第3部 第1話 §15
ローズの入浴後、どこからか引きずり出されたテーブルと椅子を囲い、ドライの作った豪快な肉料理を目の前にして、フィアだけが切ないため息をついていた。ローズを見る視線が悩ましい。
そのテーブルは、メインテーブルよ小さめで、少し離れた位置に置かれる。テレビ側に向いて、ソファーの左斜め前という感じだ。ソファーは、テレビとメインテーブルの延長線上にある。サヴァラスティア家のリビングは広い。
〈食ったな……こいつ〉
ドライは心の中で呟く。流石に少し引いてしまう。
ローズは肉食動物の食後を彷彿とさせるように、少しぺろりと舌舐めずりをして、ドライを見る。後にも先にもローズをリードできる女はニーネだけなのだろうというのは、ドライの評論である。
風呂上がりのフィアが溜息を吐く度に、彼女の身体に何が起こったのか気掛かりなイーサー達だったが、どうやらそれは文章に出来そうもない。
それはさておき……。
この日は事件の詳細が気になるためか、テレビが消されることはなかった。
上品なアジア風の黒髪女性アナウンサーが落ち着いたトーンでニュースを読む。
「えー。本日十八時。正午過ぎに発生した事件の調査するため、レイオニー=ブライトン博士が、ヨークスの街に急遽来訪されました。まだ詳細はつかめていない模様です。映像をご覧ください」
激しいシャッターの切られた光の中、レイオニーが記者囲まれている。彼女はヨークスのアカデミー支部の前で、立ち往生する形になっていた。レイオニーは麻で出来た丈夫なズボンに上着といった出で立ちで、探検家を思わせる様相である。
成長したレイオニーは実に知的で鋭い目をしている。そんな映像を見ながら、いい女になったと、ドライは思う。
「魔物の肉片を検証はもう済まされましたか?」
緊張した男性記者の声が、レイオニーに質問を投げかける。
「残念ですが、殆どの肉片が破損していて、分析には時間がかかりそうです。軽はずみな解答は控えたいと思います。それでは……」
レイオニーが短い会見を終え、煩い記者から強引に逃れようと、強引に前へと歩き出すが、殆ど解答になっておらず、記者は騒ぎだし、烈しいフラッシュを浴びせながら、さらにレイオニーを囲もうとするが、次の瞬間、全員退いてしまう。
「天剣だ!」
イーサーが興奮してテーブルを叩き、前のめりでテレビにかじりつく。
だが、彼が現れたのはほんの一瞬で、あまりスクリーンには映り込まず、すぐにクーガに乗り込み、その場を走り去ってしまうのだった。その時のクーガは、本体のみで、後方のシェルは連結していなかった。
確かに一瞬テレビに映し出されたのは、サブジェイだ。
映像では解らないが、サブジェイがレイオニーを守るために放っているオーラは尋常ではないのだ。静かな面持ちだったが、一般人にそれを悟らせてしまうのだから、とんでもない気迫である。
「威圧しすぎだ……バーカ」
ドライは、ついつい嬉しそうにぼそっと呟いてしまうのだった。
その声を聞き逃さなかったのはエイルである。遠く懐かしそうなドライの視線。嬉しそうな口元。平穏とは違う穏やかさが彼を包む。そしてテレビを見ているローズの視線も、穏やかになっている。サブジェイの様子を見ることが出来たドライが、同じ思いに浸るローズの肩を抱く。
サヴァラスティア家は広い。まるで来客があるのを、待っていたかのような作りだ。客室は多少手入れが届いていないようだが。それでもベッドもある。一部屋にベッドが二つある。結局彼らはそのまま、ドライの家に泊まり込むことになるのだった。
グラントだけが、部屋を独り占めする形になる。
エイルとイーサーが部屋を分けることになった。
「まぁ、アニキが天剣じゃなかったってのは、残念だけど、それでもスゲェことには、かわらねーよ。明日朝イチで、弟子に志願するぜ、俺は」
寝転がりながら、気合いのカッツポーズを作るイーサーだった。もうすっかり惚れ込んでしまっているようだ。
「強ち関係ないって訳でもないんじゃないか?似すぎだ。サヴァラスティア農場。天剣のサヴァラスティア……。謎が多いな。お前の兄貴分てのは」
「いいんだよ!アニキの強さは、本物だ……」
イーサーの熱は冷めてくれそうにない。エイルはそれ以上色々語るのをやめることにした。
一人の青年に惚れられたドライは、愛しいローズを腕に抱きながら、愛の営みを終え、まったりとした時間を過ごしていた。
ローズは仰向けになったドライの胸の上に、しっとりと寄り添い、その胸板を指で撫でている。
「あれはかなりのニブチンだけど、一人鋭いのがいたわね……」
「エイル……か。頭のいい奴だな」
「いいの?あの子すぐに全部理解するわよ」
ローズはウットリとした感覚を身体に残したまま、ドライの温もりを感じている。娘が普通に暮らし、農夫としてのこの生活も、ローズにとって悪いものではないし、オーディン達との勇ましい日々も悪いものではない。どちらの生活も彼女には、幸せなものなのである。
贅沢を言うならば、平和でみんなと過ごせれば、それが一番幸せなのである。
「いいさ。そろそろ……そんな時期なんだろうよ」
「ふふ……解ったようなこといってるわね」
「流れに任せてみるさ……ちょっと癪だが」
それはシルベスターの求める結果の一つに繋がるかもしれないと言う意味である。だがこのときは、それほど腹が煮えくりかえる事はなかった。この十六年という月日が、ドライによい休養を与えてくれた。
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