第3部 第2話 §5
バスで片道一時間の距離にある街だ。バイクで飛ばしても往復に一時間以上は、かかる。ドライとイーサーは、食事やつまみ、酒類の買い出しをし、ドライのバイクのサイドトランクに詰める。
「アニキ、序でにウチに寄ってくれない?彼奴等の荷物ももっていってやんねーと」
イーサーは、本格的に居座るつもりだ。
まぁそれも別にかまわない。どのみち畑仕事はすぐには終わらないし、生活は賑やかな方がいい。
「ああ、いいぜ」
今度は、ドライがイーサーの後ろを走る番になる。二人は進路を南に取る。ドライの家は、街の西側だ。
街の南は、山間になっており、街からはずれると、すぐに小高い丘が二人を向かい入れ、すぐに林になる。
「おいおい……お前等どこに住んでるんだ?」
「へへ……隠れ家だよ。アパート借りる金なんてないしね」
確かに、剣やバイクなどに、金をつぎ込んでいれば、生活費もままならないはずだ。
イーサーが、さらに小道を曲がる。だがすぐに道が途絶える。
「行き止まりだぜ?」
「ここでいいんだよ」
イーサーは、バイクから降りて、胸から何やらを取り出す。それは鍵だ。だが、少々使用方法が、異なるようだ。
「開け!」
すると、今まで林だった風景に、一つの建物が現れる。半径三メートルほどの、円筒形の建物だ。
ドライは、それがすぐに遺跡だと言うことに気がつく。こんなものが、ここにあったと言うのに、アカデミーは何一つ気がついていなかったというのだろうか?だが、どちらでも良い。
次にイーサーが、ドライの方に鍵を向ける。
「認識!」
どうやら、かなり高めのセキュリティーシステムが存在しているようだ。
「へへ、アニキだから連れてきたんだぜ」
イーサーは勝手な信用をドライに押しつける。だが、得意そうだ。驚かされてばかりだった事も、それを手伝っているのだろう。
確かにドライは驚いて、周囲を観察していたが、遺跡そのものが珍しくて驚いているわけではない。しかしイーサーには、その区別はつかなかった。
遺跡の外観は、相も変わらず白い壁面で、鉄なのか粘土なのか解らない材質で出来ている。
二人が、円筒形の建物に入ると、別空間に転送される。
恐らく地下だろう。冷たい青白い鋼鉄製の壁面に廊下。それがまっすぐ続いている。
「部屋は幾つもあるんだけど。奥しか使ってないんだ」
ドライは、一番奥の扉まで来ると立ち止まるが、イーサーは三叉路になっている右を曲がる。
「あ、ダメダメ。その扉開かないから……」
ドライの疑問を察知したかのように、イーサーは答えてくれる。恐らく一寸したガイド気分なのだろう。
ドライは思う。恐らく遺跡の本体はこの奥深くに存在しているはずだ。
エピオニアの遺跡もそうだが、尤も高度な技術を持つ遺跡は、こういう作りになっているのだろう。
恐らく、マリーと見回った地表に残された遺跡の数々は、その末端なのだろう。二人の辿った世界は、まだ表面的なものだったのである。
扉には黄色と黒のラインが、縁取られている。イーサーは完全に遺跡を知っているわけではないようだ。
こうなると、彼の曲がった方向は恐らく在住スペースになっているはずだ。小さな生活には、支障がない作りになっている。
「アニキ!一寸だけ、まっててくれよ!」
イーサーは、それぞれの部屋に入って、適当に荷物を取る。男物はともかく、女物はどうだろうかと、一瞬思ってしまうドライだが、イーサーはお構いなしである。
この位置に遺跡があることも解ったし、イーサーがそのキーを持っていることも、把握した。偶然だが、これはこれで、知っておかなければならない。遺跡とシルベスターは彼らとは切っても切れない存在である。
この場は、何も言わず帰ることにする。楽しい時間を優先するのだった。
家に戻ったイーサーが、散々女性陣に叩かれたのは、言うまでもない。イーサーが変質的な行為に走っていないことは、ドライによって、どうにか証明されたが、それでも彼女らの睨みは、暫く続いた。
「さぁてと、リバティー。ぼちぼちオメェも大人になってきたんだ。俺達のことちゃんと、話してやねぇとな」
ひとしきり食事が済んだところで、ドライがいよいよ本題に切り出す。それまではオーディンが、頭の固い役人に腹が立っている話や。ドライの農園の話しだとか、世界は随分変わってしまったのだとか、そんな話ばかりだ。互いに十七年色々あったのだということ。二人それぞれの思いで話で、花が咲いたのだ。
ポジションとしては、ドライを真ん中に右をオーディンと左にローズがそれを挟み、ローズの横に、にリバティーがいて、あとは純にミールフィア、ドライの正面にエイル、それからグラント、オーディンの横に、イーサーという形になる。エイルの真後ろにテレビがくる形になっている。
リバティーはすこし、座り直す。いよいよだと感じた。一番ドライのそれに敏感に反応したのは、エイルである。ある意味、リバティー以上の食いつきであった。
「十七年くらい前になるか?セインドール島って島が突然、世界に戻ってきた話し……知ってるだろ?」
「うん。世界史で……。それまで海没説が言われてたって話」
世界史の一端をドライが語り、リバティーが答える。
「今は、故クルセイド国王が召還した魔物に埋め尽くされたため、過去の賢者がそれを島ごと封じたということで、世界に知られ、今はエピオニアが、首都となり、ここにいるオーディンが大使をやってる」
ドライがオーディンの方をぽんと叩くと、リバティーを始め、それに対して頷く。それはしている事だ。有名な話である。
「その前、お前はホーリーシティーで、都市防衛隊隊長その前は、ヨハネスブルグの第一級貴族だよな?」
ドライは指折り数えて、自分達、いや、オーディンの過去歴を確認する。
「こら!私のことはいいから、自分の事をはなせ!」
別に本気で怒っているわけではない。確かに少し過去を蒸し返されていることに、肌だがムズムズするだけなのだが、ドライを放っておくと、話がそれそうなので、釘を刺したのだ。
「っと、わりいわりい、お前の方が経歴解りやすいから、つい……な」
一瞬拳骨を振り上げたオーディンに、ドライは反射的に身を躱す。茶化した笑みを浮かべる。
「俺は、警備隊の前は、賞金稼ぎだ。ずーっとな」
確かに、ドライの事を語ってしまうと、それだけで終わってしまう。
「肝心なことを忘れてるわよ……」
「ん?」
ローズが、ドライの方に絡む。そして愛おしそうにドライを見るのだ。
「貴方はマリー=ヴェルヴェットの最愛の恋人……そして私の永遠の恋人……」
「バーカ……」
実はローズは、少々マリーにヤキモチを妬いている。どうしても代名詞としては、そちらの方に分があるのだ。死して尚、名を残すマリーの恋人と言われれば、誰でも驚きを隠せない。
そのネームバリュー以上に、自分がドライを愛しているということを主張したがっているのだ。もっとも、それと同時に、姉が愛した人が彼で良かったと、心から思っている。
ドライが言いたかったのは、単純に自分たちの経緯の発端を言いたかっただけだった。
それは彼らの長い人生の中の一幕であり初めから今の立場で生活をしていたわけではないということだ。初めから、農夫の生活をしている訳じゃなかったのだと、リバティーに言いたかったのだ。
「まてよ……」
エイルがすぐにその事実に気がつく。
普通ならそれが当たり前だった。確かにドライやローズ、オーディンには、不自然な部分は多いのだ。それはリバティーという対象があって、尚明確になっていたことだが、それが憶測から来る疑問ではなくなってしまった。確信を持った疑問だ。
「マリーヴェルヴェットが死んでから四〇年以上は経っているし、ヨハネスブルグが崩壊事件を起こして、それでも三五年は経ってる……あんた等……一体何者だ?」
「オメェが察しつけてる、エピオニア十五傑……だろ?」
ドライは茶化して言うが、確かにエイルはそれについては確信していた。だが、それはドライ達の存在の前ではあまりに小さな疑問であり推測である。
「あんた、自分の両親になんの、疑問もないわけ?」
ちょっと酔い気味になったミールが、リバティーを横から覗き込み、その問題をつつく。
だが、リバティーにとって、ずっとそれが当たり前の環境だったのだ。確かに、周囲からは、二人は年を取らないと冗談で言われ、また周囲も冗談で言っていた。それが生まれてから十七年続いたのだ。今までは、ローズは彼女の自慢でしかなかった。
「ひょっとして……姉御って、おばさん通り越して……ばばあ?……」
どういう訳だか、ドライには振らずローズに振ってしまうイーサーだった。
確かに、ローズの美貌はそれだけで男性を引きつける。その容姿を保った女性が、自分の祖母でもおかしくない年齢と推測される。ひょっとしたら、顔を一枚はがせば、シワシワの老婆が出てくるのではないかと、妙な想像も働いてしまう。
ローズのこめかみの血管がブチリと切れる。握られていたグラスが瞬間にして砕かれてしまう。ズカズカとブーツの踵を床にぶつけながら、イーサーに詰め寄り、力一杯に彼の頭を撫で始める。
「君、今なんて言ったかな?すごく根性ある台詞に聞こえたんだけど?フフフ……」
ローズは、仮面のような笑みを浮かべている。笑みとは裏腹に、イーサーの頭には強い加重がのしかかる。
「いででで!スンマセン!スンマセン!」
まるで首がねじ切れるほどの、握力である。
「まぁ、いっぺんに言っても消化不良になるだろ?追々話してやるよパッと騒ごうぜ!パッとぉ」
ドライは全員に叫んだ後、リバティーの真横に座り、頭を撫でる。
その掌に込められた思いが、リバティーに伝わる。言葉では言い表せないが、不思議とドライと同じ視点で物事が見れたような気がした。
ローズに弄られているイーサー。フィアとミールはそれを見て笑い転げている。グラントはおろおろとしている。エイルは面白くなさそうな顔をしている。
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