第3部 第2話 §7
「アイツきっとすっ飛んでくるぞ?」
ドライは、笑い飛ばして、慌てながらやってくるシンプソンを想像する。
「酷い奴だよ……お前は……」
オーディンは、呆れて物が言えなくなる、頭痛気味に額を抑えて、ため息を吐く。
ドライが無神経な笑いを部屋中に響かせている中、面白くないエイルが、庭先のデッキに腰を下ろし、どうにか見える街の光を眺めている。当たりはすっかり暗くなっている。街灯も存在しないため、星空もよく見える。町中とは大違いだ。
そこへ、ミールがやってくる。ここ二日ドライという存在に振り回されっぱなしだった。それもまだ続いているが、やっと落ち着いた感じがした一時だった。彼女は、エイルの真横に腰を下ろす。
「素直じゃないね~ホント」
見透かしたような、ミールの笑み。
「冗談じゃない……、良い迷惑だ」
エイルはツンと拗ねる。
昼間の陽気とは違い、日が落ち始めると涼しくなるのが、この土地の気候風土だ。それが少し酔いも醒ましてくれそうだ。考えれば彼らは昼間から酒を飲んでいる。
「アイツ……、もうとけ込んでるよ?」
イーサーは、ドライローズ、とオーディンという凄腕の剣士を間に挟まれてご機嫌である。この前の悪い酒とは全く違うのだ。リバティーは、あまり面白くなさそうだが、ドライが何かと笑い飛ばしてる姿から、目を離し無いのだろう。
エイルは何も言わない。
「羨ましいんでしょ?アイツ何にも考えてないもん。熱血バカだし」
「アイツにしたら、相手が化物でも、すごけりゃ、それでいいんだよ」
妙にイーサーを突き放すエイルの言い方だったが、本当にイヤなら一人で帰っても良いし、抑もずっと共に行動をしているはずもない。
「本当は、ドキドキしてる!」
ミールが目を閉じたまま笑みを浮かべながら、はっきり声に出してそういうと、エイルは身体をぴくりと反応させる。
ミールはそれが図星だと感じると、横目で彼を見ながら、ニッと笑うのだった。
「あの
エイルが、ボウッとし始める、ミールの短い言葉だが、そのたびに核心を突いている。普段一番慌てやすいのは彼女である。魔物の出現の時でも、一番慌てふためいていたのは彼女である。それが彼女の意外性だった。
「目指せ天剣!」
彼女が次に出したのはその言葉だった。元気いっぱいに正面の街明かりを指さし、さながら遠い目標をそこに見立てた。天剣は彼らの目標である。
「来年。頑張ろうよ……剣技大会」
イーサーが悔しさを一番に表していたのだが、エイルも内面は同じである。だが、イーサーに便乗して自分までもが、怒りをぶちまけてしまうと、連鎖反応が起きてしまう気がしてならなかったのだ。気の優しいグラントだけでは、どうにも止まらなくなっただろう。彼は周りがよく見えている。だから、誰よりも自分を押さえてしまう。仲間を思う気持ちが彼をそういう行動を起こさせる。
リバティー襲撃の件は、本当にイーサーの暴走を止められずにいた。自分が情けないと思う面もあり、イライラが募っていたのだ。
「ミール」
エイルは、ミールの頬に手を添え、気持ちを解してくれた感謝の意を込めて、キスをする。本当は頬にするつもりだったが、直前になってミールが正面を向く。
「え?」
エイルは一瞬驚くが、ミールは目を閉じたまま、逆にエイルの頬を取っている。酔っているからかもしれない、酒が冷めていないためだろうと、言い訳も考えるが、思考よりも彼女の唇を奪う時間が少々長めになる。アルコール混じりのピーチフィズの香りがする。
静かになった。少しの間、柔らかなキスに夢中になる。だが、周囲の空気が気がつかないほど集中していたにしては、雑音がなさ過ぎる。
エイルがそれに気がつき、キスをやめるかやめないか……そのタイミングで、室内に振り返ると、ローズを筆頭に、二人の様子を見ている。
オーディンは、咳払いをしてすぐに、そっぽを向いてしまう。グラントは見るどころではない。完全に二人に背中を向けている。
ドライも椅子から離れることはないが、きょとんとしながら二人を観察している。
リバティーは、目を輝かせている。恋愛は少女に多大な好奇心を与える。
イーサーは、完全に思考が崩壊しているらしく、目が点になったまま、突っ立っている。
フィアも驚いているようだ。口がぽかんと開いている。
エイルの洞察眼が、全員を捕らえた瞬間、時間が動き出す。
「エイルぅ……」
ミールは、キスの心地よさが忘れられない。周囲の状況を考えもせず、酔いの覚めない赤く火照った可愛い唇をエイルに差し出している。
「エイル?」
だが、全く反応がないことに気がついたミールは、目を開け凍り付いたエイルの視線の先を見る。
デッキのテーブル越しに身を乗り出して、にっこりとしながら、二人を観察しているローズと、以下全員を見ることになる。
「きゃ~~!!何みてんのよ!変態!スケベ!いやぁ!!」
状況を把握したようだ。顔中が火照り出す。暗闇でもすぐに解りそうなほどに、顔を真っ赤にしてるのだった。恥ずかしさをぶつける物がない。両手を振り回して、一生懸命自分を彼らの視界から消そうと頑張っている。そして、立ち上がり損ねて、庭先に尻餅をついてしまうのだった。
「あはははははは!めでたい事尽くしだなぁ!おい!」
ドライが、笑い飛ばすと、グラントとオーディン以外は、どんちゃん騒ぎに戻り始める。二人を肴にするつもりだ。
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