第3部 第2話 §3

 場所は再び、サヴァラスティア家に移る。


 「明後日から、もう学校だって……」


 昼の最中、リバティーがつまらなそうに、リビングで寛ぎながらボヤき始める。


 「なぁに言ってるの!事件なんか起こらないほうが、イイに決まってるでしょ?」

 ローズは軽くリバティーの頭を叩く。

 女性陣はお弁当作りだ。リバティーはさぼっているようだが……。


 「姉御!弁当出来たよ!」


 一番ローズに従順なのは、フィアだ。ミールはげんなりしている。


 「よし!男共に弁当を届けて、序でにピクニックといきましょう!」


 要するに、みんなで楽しく食べようということだ。といっても殆ど目と鼻の先の畑だ。


 それぞれ荷物を持つ。クロスだの水筒だの、必要なものをだ。

 ブラブラと外を歩き始めて数分。固まって仕事をしている彼らの姿を、目にすることが出来る。


 「オラ。表面だけ掬ってんじゃねぇぞ。上と下の土を入れ替えるんだからな」


 ドライが一発見本を見せつつ、作業は進んでいる。


 「ドライ!お昼よ!」


 畑中に響きそうなローズの通った声が、ドライの耳に届く。


 「んじゃ、休憩だな」


 ドライは、鍬を担いで、あっさりと切り上げる。

 馴れない仕事をしているイーサーとエイルは、それだけで気が滅入ってしまう。


 とくにエイルは、イーサーに付き合わされている感が否めない。だが、その中でグラントだけは、別だった。


 「土っていいですね!触ってると、なんか心が落ち着いてくるようで」


 と、ドライの後を追いかけて、初めての感触と体感をついつい、話したくなってしまうのだった。


 「ああ全くだ。大陸中耕してやろうか……」


 ドライが言うと、世界征服に聞こえるほどの、迷惑行為に思えるのは何故だろうか?ただ単に農夫としての大きな夢には、決して思えない。尤も、ローズとの手合いを見てしまった後だ。彼がただの農夫では無いことは、十分承知である。


 「て、テメェ!俺をだし抜いて、何アニキと共感してんだよ!」


 焦っているのは、イーサーだ。グラントを責める気はないが、自分が言えないことを、爽やかに言ったグラントにヤキモチを妬いている。


 「ご、誤解だよ……」


 グラントは大きな体をして、本当に気が優しい。イーサーが軽く犬のように吠えそうになっているのに対して、困った顔を浮かべるだけである。


 「そんなことは、どっちでもいいだろう……。俺とお前は、アイツに剣を折られてんだぞ?」


 エイルが、イーサーに肝心なことを思い出させる。

 彼らは別になまくら刀を所持しているわけではない。金銭を貯めて購入した大事なものなのである。


 「そうだよな。IHのローン返済も残ってるもんなぁ」


 がっくりと項垂れる、グラント。


 「予備役の手当に、警備のアルバイト……。まだ増やすのか?夕べだって泊まり込んでる。イーサーお前、夕べバイトだったのさぼってるんだぞ?!」

 ここへ来て、イーサーのドライへの酩酊ぶりに、少し腹に据えかねているエイルだった。


 もう決めたことなのだと、イーサーがエイルに噛みつこうとした瞬間だった。


 「安心しろ!働いた銭は、出してやる!それより飯だ!」


 ドライが彼らに言葉を投げかける。

 エイルの言いたいことは、そう言う意味ではないが、考えを変えれば、ここで働けと言ってくれているのだ。アルバイトとは、訳が違う。だが、この労働は彼らの望む生き方とは、遙かにかけ離れているのだ。

 


 食事中になる。

 


 「そう言えば、もうすぐ剣術大会じゃない?パパも出たら?」

 「興味ねぇよ……」


 リバティーは、働いているドライより、剣を振るう凛々しいドライの方が好きだ。確かにそこには夢現の世界から抜けただした神秘性と強さがある。


 「ママは?」


 だが、ローズも興味を示さない。当たり前に勝ってしまうのが目に見えてるからだ。二人には名誉も金一封も興味がない。リバティーは残念そうだ。


 「そういえば、あんた達はどうするの?見た目イイ線行きそうなのに」


 ローズがイーサー達に話を振る。

 この話になると、イーサーはとたんに機嫌が悪くなる。あからさまにふて腐れてしまうのだった。


 「俺達は、出場停止なんだよ。素行が悪いとかでさ」


 代弁はエイルがする。


 「行いなんていいはずないじゃん!」


 ここぞとばかりに、リバティーが突っ込みを入れる。こういわれるとイーサーはどうしようもない。胸に楔が打ち込まれる。


 「ゴメン!あの時、マジで俺達凹んでてさぁイーサーも、そんなつもりじゃなくて……その、ゴメン!」


 グラントが愛想笑いを作りながら、リバティーに許しを請うように頭を下げて拝み倒す。


 「ドラモンドの息子が、出るんだって。議員のドラモンドの……」


 ミールがそういいつつ、ローズの作った卵焼きばかりをねらい打ちにする。どうやらかなりお気に入りのようだ。


 「んだよ……。そりゃ」


 ドライには、彼らの言っている背景が読めない。だが、胡散臭さ、きな臭さがいっぱいの事情のように聞こえた。


 「ドラモンドは、高校の時からの腐れ縁で、その時から、ウチ等に勝てたことないの。なにせ、此奴こんな性格じゃん?勝つんだ!って、高校の時も、市大会でドラモンドを決勝でね……」


 フィアが、思い出話を笑顔で語っている。しかし今回の件が、残念そうで、寂しそうな顔も見せる。


 「ふ~ん。じぇぁエピオニアの剣技大会にいきゃイイだろ?本場だぜ。レベルも高いぜ」


 ドライはイーサー達がヒヨッコだと思いつつ、その腕前は少々評価していた。だから、オーディンやザインのいる、エピオニアの名前がふと出てしまったのだ。


 「そんな旅費。俺達おれたちゃ持ってねぇよ!だいたい、俺とイーサーの剣は、アンタがブチ折っちまっただろ……その剣を買う金もないんだよ」

 「おい……」


 エイルがついつい、そのことを口走ってしまう。グラントはそれを覚えていた。ドライとローズが、手合わせをして、リバティーも彼らの実力を目にしたが、その話は、まだ解禁になったわけではない。別にドライが怒る様子などもない。


 「ええ?なになに?そんな話し、私知らないよ?!」


 ドライの武勇伝が、まだあるのか?とリバティーは知りたがる。


 「大したこっちゃねぇよ。それより……」


 ドライは、エイルの苛立ちを気にする様子もなく遠方に目をやる。それは農園の入り口の方角だ。黒いリムジンがこちらに向かってくる。リムジンはAMCだ。タイヤがない。


 高価な車を有した来客がある。そんなことはこの方一度もない。殆どの来客は、農業関連か、小作人として働いてもらっている人くらいなものだ。今までの雰囲気とは、大きく異なる。


 「リムジン……ね。誰かしら?」


 リムジンの後部は要人を乗せるために、黒いフィルターで覆われている。外からは、様子が見えそうにない。だが、そのリムジンは、道の脇でピクニックをしているドライ達の近くによると、速度を落とし、ゆっくりと停止するのだった。

 なんなのだろう?ドライ一同暫く何も起こらないリムジンに、緊張する。尤もドライの持つ緊張感と、イーサーの持つ緊張感の意味は大きく異なっており、相手によっては、戦闘もやむなしと思っていたドライだった。なぜなら、魔物を倒した現場を押さえられた相手によっては、彼の力を欲する人間が出てくるからだ。


 ドライ達と反対側の後部のドアが開けられる。


 「ああ、かまわない。先に帰っていてくれ。それとこのことは内密にしておいてくれ」


 聞き慣れた声だ。ローズの瞳の色が変わる。

 持っていたサンドイッチやおかずへいっていた集中力が途絶え、その場に落としてしまう。


 そして、車が通りすぎる。

 そこにはオーディンが立っている。あのオーディンである。それぞれ十人十色の反応を示す。


 「やぁ。久しぶりだな」


 穏やかにゆるんだオーディンの目元、平和そうに座り込んで道ばたで、ピクニックをしているドライ達の姿を見て、彼の顔が一段と穏やかになる。


 「オーディン!!」


 真っ先に飛びついたのはローズだ。懐かしさでいっぱいだった。旧友に会えた喜びが、押さえきれずにいる。


 「よ……」


 ドライが手あげ、自然に挨拶をしてみせるが、やはりどこかぎこちなさがある。


 「やぁ」


 オーディンは飛びついたローズを片腕に抱きながら、ドライと挨拶を交わす。

 残り一同は、慌てた金魚のように慌てて口をパクつかせるだけだった。


 「うそうそうそうそうそぉ!!」


 その中でも過剰に興奮しているのはリバティーである。

 ローズは、もうオーディンにキスの嵐だ。オーディンは、これをやめろと言えない。ローズの愛情表現だ。清く正しいはずのオーディンの顔が、みるみる口紅の跡で埋め尽くされてゆく。こうなると形無しだ。どこの浮気者か、解らなくなってしまう。


 「おら!ローズ。興奮しすぎると濡れちまうぞ!」


 ローズが嬉しそうにしているのを見て、ドライは冷やかし気味に、そろそろ落ち着くようになだめ始める。


 「もうダメかも……」


 こうなるとオーディンも、苦笑いをせざるを得なくなる。相変わらずの二人のやりとりだった。

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