第3部 第2話 §13

 時間はやがて朝食を食べる時間帯にふさわしくなり、一同フィアが作った朝食を食べることになる。ローズとドライ、ミールとエイルのペアが、定時に姿を現さなかったのは、語るまでもない事実である。

 彼らが、朝食を向かえたのは、正午まで半時とその半ばほどの時間を余した頃だった。

 「んふふふふ~~んふふ……」

 と満面のご機嫌で、朝食をしていたのはローズである。鼻から息が漏れたような笑いをずっとしている。

 朝食はやはりフィアが用意してくれる。

 少々ローズの笑いが気味悪い。エイルは少しひいているが、ミールにはローズの笑いの意味がよく解る。お互いいつも以上に、充実した時間をパートナーと分かち合えたのだ。

 「んふふふ……」

 ミールも同じように、思い出してエイルの腕にすり寄って、愛想している。

 「よ……よせよ」

 そうはいっているが、照れて頬を赤くして少し引いてみるが、決して引き離したりなど、できようはずがなかった。

 「いいじゃん……いいじゃん!」

 嬉しさが次から次へと湧き出て押さえられない様子だった。

 ドライは何事も無かったように、済ました表情でスープを飲んでいる。

 ローズも若者に負けじと、自分達の熱々ぶりをアピールするため、ドライの腕にからみついて、頬ずりをしてみせる。

 ドライは、わざとローズと絡んでいた腕を自らほどくと同時に、彼女の方を抱き寄せて、胸元に彼女の頭を引き寄せて、肩を抱き落ち着かせる。

 オーディン達は畑仕事だが、シンプソンだけがやがて戻ってくる。

 戻ってきたシンプソンが、すぐにキョロキョロとドライ達を探す仕草をする。当然二人はリビングにいる。たやすく見つけると。

 「済みません。そろそろ戻らなくてはいけなくなりました……」

 シンプソンは笑顔だがそこから残念さが溢れてならない。目尻に別れなければならない残念さがよく現れている。これが今生の別れと言うわけではないというのに、である。

 「そっか……、街まで送るぜ」

 ドライは、ローズの頭を撫でながら、席を立ち上がる。食事はほぼ済んでいる。

 「でも……」

 シンプソンはこういうときに遠慮をしてしまう。相変わらずである。

 「気にすんな」

 ドライは、そう言いつつローズの頬に、お出かけのキスをする。暫くこうしたケアをいつも以上に意識して行うつもりでいる。

 「行ってくるぜ」

 ドライは、もう一度ローズと唇で挨拶を交わす。

 「あっと、畑仕事忘れんなよ」

 ドライは序でに、エイルに釘を刺しておく、別にこき使うわけではないが、彼がそれについてあまり好ましくないと思っていることは、間違いのない事実である。ドライの口調には棘はない。

 「解ってるよ」

 決して素直ではない、ツンとしたプライドのあるエイルの返事。互いに視線を合わせることはなかった。そこに彼の携帯電話が鳴る。

 「バイト先からだ」

 エイルは携帯電話を取ると、何だろうと、用件に耳を傾けることにする。

 「……え、でも……そう……ですか。はい……」

 エイルは、元気なく、電話を切ってしまう。

 「どうしたの?」

 ミールは、先ほどまで頼もしく思えていたエイルが、急に気力無く、疲れた様子で肩を落としたことが気になり、少しイライラしながら、電話をズボンの後ろポケットにしまい込んだ、エイルの顔を、正面から覗き込んだ。

 満面の笑顔でドライを送り出したローズも、その空気が気になる、フィアと共に、エイルの様子をうかがう。

 「昨日のバイトのローテーション。俺と……グラントだったよな。今朝はお前とフィア……」

 「あ……いけね……さぼっちゃった……」

 フィアは今になって思い出したように、マイペースにバツが悪そうに、天井を見つつ、後頭部を軽く撫でる。

 「結局こっちの方が、楽しいってことよね……」

 ミールは、解っていた。もちろんエイルも解っていた。ここが楽しいと言うことではなく、仕事をさぼっていたことをだ。

 「俺等クビだってよ。もう来なくて良いって……さ」

 エイルはため息をついて、項垂れてしまう

 「え~~!?」

 「うっそ~~……」

 ミールと、フィアが立て続けに声を上げてしまう。確かに無断欠勤をしたことは、責任感に欠ける行為だが、いきなりの通告だった。

 「あんた達……なんでそういう大事なこと……最初に言わないのよ!」

 ローズが、段取りの悪い彼らの頭を、順に乱暴に撫でてゆく。

 「大使オーディン=ブライトン。賢者シンプソン=セガレイが、目の前にいたら、イーサーじゃなくても、バイトどころじゃないよ……。」

 だが、結果として取り返しの突かない事態になってしまった事に対して、右掌で目を覆い、天井を仰ぐエイルだった。

 確かに、ローズやドライにとって彼らは友である、再会の喜びはあったが、彼らのように一生に一度だという、感覚ではない。自ずと優先順位は異なってくる。

 「ドライ……もう少し、スピード落としてくれません?」

 ドライとシンプソンは、一路街へと向かっていた。ドライの後ろにへばりついたシンプソンが、少し臆病に言う。

 「何言ってんだよ。飛んでるより遅いだろうよ……」

 「……なんですけどね。慣れなくて……ハハハ」

 「ハハハ……相変わらずだな。おめぇもよ……」

 一見して、ドライの笑いは乾いたもののようだった。だが、ホッとしているのが、その心情である。

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