第3部 第2話 §11


 ここで、漸くドライが攻撃に転じ、オーディンとの間合いを広げる。

 そして、オーディンが構え直す瞬間。ドライは意識を集中し、戦意を高める。

 すると、瞳の色が赤から銀へと変化し、身体が白く光るオーラに包まれる。そのエネルギーは、周囲の空気を振るわせ、オーディンとローズの肌を振るわせる。

 シルベスターモードになった、ドライが前に歩み始めると、彼のオーラに巻き込まれた土が宙を舞い、無重力状態に陥ったように、周囲に漂う。そしてすぐに塵と化し、無に還る。

 「せい!」

 ドライが軽く剣を下から上に振り上げると、とてつもない衝撃波がオーディンを襲い、彼は空気の壁に刎ねられ、錐揉みながら彼方後方にはじき飛ばされる。

 「ローズ!」

 このとき、その一撃でオーディンが気を失ったと確信したドライは、ローズにオーディンのカバーに回るように、指示を促す。

 言われなくてもローズはそのつもりだ。

 飛翔の魔法を唱え、オーディンをダイビングキャッチするために、地面すれすれを飛び、両手を伸ばし、捕獲体勢に入る。

 だが、そのオーディンは、宙で体を捻り、二人の予想外に、着地を決めドライを一睨みする。

 「制御が甘いのではないか?」

 そう言い放ったオーディンの瞳が銀色に輝いている。しかし、ドライのようにオーラがあふれ出ているわけではない。オーディンはその力を、十分にコントロールしているのだ。

 オーディンの側に立ったローズも、びっくりして、目を丸くして放心状態になっているが、ドライは更に驚いている。

 「お前……なんで……」

 驚きと動揺を隠せないドライに対して、オーディンは静かに落ち着いた笑みを浮かべる。予想はしていたが、ドライの驚きは予想以上である。彼はそれに満足しているのだ。自分達をヤキモキさせた、ドライにお灸を据えた気分になる。

 「来るのか?来ないのか?」

 ゆとりを持ったオーディンの笑み。あまりにも憎らしい演出に、ドライは震える。だが嬉しい震えだ。

 「やらいでか!!」

 「ちょ!まってよ!私、一般人だからね!」

 ローズは、慌てて二人から距離をとる。その直後殆ど衝撃波と空気の破裂する音の世界になる。二人がぶつかるたびに、周囲の土が巻き上げられ、せっかく手入れした畑が荒れてゆく。

 だがローズは、感覚を頼りに、二人の戦闘を追うことにする。ぶつかる瞬間に残像を残す二人を追うのだ。

 あまりに激しい爆音に、寝ていた者達を起こす。皆駆け寄るが、そこは音と振動の世界である。

 「ここから先に踏み出さない方がいいからね……」

 ローズは、既に後ろに立っているイーサー達に、そう注意を促す。

 「二人とも、気合い入ってますね」

 何気なくそういったシンプソンだった。彼には正しく二人が見えるらしい。

 「まさか?シンプソンも?」

 オーディンはともかく、シンプソンにも出し抜かれたような、錯覚を覚えたローズは、疑いの眼差しでシンプソンを探り、少し不信感のある、驚きの眼差しで、振り返って、シンプソンを見る。

 「いえいえ……私には、無理ですよ。目は使ってませんよ」

 シンプソンは、走ったために、ずれた眼鏡を整えるために、軽く指先で縁を持ち上げかけ直す。

 そうである、健全な肉体を保持する彼らに置いて、シンプソンは唯一視力が悪い。だが、シンプソンには二人の世界が見えている。彼には視力以上の視力があるのだ。それも年々研ぎ澄まされているようだ。

 「貴方はどうですか?」

 「見えてるわよ……少しずつ……ね」

 ローズは徐々に、二人の動きが見え始めている。それは分単位で進んでいる。10分ほど経った頃には、ほぼ完全にその動きを把握しきっていた。テクニカルな細かい部分で言えば、それは厳密ではないが、二人の動きを見失うことはない。

 より高いレベルの動作が、刺激を与え、さらなる力を導く。

 ローズは、身体でリズムを刻み始める。まるで、何かのタイミングを計っているようだった。

 「ママ?」

 ローズの視線は、昨日ドライと剣を交えた時より、更に鋭さを増している。そして真剣だ。

 「しー…………、一寸待っててね、今すごく悔しいから……」

 ローズは、一流の腕を持つがドライのように、好戦的な訳ではない。今でこそドライも剣を振るう理由を限定しているが、昔はそれ自身が彼の存在理由だったのに等しい。剣を振るうことは、ドライにとって会話の手段の一つなのである。だから、ローズはその会話をしなければならない。オーディンがドライと同じ条件を整えたということは、ローズが理解できない会話を二人が出来るという事になる。

 簡単に言えばヤキモチだ。


 ローズはゆっくりと剣を抜き逆手に持ち、スタンスを左前に、前後に広くとり、体勢を低く沈める。身体を十分に右に捻り、身体のバネを蓄える。

 ドライやオーディンのように、目に見えるオーラではないが、ローズの気迫が、さらなる緊迫感を周囲に与える。

 イーサー達には、ドライとオーディンの動きが殆ど見えないでいる。

 「ローズ?まさか……」

 シンプソンは、鋭くローズの無謀に気がつき、冷や汗を一つ流し、ローズを止めようと、一歩踏み出す。

 「黙ってて……タイミング図ってるから……」

 ローズは一点しか見つめていない。シンプソンはローズの気迫に押され、触れかけた手をさっと引いてしまう。

 他の者はつばを飲み込む。

 その習慣、ローズの気がふくれあがり、周囲にその緊張の波動を伝える。さらなる覚醒が始まったわけではない。あくまで彼女の気迫である。

 ローズは刮目した瞬間。剣で大地を斬ると同時に、蹴り出し飛翔の魔法を唱える。

 「クウォーク!!」

 瞬間的に凄まじい加速をして、宙で剣を右逆手に持ち替え、イメージしたポジションへ地面すれすれに、一直線に飛ぶ。

 そして、着地と同時に、右足を軸に回し蹴りと同時に、剣を振るう。オーディンはローズの左、ドライは彼女の右から突っ込んできている。

 オーディンとドライの視界に突然ローズが現れたのだ。普段こんな野暮な事をするローズではない。

 高速運動していたドライとオーディンが急減速をし、ローズを挟み、互いに剣を向けあい、三人がぶつかる寸前の位置ギリギリに停止する。

 オーディンは、自分より、長い間合いのブラッドシャウトから、回避するためドライの左に回り込む体勢を取っているところ、ローズが逆手に握っていた剣でその首に剣を向け、ドライの首には足の甲を向け、喉をつぶしにかかっている。そして二人の剣をローズの、前後を通り抜けている。

 「あっぶね~……」

 「ふぅ……」

 二人がギリギリのタイミングで、制止が間に合いほっと安堵のため息をつく。

 確かに二人の急所を捕らえているローズだが、恐らくこのまま衝突すれば、消し炭になるのは、間違いなくローズである。恐らくそれはローズも解っているだろう。

 だがローズは、二人が制止することを十分理解してやっていることだ。

 気が抜けたのか、ドライとオーディンの瞳の色が元に戻り、周囲に散っていたドライのオーラも収まる。

 勝負に水を差すのは、ローズらしくない。

 戦意が失われると、三人三用に構えを解く。

 「うら!お前は!消し炭になりてぇのか?!」

 ドライは、剣を背中の鞘になおして、ロースの頭をひとつかみし、ぐりぐりと撫でる。そんなドライはほどよく汗をかいている。多少ながらも肩で息をしている。

 「いや……でも一本取られたぞ……」

 オーディンも驚いて目を丸くしながら、軽く肩で呼吸している。

 「一本……て、おめぇ……」

 確かに、ローズはオーディンとドライの息の根を止める攻撃を決めてきたが、それはあくまでも、通常の攻撃であり、二人には通用しないものである。

 「あ~!もう!悔しいったら悔しい!」

 ローズは急に大声を張り上げ、わめき散らす。

 「んだよ……ったく、例の月一か?」

 吃驚したドライは、思わずローズの頭から手を引いてしまう。まるで手のつけられない子供のようだ。

 オーディンもローズの行動が読めないで、お手上げと手の平を肩口で天に向け、肩をすくめて首を左右に振る。

 「今度真剣勝負よ!いいわね?」

 ローズがドライとオーディンに宣戦布告をする。本当にだだっ子の負けず嫌いのように、わがままぶりを発揮しながら、矛先を二人に向ける。

 「おい……って」

 「あ~はいはい!、遊び終わったら、後かたづけ!以上!」

 ローズはへそを曲げながら家に戻ってゆく。ドライはローズが何をそんなに起こっているのかが理解できないでいる。

 後かたづけ……。

 ドライは周囲を見回す。

 せっかく整えたはずの土地が、穴ぼこだらけになっているのだ。

 「オーディン!」

 「……うむ……」

 ドライも、少しイライラしながら、後かたづけをしだす。

 オーディンは仕方がないことだと諦めて、畑を慣らし始める。オーディンともあろう男が、鍬を握って生地である。ローズの一言は、有無を言わせない鶴の一声だ。逆らうと怖いのは、一同何となく理解できている。

 「シンプソン!それからお前等も!手伝え!」

 ドライは、完全に指で彼ら全員を指して、命令を下す。ローズの癇癪が完全にドライに移ってしまっている。連鎖反応である。

 「酷い……酷すぎますよ。ドライ」

 とばっちりを食ってしまったシンプソンが、ほろりと涙を流す。

 その後、ドライは、畑を耕しなおしながら、ブツブツと文句を言っている。

 「たく……何むくれてんだ……アイツは……」

 納得できないようすで、何度も似たような言葉を呟いているのだ。

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