第3部 第2話 §12

 八つ当たり気味のドライに畑仕事にかり出された男共をよそに、女三人は、畦に腰を下ろして、朝食ができあがるまで、それを眺めている事にする。

 リバティーがフィアの横にいるのは、夕べの食事の盛り分けの時に、彼女に好感を持ったからである。現金な移り身かもしれないが、リバティーがずっとギスギスと、イーサーに当たっていたというのに、フィアはそれを丸く受け止めていたのである。尤も事の発端は、イーサーにあるのだから、彼女等がリバティーを警戒することは、筋違いなことだ。それでも仲間贔屓というのもある。そのために物事の判断が偏る傾向が多いのが普通だ。

 フィアもあまり多くを語るタイプではないため、イーサーやエイルのように前に出て見えないが、リバティーは食事を盛り分けてくれたその姿がとても印象的だった。

 「なんか、ママっぽくないなぁ……」

 と、リバティーは、いつも余裕を持ってドライを掌で転がし気味のローズが、子供のように拗ねて、自分だけさっさと家に戻っていってしまった事に対して、出来る限りその行動を理解しようとしている。

 「そっかな?」

 いっぽう短いつきあいながら、フィアはローズらしいのでは?と思ってしまう。

 大使という肩書きを持つオーディンに対しても、遊びの片づけをしておけと、言い放って去っていてしまったのだ。

 彼女らの並び位置は、向かって左から、ミール、フィア、リバティーの順番である。

 「絶対あの二人感悪いって……」

  ミールは、不慣れな鍬を振るうオーディンと、八つ当たり気味に地面を掘っているドライを指さす。

 一見何も聞こえないふりをしていたドライだったが、今は何かにつけて、目敏くなっているため、かすかに小耳が動く。

 ドライの横では、無理矢理付き合わされているエイルがブツブツとぼやいている。何かにつけて、ドライに酩酊しているイーサーに付き合っているのだ。

 「アンタ、一寸女の教育たんねぇんじゃねぇの?」

 「ウッセェ。ガキが生意気いうな……」

 確かにこの場に置いては、そう思える節がないでもないが、それは違うのである。ローズは上手にドライの心を調整してくれているのである。今回だけは少し勝手が違っているだけだ。

 相変わらず間抜けなイライラ状態が続いているドライだった。

 それをよそに、ミールが地面に構図を書き始める。

 それぞれ野頭文字を取って、ドライを「D」、オーディンを「O」、ローズを「R」と書く。

 「何となくウチ等と似てるんだよね。うふふ」

 と言いつつ、明確になりつつある、自分とエイルの仲をふまえつつ、照れ笑いしながら、まずそれをぐるっと囲む。

 リバティーが、フィアの横から、ミールの横へと移動して、彼女の構図を覗き込む。

 「此奴……強いのよ。今ならまだどうにか追いつけるかなぁって、みんな思ってるんだけどね」

 ミールはドライを指して言いつつ、次にイーサーを指さす。そして次に自分達の頭文字を地面に書き始める。

 そして、イーサーだけを輪の外側にはずす。

 「言葉で言えない悩みとか身体でぶつけたいときに、此奴がこの枠に外にいて……」

 そうして次に、エイルの文字を指さす。

 「私がまだこの中だったら……悔しいよね……私はこたえてあげられない……」

 エイルが行動における洞察眼が優れているなら、彼女は心理描写を推察するのが得意のようだ。恐らく自覚はしていないだろう。

 三人が集中をほどくと、目の前に誰か経っていることに気がつく、逆光だったようだ。彼らの影は出来ていない。

 立っているのは、ドライとエイルだ。お互い何か気になる節があったようだ。

 「部屋……借ります」

 と言うと、エイルは、真面目な顔をしつつ、顔を赤らめながら、ミールを簡単に抱きかかえて、ズカズカと歩き始める。

 「ちょっと!エイル!」

 彼の変貌ぶりに、予想以上に大胆な行動だ。一同呆然としてしまう。

 「あぁ、俺もちょい、野暮用思い出した……、オーディン……後頼む」

 ドライも気後れた後に、天気の良いそらを長めつつ、一つ浮かぶ雲のようにぼそりと呟いて、仕事放り出して、家に戻る。

 「おい!ドライ!」

 オーディンは、仕事をしつつ、ドライを目で追い、また放り出されたドライの鍬を見やり、再度ドライを見る。まるでどうしようもない二者択一を迫られたように、慌てふためいているオーディンだった。

 オーディンは後始末を押しつけられた格好になってしまう。

 「じゃぁウチ等も、戻ろうか」

 フィアがおしりを叩きつつ腰を上げる。

 「おい……フィア……」

 なんだか、置いてきぼりにされたように感じたグラントが、手を伸ばして少し縋ってみるが、フィアはリバティーを連れて、戻っていってしまう。

 それには、理由が二つあって、そのうち一つは彼にも理解できるが、もう一つは理解できていない。ただ彼が解るのは、ミールがいなくなって、エイルもいなくなって、半数以上が家に戻ってしまったという事だけである。

 男だけになってしまった畑に、オーディンのため息が広がる。

 「君らも戻って良いぞ。後は私がやっておく」

 と、オーディンは言う。止まっていた手が再び動き出し、着実に地面をならしてゆく。

 だが、それぞれの言い分で、どうもそうし難い気持ちがあるのだった。

 シンプソンは、半分苦笑いに近い笑みでこういった。

 「付き合いますよ」

 水くさいことは、言いっこなしだと言う意味と、ドライだから、仕方がないという、意味が含まれている。

 「あ。俺も良いですよ。気にしないでください」

 グラントは、畑仕事というのが、気に入っているらしい。

 「早く全部耕して、アニキに認めてもらわねぇとな!」

 イーサーは、人一倍力を入れるのだった。昨日自分達が耕した部分を荒らされたことを、あまり気に留めていないようだ。

 それ以上にドライとオーディンの人知を越えた戦闘に胸が躍っている。今までレベルが高いと言われる剣術家には、あまりピンと来なかった彼だが、二人は彼にすごいと感じさせている。

 今の彼は、リバティーの件で痛い目を見ているのもあって、前以上に前向きに物事を考えるようにしている。

 「なんだ?そういう約束なのか?」

 「アニキが、見える範囲耕したら、剣を教えてくれるっていったんだ」

 イーサーは、気合いを込めてバリバリ働き始める。

 厳密に言うと、ドライは考えても良いと言ったのであって、約束をしたわけではない。オーディンはそのことについてピンと来る。

 「そうか」

 ドライは、別に彼らの根性試しをしているわけではない。ドライ自身が考える時間がほしかったのだろうということが、オーディンには解った。

 だが、ローズがなにやら耳打ちしていることまで、オーディンには解るはずもない。彼女の考えは、至極シンプルだ。若い労働力のスカウトである。

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