第3部 第1話 §17
ドライは、イーサーの方をチラリと見る。それは彼を観察する意味ではなく、明らかにイーサーを見たのだ。何かを言おうとしていたドライの眼。それはまるで、今イーサーの求める答えを示しているようだった。
リバティーも、驚いている。ドライとは、一昨日の出来事がある。剣を握れることは解っている。だが、ローズをそれに付き合わせようというのだ。それはつまり、彼女も剣を握れると言うことである。
先入観のあるリバティーと違い、イーサー達の驚きは、関心を寄せる程度に留まった。
午前の風がまだ涼しい中、二人は正面玄関の広い庭先に出る。とはいうものの、玄関から一歩足を遠ざければ、そこは、土の道と開けた土地、そして少し離れて、休養を与えられた畑が広がっているだけだ。
リバティー含め、イーサー達は、デッキの端に腰を下ろして、その瞬間を待っている。
ローズは、準備運動がてらに、背筋を伸ばしてみたりしている。ドライの姿はまだない。
「アニキ……まさか、あんな細い女相手に、本気じゃねぇよな」
当たり前だが、イーサーはローズの実力を知らない。
ローズは決して華奢な訳ではない。シュッとした筋肉がついていて、そのスタイルはトップモデルのようだ。だが剣士の体格から言えば、決して隆々とした筋肉を保っている訳ではない。
「またせたな」
ドライが剣を二本担いで現れる。
片方はローズの愛刀であり、通常よりはやや細めのロングソードで、赤くきめ細やかな装飾の施された鞘に収められている。名はレッドスナイパーという。
もう一つは、ドライの身の丈ほどのグレートソード。同じような装飾が施され、幅も広い、化け物のような重量を誇る刀だ。名をブラッドシャウトという。
誰が見ても、その二つの剣は、この世に二本とない剣であることが解る。
ドライがレッドスナイパーを無造作に放り投げると、ローズは軽薄な雰囲気の笑みを作り、涼やかにドライを見ながら、其れを軽々と、左手で受け取る。
。
「全力?」
ローズがそう聞く。
「いや、俺はアンチマジックシェルをつかわねぇ。お前は破壊神クラスの技禁止だ」
つまりサテライトガンナーなどの、環境を破壊する魔法を使うなということだ。
「了解」
ローズは、受け取った剣を腰に装着する。彼女は左利きであるため、剣は右の腰に装着されることになる。
ドライは、鞘を背中に背負っているが、既に剣は抜いた状態だった。鞘もさることながら、そこから引き抜かれた刀身は、鮮血に染まったように紅い。
リバティーは、本当の二人を初めて見る。何が起こるか予測できずに、自ら作り出した張りつめた空気に呼吸が苦しくなる。
〈ただ者じゃないとは、思っていたが……〉
心の中で、それを確信に変えていたのは、エイルである。だが、何のために自分たちの前で、手合わせをする必要があるのか?である。夕べ暫く黙っておけといっていた、その言葉の意味合いが、そこに含まれているのか?果たして本当にそれだけの意味だったのだろうか?
「姉御……かっこいい……」
フィアはローズの虜となってしまっており、その勇ましい剣士姿を見つめると、ウットリし始める。横でそれを見たミールはげんなりとするのだった。
慌て出すのはいつもグラントだ、落ち着きなく、そわそわし始めるのだった。何か悪いことが起こるに違いないという先入観に囚われている。それはいつもイーサーが無茶をしでかしてきたことから来る防衛反応のようなものだ。
ローズが剣を抜く。
ゆっくりとだ。
特に気迫が込められる様子はない。ドライが長身のブラッドシャウトを右腕で、まっすぐ正面に突き出す。
二人は感触を確かめるように、互いの矛先を軽く当て始める。慣らし始めたのはローズだった。ドライの剣の先を右左に軽く弾きながら、ウォームアップをし、ドライはすぐに剣を基点に戻す。
そして徐々に間合いを詰め、刀身同士を当て始め、腕に剣の重さを慣らし始める。どんな戦い方をし始めるのかと思った一同には、少々気が抜けるやりとりだ。
ローズが剣を八の字に回し始め、手首をウォームアップしてから、再度ドライの矛先を左右から叩いて、ドライの防御を揺さぶり始めるのだ。
ドライは片手から、両手で剣を持ち直し、それを受ける。
ある程度剣を受けたドライは、数歩下がって今度は攻め始める。ブラッドシャウトの先端の間合いにローズを捕らえるためだった。
ローズはまだ力の込められていないドライの矛先を左右に往し、先ほどと同じように返しては剣を基点に戻すという動作を取り始める。
「どうなんのかな……」
イーサーは、少し展開にじれ始めるのだった。
このまま、馴れ合ったような手合いを続けるのだろうか?とエイルが思った瞬間。
次第にどこかニヤけていたローズの目と、ぼんやりと雲を見るようなドライの目の色が集中力を見せ始める。
「どうだ?」
ドライがローズに訊く。
「チーズもワインも熟成するけど……、私もそうかもしれないかもね。貴方も……」
「そっか」
現実に少し疲れたようなローズの一言に、それを理解するドライの返事。それは自分達に衰えがない以上のことを、確信させる言葉だった。
二人は、互いの剣の届かない位置にまで、一度下がり一息入れる。
まるで時間が止まってしまったかのような静寂が訪れる。ドライもローズも、気の緩みのない引き締まった表情になる。
「行くぜ……」
「OK」
ドライとローズが、互いに、合図を送った瞬間だった。
二人はあっという間に、その場から姿を消してしまう。
いや、姿を消したのでは無い。強烈に早い動作で、今まで一般的な速度で動きを捉えていたイーサー達の目が、その速さについて行けないのだ。初動からほぼトップスピードで動き回るドライとローズの、ぶつかり合いは、その時点ですでに、人間の動きを超えていた。
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