第3部 第2話 §10

 時は再び進む。時間は翌日の早朝になる。朝靄が残る、夜の肌寒さが少し残る時間帯である。

 デッキに腰を下ろし、立てた剣を抱えて座っているオーディンがいた。服装はここへ来たときの、規律正しい服装である。彼は十数分そこで待っている。

 そして、その相手が大あくびをしながらやってくる。

 「バカヤロウ……、部屋の前で変なオーラ出すなよ……」

 ドライは欠伸ばかりをして、目覚めていない身体を引きずるようにして出てくる。

 そして、戦闘用のジャケットを着込み、背中にはブラッドシャウトを背をっている。コスチュームは彼の基本色であり、好んでいる赤で固められている。ズボンはジーンズであり、黒いブーツである。昔のドライの格好である。そして、ブラッドシャウトを背負っている。

 そして、少し送れてローズが出てくる。彼女も一応剣を腰に据えている。ドライと同じように欠伸をしている。

 「いや……別にレディーにそういうつもりはなかったんだが」

 迷惑を掛けたオーディンが、苦笑いをして二人を迎える。

 「久しぶりだから、付き合ってやるが……期待するなよ」

 ドライはオーディンの誘いに対してあまり乗り気ではないが、それでも足を休閑地に向けて足を運ぶ。とはいうものの、ほぼ目と鼻の先で、昨日イーサー達が耕した場所である。

 「ちょっと……私はいいって?そういう約束は、夜のウチにしてよ……」

 ローズは不機嫌である。眠そうな目でじっとりとオーディンを見つめる。シャキッとしないぶっきらぼうな声が、なお彼女を不機嫌に見せる。

 「いや……本当にすまない。あまりギャラリーが多いのは、ドライが嫌がると思ってな」

 オーディンはみっともなくペコペコと謝るばかりだ。少し調子が狂ってしまう。

 ある程度家から距離を置いたドライは、その気なしに剣を抜き、オーディンを待つ。

 そして、少し送れたオーディンが、ドライと一定距離を取ったまま、ハート・ザ・ブルーを抜く。

 「かかってこいよ……」

 ドライには緊迫感がない。オーディンは彼の本当の力を知っている。ドライから見ればオーディンの勝ちはない。ドライはオーディンと向かい合うとき、手合いなどではなく、全力で消耗したいと思っている。久しぶりなら尚更だ。だが、今やその実力差は測れないものがある。

 その瞬間から、ドライは剣士として孤独になってしまった。強いことに意味を失った瞬間でもある。

 だが、そのドライは一つの事実を知らない。

 オーディンが自分と同じシルベスターの力を覚醒させていることである。

 オーディンは、最初からそれを見せる気ではなかった。だが、ドライの緊迫感のなさが、彼の考えを変えさせる。

 「良かろう……乗り気じゃないお前と戦うことほど、意味のないことは無いからな」

 オーディンはドライに向かって強い殺気を放った。即座にハート・ザ・ブルーに魔力を付与し、その矛先に炎を宿らせる。

 オーディンは、フワリと飛び宙返りを一つ入れ、上空からドライに斬りかかる。ドライが後方にステップを一つ入れると同時に、オーディンは着地し、ドライの着地に呼吸を合わせ、一度上から下へと振り抜いた剣の力を横に逃がしつつ、右周りに身体を捻りながら、遠心力で剣を振り抜く。

 そこから、翼を広げた鳳凰が姿を現し、一見ゆったりとして見えたオーディンの動作とは逆に、凄まじい速度でドライに襲いかかる。距離も至近距離である。

 ドライは、ブラッドシャウトを盾に、その魔力を退けるのが精一杯である。質量のある魔力である。鳳凰は弾き返されるが、再びドライに襲いかかる。

 鳳凰が次の攻撃を仕掛ける寸前にドライは、意識を集中し、アンチマジックシェルを張り巡らせ、それに背中を向け、いつの間にか後方から飛び込んでくるオーディンと剣を交える。

 本気だ。オーディンの目を見てドライは思う。殺さないにしても、間違いなく自分を傷つけることを躊躇わない瞳をしている。

 攻撃を仕掛けられれば、本能的にそれを退けてしまう剣士の性が、ドライに本気の動きをさせてしまう。

 オーディンの気迫は、本当のドライを彼が欲している所から生まれ出るものだ。オーディンが力に目覚めたことを知らないドライは、剣士として生きることをやめ、今の温厚な日々を歩んでいる。

 それはそれでいい。だが、諦めてやめるのではない。満足して剣を置くことが大事なのである。今の自分がどちらなのかは、ドライも解っているはずだ。

 ドライには、オーディンを傷つける根拠がない。本気で戦うことでオーディンを殺すことを恐れている。

 「よせよ!マジで反応しちまう!判ってんだろ?!」

 「ああ!来い!遠慮するな!!」

 オーディンは、ドライを煽る。

 ドライは軽く汗を流す程度のつもりだったのだ。だが、オーディンはどんどんと攻めてくる。耕された地面がどんどんと足形で荒れてゆく。

 「おいおい……」

 防戦一方のドライは、好戦的なオーディンの意図を汲めないでいる。八方から、次々と剣を振るい、ドライの防御をこじ開けようとしてくるのだ。

 「どうした?鈍ったか?!」

 オーディンは炎の魔力を剣に与え続けたままである。彼が剣を振るうたびに、炎が棚引き、熱気が尾を引く。だが、剣は届いても、その魔法の威力がドライに届く事はない。オーディンにもそれは判っているはずだ。彼は全力を尽くしているのだ。譬えその炎がドライの届かなくても、彼の足場を崩したり、視界を奪うことは出来る。二次的な作用には、強力な魔法防御でもどうにもならない。

 「そんなに、オネンネしたいなら、やってやるよ!!」

 ドライの結論である。オーディンの意図は解らないが、彼が何の意味もなく勝算もない勝負に、全力を尽くすには、それだけの理由があるのだ。それが、どんな結末を向かえようとも、オーディンの動作を止めるには、持てる力をだし、彼に答えることしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る