一瞬だが、空気が正常に戻る。シンプソンは、これに乗じて、この怪しい雰囲気を打開しようとするが、ノアーが、彼の胸元に手を付き、より間を詰めてきた。


 「しっ!話を聞いて下さい。彼女は私など比べものにならないほど、強力な魔力を持っています。今から考えれば、彼女は異常です。あの方の意志をはき違えています。誰かが彼女の暴走を止めなくてはなりません!ですが、もし皆が、彼女を私の姉と知れば……、きっと彼女を止めることが、出来なくなってしまいます。でも、あなた様だけには、真実を!!」


 彼女は、明らかに死を持ってでも姉の暴走を止めてくれと言っているのだ。その瞬間酷く思い詰めた表情を見せる。それからもっと彼に強く縋ってみせる。だがシンプソンには、彼女の肩を抱いてやるのが精一杯だ。勿論彼が誠実であるのは言うまでもないが、彼はこういう雰囲気が、元来不慣れだった。いわゆるあまりパッとした人間では無かったせいだろう。考えれば、本当に個人の欲望の選択をされたのは、これが初めてではないだろうか?だが、そこはやはりシンプソンだった。


 「さぁ、自分の部屋に戻って、ゆっくりお休みなさい」


 かなり照れの混じった声で、すっと彼女を引き離す。強引でも強制でもない。が、彼女はシンプソン彼に逆らわず。離れることは離れた。だが、視線を合わせたまま、首を横に振る。彼女の視線は、彼を完全に釘付けにしてしまった。彼女の視線は、自分を奪って欲しい、そう感じられるほど、潤んでいる。


 「いっ!?い、い、い、一緒に寝るだけですよ?変な期待はされても、無駄ですよ」


 と、掌に汗をにじませながら、声を震わせて言うと、彼女の方もそれで手を打った感じで、クスクスと笑い、俯いた。それから小さく頷いてみせる。


 シンプソンは、今にもぶつぶつ言い出しそうな顔をして、ノアーをベッドに導き、自分の胸を貸してやる。彼女は、シンプソンの胸に顔を埋めると、そのまま速攻で、眠りについてしまう。可愛らしい寝息が聞こえてくる。シンプソンはその時、彼女のしたい事が少し理解できる。彼女は彼とどうなっても良い反面、彼の側に居れさえすればよいのだ。


 シンプソンは、逆に強引に貞操を奪われるのではないかと、変な不安があったが、それもないのでほっとした。いわゆる心の準備が出来ていないという奴だった。ついでに、彼はこの晩一睡たりともする事が出来なかった。ドライとローズとは、対照的な二人である。

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