第3部 第1話 §16
翌朝になる。
「アニキ!俺を弟子にしてくれ!!」
寝ぼけ半分のドライを向かえた最初の一声は、それだった。
土下座ではなかったが、頭を深々と下げ、一階に降りる階段の前で、ドライを待ち構えているイーサーの姿が其処にある。
ドライは欠伸をしながら、今一焦点の合わない目で、目の前の状況をぼうっと眺めている。
リビングでは、猪突猛進なイーサーの病気が始まったと言いたげに、一斉に溜息を吐いた、グラント、エイル、ミール、フィアが頭を抱えながら、リビングで立ちすくんでいる。
リバティー一人は、定位置で、そっぽを向いている。そもそも、彼らが家にいることが面白くない。
「ローズ……」
ドライは、イーサーに何の返事もせずに、彼の横を通り過ぎてゆく。
欠伸混じりで緊張感のない声でローズを呼ぶが、特に用事があったわけでは無く、リビングにその姿が見えないからという、それだけの事だった。ただ、キッチンにいることくらいは解っている。何より自分の起床の知らせと、おはようの挨拶のようなものだった。
ローズは、ドライの声を聞くと同時に、キッチンから顔を出すと、ブレッドとバター、それからハム、チーズ、サラダ、コーンポタージュスープの乗った大きなトレイを、リビングにまで運ぶ。
大人数の食卓だ。彼女はどこかしら機嫌が良さそうである。
「アニキ!」
自分の声を聞き入れられないイーサーは、それでも人なつっこい子犬のように、ドライに纏わり付き、自分に都合の良い返事だけを期待して、ドライの後ろに引っ付いている。
「あ~~、うるせぇ。面倒くせぇ話は後でしてくれよ。腹減ってるんだ。食わねぇなら、全部平らげる」
眠気の取れないドライは、しっしと、手で子犬を追い払うように、イーサーを少々煙たがるのだった。
「いいから、座って座って!」
何より、まず朝食が先だと言いたいローズに促され、イーサーは唯一空いている椅子に腰を掛ける。
一同は、サヴァラスティア家のメインテーブルに着席するのだった。
「それじゃぁ、朝食にしようかしら?」
ローズが仕切にはいると、全員それぞれ腰が落ち着く場所を探して、椅子の上で軽く姿勢を整える。
「ん」
ドライの短い合いの手が入る。
普段なら、別段食の挨拶などない。ドライもリバティーも起床時間が異なるためだ。晩ご飯の時でも、ここ最近はあまり会話がなかったので、そう言うのも久しい。
「それじゃ、頂きますっと」
ローズが軽く手を合わせて、挨拶をすると、各、手が動き始める。
ドライは何気なくテレビのチャンネルを握り、選局してみる。昨日のニュースの続報があるかどうかを確かめるためだ。だが、分析中の事柄ばかりで、全容に進展が見られる情報は皆無に等しかった。
一つ言えることは、あれから事件の再発や肥大化などはないということだ。
何となく気の抜けたドライの表情だが、目は笑っていない。気を抜くわけにはいかないのだ。
「オメェ等、親とか大丈夫なのか?」
今更の話だ。身内ならともかく、ドライはあまり他人の素性に深入りなどしない。彼がその詮索をしなければならないときは、己に深く関わろうとする予感を感じたときだ。
何をすべきかを決めるのは本人であり、彼らの親との交流などに、口を挟む気はない。しかし、彼等の行動に、一つ何かが欠けた物を感じたのだ。
「ウチ等親なしだよ」
ミールがわざと無感情に、サラリと言ってみせる。
だからだ。彼等は自分を追いかけるイーサーの事ばかりに振り回されて、それ以上のことを気にとめる様子を見せなかった。ならば、彼等が身内のことを気に病む必要が無いわけだと、ドライはすぐに、その行動の欠落の原因を理解する。
「ああ、でもノープロブレム!大学には、こっちで行けてるし、予備隊の資格もあんだぜ!」
イーサーは、自慢げに腕をだして、力こぶを作ってみせる。
しかし、ドライは別に彼等の生活を心配しているわけでは無い。どちらでも良い情報である。
「ふーん」
ドライは孤児ということで、シンプソンを思い出す。
シンプソン家の子ども達も、もう年齢的に孫を持ち始めてもおかしくない。年老い始めた彼らは、どうしているのだろうか。
ジョディーは?ボブは?一つ想像がつくのは、今でもきっと、シンプソンを助けているに違いないという事くらいなものだった。
ドライは数分口を開かない。大勢を目の前に賑やかにならないのは彼らしくない。これがオーディンや、シンプソンならば、つまらない日常の話しでも、大げさにし出すのだろう。
「ローズ。後で手合わせ、しねぇか?」
「ん?夕べいっぱいしたじゃない……バカね……」
ローズは、夕べの睦み合いを反芻してしまう。急にモジモジとし始める仕草が、色っぽい。リバティーは、ため息をついてしまう。この二人は底なしだ。でも今なら、ほんの少しだけ、何故ローズが、ドライに首っ丈なのか、解るのだった。
「ばぁか。ちげぇよ。剣だよ」
唐突である。この十六年間握ろうともしなかった剣を握ろうと言い出したのだ。リバティーは、ぽかんとしたローズの表情は見たことがない。ドライのことなら、何でも知っているという、自信に満ちた涼やかな笑みも、遠くにいる彼を眺めている穏やかな瞳もそこにはない。
「ええ、いいわよ」
驚いているためか、ローズの動作に落ち着きがなくなっている。だが、不安や躊躇いではない急にどうしたんだろう?と、それだけの感情だった。すぐに食事のペースを取り戻すのだった。
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