第3部 第1話 §14

 オーディンが自分の戦闘跡に訪れているとは、夢にも思わないドライは、自宅に戻っていた。


 二人は庭先のデッキで、テレビのニュースを見ている。

 リバティーもそこにいる。親子三人が違和感なく並んでいるのは、久しぶりだ。テレビの殆どが特番で、地震から魔物出現に大きく表題が変えられていたが、それを誰がどうしたか?などは、全く上げられていない。どうやら、現場は見られていないようだ。


 尤も、イーサーを軽く扱いてやろうと思ったドライが、人目のない場所まで、移動したのだだから、目撃者が居ないのも当たり前である。


 それでも誰かが興味を持ち、覗いていれば別の話……だが。

 怪奇事件として取り沙汰され、興奮したリポーターがカメラに向かって、入れない現場奥を指さして、懸命に変化するはずもない状況をひたすら説明している。


 学校の方も安全を考え、数日は通えないらしい。

 イーサー達も、中のリビングで同じ内容のテレビを見ている。まずテレビが二台もあること自体に、彼らは驚いていた。しかも大型のスクリーンである。


 この時代は、一家に一台テレビがあり、其れで十分だとされていた時代だった。


 「ねぇパパ……いつまで、彼奴等いるの?」

 かなり面白くなさそうなリバティーだ。

 「そうね。夕べ彼らとなにがあったのか、ちゃんと説明してもらわないとねぇ」


 次にローズが、リバティーをジトッとした冷たい視線で見つめる。すると、イーサーは謝るためにリバティーに近づこうとするのだが……。


 「なんにもない!なんにもない!!」


 もう、何かあったのだと解るようなほどの慌てぶりで、大声をまき散らすリバティーだった。リバティーの問題行動を不問にしているのは、同罪であると、ドライの方もしっかりと視線をくべる。


 自分をコントロールできないほどに、酔って夜の公園に屯していたなどと、ローズには言えない。酒を飲むまではよいが、コントロールできないほどの飲酒までは、認めていない。尤も未成年の飲酒自体が法で罰せられるのが、この土地での本来だ。サヴァラスティア家のルールは、其れよりも可成り緩い。


 「あっそ……」


 ローズは、すっと席を立ち、五人が囲んでいるテーブルに顔を出し、ちょうど空いているテレビの前にきて、テーブルの上にドカリと腰を下ろし、身体を捻ってテレビ正面のイーサーの方に身体を傾け、彼の顔をじっと覗き込む。


 「坊や、説明……できるわね?ん?」


 間近に迫ったローズは、本当に美しい。凛々しさがあり、経験の深さがあり、若さもあり、そして程よく大人の女なのである。また獣のような鋭い気配も持ち合わせている。それが自分より遙かに格上の人間であることを、イーサーに悟らせるのだった。


 彼女は何者なのか?そう思ったのはイーサーだけではない。

 だがそんな彼女が発した質問は、ただ単に娘の素行を知るだけの単純なものだった。


 デッキ方面では、リバティーが助けてくれと滑稽な泣き顔をして、ドライにしがみついている。


 「姉御かっこいい…………」


 すっかり惚れているのは、フィアである。思わずテーブルの上にのめり込むように、ローズの顔を覗き込んでしまうのだ。


 「その……俺が悪いんです。娘さんが……悪い訳じゃなくて……済みませんでした!」


 と、やっと謝ることが出来たイーサーだが、まさかその母親に頭を下げる事になるとは、思いもよらなかった。

 

 それにしても、ローズの容姿はどう考えても母親に思えないものがある。少なくとも自分たちより、離れていても五歳程度にしか思えないのだ。

 なのに、その貫禄は外見の若さを遙かに超えているし、若すぎる出産だったとしても、リバティーのみに、人生の大半を費やしたという雰囲気でもない。

 彼女のその仕草は、様々な経験を踏まえた上での、一挙一動なのだというほど、落ち着きを持っている。ギャップが烈しすぎるとエイルは思った。

 

 話は、イーサーの謝罪の流れに戻る。


 実は、ドライが学校裏で魔物とやりあったことは、まだリバティーには伝わっていない。イーサーが事情を説明しようとすると、素行の悪さが暴露されるリバティーがわめき散らすし、リバティーがイーサー達を嫌うと、ローズがその経緯を知りたがり、そして、またリバティーがわめき散らす。話は先に進まなかった。


 とはいうものの、最終的にローズが仕切ったところで、リバティーの素行の悪さがついにばれてしまう。当然説教部屋行きとなる。

 

 リバティーが部屋で、ローズに尻叩きの刑にあっているころ、ドライはイーサー達といっぱいやっていた。

 それはお祭りのような状況ではなく、飲み物としての酒だった。


 「今日の件は、もうチョイ待ってくれないか?アイツは……リバティーは、何もしらねぇんだ」


 相も変わらずニュースしかしていないテレビを見ながらのドライの一言だった。

 その時だった。二階の階段から、足を引きずるようにして、重そうに降りてくる一人の人影。


 ローズに折檻されたリバティーである。

 そのまま、ずるずると階段を下りてくると、殆ど座られることのない、来客用のソファーへと、俯せに倒れ込むのだった。


 その後、ローズが何食わぬ顔をして降りてくるのだった。

 それからイーサーの方に近づき、拳を作って脳天に制裁の一撃を加える。有無を言わせない攻撃だった。顔面をテーブルに叩き付ける結果になるイーサーだった。


 「な!なにすんだ!」


 と立ち上がりかけるが。


 「イーサー!」


 と、彼を戒めたのはエイルだった。するとイーサーは、頭に昇っていた血が、すっと引いてしまう。それは自分に対するお仕置きだ。先ほど謝ったばかりだというのに、それを忘れてしまっていた。


 「人ん家の子供を、傷物にしようとしたのを、これで許してあげんだからね!」

 「はい……」


 イーサーは、僅かに下から睨み上げるローズに、ションボリとして頭を下げてしまうのだった。


 「それから!アンタ達も友達なら、悪いときは止めるくらいのこと、しなさい!」


 もうローズの天下だった。全員頭の上から叱られて、小さくなってしまう。イカした女の顔をしていたと思えば、今度は母親の顔になっている。だが、それが彼女の情の深い面でもある。彼等をただ単に悪者だと決めつけているわけではなく、単なる悪友にはなるなと、戒めているのだ。


 「さて……もうご飯時ね。あんた達も食べてきなさいよ」


 先ほど頭に雷を落とした連中に対して、ローズは晩ご飯の話をしだす。


 「ああ。俺がするわ。お前風呂でも入ってろ……いい肉あったからな。久しぶりに、腕振るうわ」


 ドライが立ち上がり、キッチンの方に歩き始める。

 リバティーは仰天して突っ伏していた顔を表に上げる。彼女が記憶にある限りドライが料理をした事などない。だが、サブジェイと暮らしていたときは、彼もたまに台所に立つことはある。ローズが妊娠中などは、その最たるものだ。


 ローズの顔が嬉しさムズムズとし出す。みんなで騒いでいた頃のドライが戻ったようで、嬉しくて仕方がない。


 「そっか。じゃ任せるわ」

 「あ。お背中流します!」


 焦って立ち上がったのはフィアである。


 「ん?そう?」


 風呂に向かっていたローズが振り返ってフィアを見るが、少し危ない目の輝きをしている気がするのは、気のせいだろうか?なぜかフィア以外の全員に悪寒が走るのだった。まるで悪魔の微笑みを見たようだった。

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