第3章 第2話 §6


 その時オーディンの携帯電話が鳴る。彼は胸の内ポケットから、それを取り出し、早速通話に応じる。みんなの会話の邪魔にならないため、彼は一度席を立ち、少し離れた場所に移動しようとするのだが、足を止める。

 仕事の用件ではなかったからだ。

 「やぁ、シンプソン。どうしたんだ?」

 そう、相手はシンプソンである。オーディンが、どこかへ行ってしまって、場所を言わないことは、珍しい。運転手には、どこに行ったのかは、伏せるように予め、念を押していたのだ。よてシンプソンも彼の行動を知らない。

 オーディンは、外音がシンプソンに届かないように、電話口に手を宛がう。

 「どこにいるんですか?みんな貴方を捜してますよ?ドーヴァも貴方が戻らないと、気を揉んでましたよ」

 心配そうなシンプソンの声だった。オーディンらしくないと言いたげだった。

 オーディンが何も言わずに行動をして、シンプソンがいる場合は、だいたい二人でいるのだろうと、周囲は思っている。二人の交流は、それほど親密なのだ。尤も彼らからしてみれば、当たり前なのだ。

 「ああ……一寸……な」

 オーディンは、ドライの方に視線を配りながら、シンプソンとの会話を続けようとしたとき、ドライの手が素早くオーディンの電話にのびて、それを掠め取ってしまうのだ。

 「よぉ。シンプソン……久しぶりだな」

 ドライが唐突に名乗りもせずに、電話に出る。

 「おい……ドライ」

 突飛押しもない行動に出たドライに、オーディンの方が戸惑ってしまうのである。

 ドライの電話に、シンプソンは応答できないでいる。あまりに唐突であるため、状況が把握しきれないでいるのである。

 「んだよ。忘れたのか?ドライだよ」

 電話を取ったドライの顔はにやけている。シンプソンの反応を楽しんでいるのだ。電話でどういう状態になっているのか、手に取ったように解る。

 「ドドドっっドライ?!ドライですかぁ?うわ!」

 というシンプソンの声と同時に、何かが崩れる音や、倒れる音がする。そして、電話口の騒々しい声。園生とは、受話器の向こう側にまで届いてしまうのだ。

 ドライは腕の伸びる限り、電話を遠ざけて、騒音から逃れようとする。

 「ったく、相変わらずだな……」

 そう言いつつも、嬉しそうにドライは笑っている。

 ローズも、目をきらきらとさせて、ドライの方をじっと見ている。

 彼らのやりとりに、イーサー達の動きも止まってしまう。

 「たたた……、ドライ。この街に来てるんですか?でもでもでも!」

 シンプソンは感激のあまり舌の筋肉を自在に操れないでいる。

 「バーカ!地図見ろ地図!」

 「地図?……地図、地図……手元に無いですよ!」

 シンプソンは、叫び通しだった。ドライはそのたびに、電話を耳元から遠ざけるのである。

 「今から来いよ!待ってるぜ!」

 と、ドライは強引に電話を切ってしまうのだった。

 「ちょ!ちょっと!代わってよ!!」

 ローズが、既に通話の終えている電話に向かって走り込み、飛びついて、そのままドライを椅子ごと、倒れ込んでしまう。宙に浮いた電話を、オーディンが慌ててキャッチするのだった。

 賑やかだ。リバティーはこんな賑やかなドライとローズは初めて見る。二人が楽しそうにじゃれ合い、すぐにもつれる姿はよく見るが、完全に羽目を外している。

 「ててて、すぐ来るって……、その方が楽しみ多いだろ?」

 「う~~……」

 意地悪で、尚且つ尤もそれらしい事を言われてしまたローズは、悩みのうなり声を上げてしまう。どちらも嬉しい結果に繋がるのだが、好きな物を先に食べるか後で食べるか、悩んでしまうようなものだ。

 シンプソンは、ホテル中に地図を求めた。街の全体図の地図だ。そう、そこには、サヴァラスティア農園の文字が、はっきりと記載されているのだ。

 シンプソンは慌てている、そして、ロビーにいるホテルマンを一人捕まえる。

 大体の場合は、秘書なりを通して行う個人的な事を、シンプソンほどの立場の人間が、一般市民を捕まえて、質問しているのだ。

 特にホーリーシティーが、発展してからは、立場上彼に近づける人間はごく一部しかおらず、本当のシンプソンの一面が、世間に知られることはないが、このときは、本当に、シンプソン=セガレイ一個人に戻っていた。

 「こ!ここ!ここに、住まわれているサヴァラスティアの、住所は?どの家ですか?」

 と、こんな調子で尋ね、ホテルマンに首を傾げられては、次々に話しかける。地図には、サヴァラスティア農園としか記載されておらず、細かい住所などは、記載されていないのである。

 地図には転々と家屋が広がっているのだ。そこに行けば解る人間がいるだろうが、シンプソンは動転してしまっている。そのことに気がつかない。

 「さぁ……ですが。多分近隣に住んでいる方々なら、きっとご存じだと思われますが……」

 ホテルマンの一人が、動転したオーラを放って慌てふためいているシンプソンに、漸く答えてくれる。

 「ありがとう!」

 シンプソンは、彼の手を力一杯握って、ホテルの正面玄関に向かい走りだす。政治に関わる人種で、これだけ俊敏に走り回れる人間は、あまりいないだろう。それくらいの走りっぷりだったのだ。

 それでもシンプソンはドライやオーディンに比べれば、身体能力は、劣っている。だが、それでも、早い。少々のことでは、息も切れないし、本気を出せば、スポーツ選手もお呼びでない。

 シンプソンは、ホテルの正面玄関に出ると、一瞬車を探す。恐らく彼が声を掛ければ、臨時であろうと一分以内で、手配されるはずだが、彼はそれすら、惜しんでいる。

 「ええい……めんどくさい!」

 シンプソンは、ホテルの裏路地に駆け込む。

 「クウォーク!」

 そして、飛翔の魔法を唱えるのだ。一気に遙か上空に舞い上がり、農園の方角を見る。

 「えっと西、西……」

 シンプソンは地図と、街の形状を照らし合わせながら、サヴァラスティア農園の方角を確認する。

 陽は既に暮れ、かすかに夕焼けが向こう側に見える。確かにサヴァラスティア農園は、その方向だ。

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