第3部 第2話 §2

 翌日。オーディンは再び現場に足を踏み入れていた。彼の横には、ヨークスの市長がいる。


 「申し訳ない。エピオニアの大使の貴方をこのような事態に巻き込んでしまって」


 市長は非常に沈痛な面持ちをし、状況に息を飲み、そう言った。彼の年齢は五十代前半で、身長は一七五センチほどであり、ガッシリとした体格をしており、十分な風格を持ち合わせていた。


 顔は四角く、鼻が高い。いつも何かを考えているように、まっすぐな眼差しをしている。プロージャの大使も同じような風体をしているが、表情から溢れる真面目さは、ヨークスの市長の方が、何百倍も確かな物がある。元は黒髪だろうが、すっかりロマンスグレーに染まった髪を七三に分けている。背広は濃いグレーが好みのようだ。


 「いえ。市長お気遣いは無用です。個人的にも気がかりな点が幾つもありますので」


 オーディンがエピオニア十五傑だということは有名である。数少ない魔物との戦闘経験者である彼の言葉は、非常に重みがあり、頼もしさがあった。


 他に魔物との戦闘経験者と言えば、ザインやアインリッヒがいるし、無論シンプソンもそうである。要するに、エピオニア十五傑で括られてしまう事になる。


 現場付近は、未だに混乱を来しており、商店主は、避難を余儀なくされるのだが、商魂逞しく離れるわけには行かないと、警官隊に向かって駄々をこねている。

 彼の商店から、現場が確認できるわけではないが、それは目と鼻の先の出来事なのである。やはり安全を考えると、避難して貰わなければならない。


 駄々を捏ねている小柄でちょび髭の中年店主が相手にするのは、学生や教諭など、ごく限られた人種である。ずれたプライドだけが残っているようで、未だに警官を相手に小さな抵抗を試みている。彼が営んでいるのは喫茶店だ。白いエプロンの中心に、ブラウンのティーカップのロゴがあしらわれている。


 「市長。申し訳ないが……少し時間をいただきたいのですが?」


 オーディンは、その商店主が気になる。断りを入れると言うよりも、そうするために市長に声を掛けたといった方が正しい。返事を聞くことも無く、商店主の方に駆け寄るのだった。


 「済まないが、昨日……事件当日。あの時間帯で、この付近にどれくらい人間が通っていたか、解るかな?」


 オーディンは、近寄ると同時に、事の説明もなしに、商店主の肩をつかみ、自分の方に向かせ、そう質問する。オーディンの気は逸っていた。


 商店主は、目の前に居る男が、有名なオーディンだと知り、指を指しながら興奮している。だが、声が出ない。きっと心の中で、有名人だ、知っているぞ!と、懸命に言っているに違いない。目を驚かせて丸くして、興奮で輝かせている。


 「ああ、あぁ知ってるとも。バイク連れの連中がなにやら、揉めながら道の奥へ行きよった。物騒で関わりたくなかったんで、放っておいたが……」


 商店主は熱心に協力的になる。オーディンほどの人間に協力的であれば、それは後々彼の自慢話に出来るのである。感謝の印にサインでもあれば、尚嬉しい。


 「彼らの特徴はわかるか?!」

 「解るとも!なにせ、タイヤつきの珍しいIHだ。ありゃレアだぜ!二メートル近くある大男と、ガキ数人……ガキの方は剣を持ってたなぁ」

 「それは、大男の持ち物か?!IHは……」

 「そうだったみたいだ。なにせタイヤ付きは、それ一台だった」


 オーディンは興奮気味に、商店主を揺さぶる。オーディンの握力が、商店主の肩を捕まえて放さない。


 「その男は、の髪の色は銀だったか?瞳の色は?」


 魔物にすら、怖じ気づかないオーディンが、そのことに執着し、興奮している。ヨークスの市長もオーディンの執着ぶりに、驚きを隠せない。


 「オーディン君。どうしたんだね……」


 市長が漸く、声を掛ける。その時にオーディンが正気に戻るように、はっとする。


 「眼は、覚えてないが、銀色の髪と言われれば、そんな気もするし……、兎に角あのあと、アレだろ?」


 流石の商店主も少し引いてしまっている。


 「も、申し訳ありません……。事件に終止符を打った人物が誰なのか、気になりまして」


 確かにオーディンの言うとおりだ。魔物を退治した人間は、全く名乗り出ようとしない。名乗り出れば英雄である。それをしないのは、無欲な人間か後ろめたい過去を持つ人間か、だいたいがその二通りである。


 市長は少し、その人物を胡散臭く感じるのだった。

 しかし、オーディンが本当に気になるという意味は、そうではなかった。それは市長の捉え違いなのだ。

 オーディンは、電話を取り出す。


 「ドーヴァか?私だ。済まないが数時間、ヨークス市長の警護を……なに?」


 オーディンは、頭の上を見ると、真っ黒な戦闘用ジャケットを着こなし、忍者刀を背負ったドーヴァが、上空から、ひらりと舞い降りる。


 「夕べ呼び出し食らって、さっききたとこや。シンプソンが偉う気にしとった」


 ドーヴァは現在エピオニア、ホーリーシティー二国の隠密部隊として動いている。だが、彼自身はこうして要人の側で動く事もある。


 一癖も二癖もあるドーヴァの笑み。市長から見た彼には、オーディンのように誠実さが感じれない。

 ドーヴァは基本的に、仕事をそうだと割り切ることの出来るタイプだ。オーディンやシンプソンの頼みだと尚動く。だから、市長を警護しろと言えば、彼は苦も無くそうする。


 「ドーヴァ」


 オーディンが、いつも以上に真剣な眼差しでドーヴァを見つめる。


 「どないしてん?」


 ドーヴァは軽い返事を返すが、そういう感じの彼が非常に話しやすい雰囲気を作ってくれる。約束は守るがそれに深く立ち入らないで、自分たちを信じてくれるところも、彼のいいところだ。


 だが、時折本当に無関心なのではないか?と思えてしまう節もないでもない。


 「暫くこの事件で得られる情報は、他言しないでほしい、誰にもな」


 と、くると、ドーヴァの眉がぴくりと動きオーディンを疑う様子を見せる。だがオーディンのことだ。他に得たいものがあるのだろうと、ドーヴァは思う。また伏せておきたい事が有るのは言うまでも無い。


 「解った。はよいけや」

 「済まない」


 ドーヴァはマントを翻して走ってゆくオーディンを、クールに笑いながら見送る。オーディンは警官の一人に話しかけ、そのまま、パトカーに乗る。


 「サ……サインを……」


 遅れすぎた商店主の一言だった。

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