第3章 第1話 §11

 エイルは撤退が正しい判断だと認識しているが、今自分だけが駆けだしたとしても、全員が避難するとは限らない。特にイーサーなどは、ドライから視線を外していないのである。此処で彼を置いて行けず、彼は足を動かせなかった。


 そのイーサーが、ドライの前に出て、左手を化け物に向ける。


 「よせ!テメェのニードルレイ程度の、魔法なんざ、効かねぇよ!」


 ドライは再び、イーサーの前に出る。


 「なんだと?」


 イーサーがドライにかみついた瞬間だった。


 「グダグダ吠えるな!剣貸せ!!」


 ドライが咆哮する。すごい威圧だった。

 声に伴う気迫の波動が、一気に身体を突き抜け、震撼させる。それだけで、イーサーは、浮き足立っていた気持ちも、粋がっていた口も、封じ込まれてしまう。

 ただ、自分を睨んだ赤い瞳だけが、妙に印象づいていた。


 ドライは茫然自失気味になるイーサーの手から、剣を取ると、化け物をもう一度、睨み付けるのだった。

 それからドライが、ふうっと一息吐くと、静まり返った空気がさらに冷たさを増す。決して化け物が放つ霊気だけの、冷たさで無いことは、一同にも理解出来た。


 自分達が慌ててざわついていた空気が静まると、自ずと周囲の状況が理解出来るようにになる。

 学校の高い塀の向こうから、ざわめきが聞こえるのが解る。コンクリートブロックの塀の向こう側は、グランドであるため、互いの姿は確認出来ない状況である。。


 地震に対する避難準備が慣行されているのだ。ただ、自分達の姿が見えなくとも、塀より高い化け物の一部は目撃されており、その不可解な物体に対して、騒めいている様子でもあった。


 間違い無くパニックになる。

 誰しもそう思いながらも、ドライの一喝で、心中が静まり返る中、この異様な光景に対して、妙に冷静になり、周囲の音が聞き取れ、やたらと空気が凪いだ瞬間だった。


 左前に構え、右手を引き、化け物を睨み付けるドライの目が、まるで泉が沸き出でるように、深紅から銀色へと変化してゆく。


 そして再び大地が震え始める。

 それは、ドライの内側から凄まじいエネルギーが溢れ出しているためで、その波動を受けた、小石や塵などが、痺れながら宙に浮遊し始める。


 震撼した空気がイーサー達に伝わる中、ドライは狙いを定めるように、左手を魔物に向け、後ろに大きく引いた件の矛先をゆっくりと剣を右頬まで引き着け、化け物を見据える。


 そして剣もドライに同調するように、銀色のオーラに包まれ始めるのだった。

 隙だらけなほどに、ドライの行動には間がある。だが化け物ですら動けないのだ。ドライの放った気迫は其れほどのものなのである。


 「せい!」


 ドライは、殆どテイクバックのない状態で、振りかぶり様に剣を一気に振り下ろす。

 その瞬間空気が爆発し、化け物は吹き飛び、大地は抉れ、道の遙か向こうまで、亀裂が走り、周囲にさらなる振動を与え、コンクリート仕様の学校の塀には、おびただしいほどの亀裂が走り、その一部は砕けるるのだった。


 化け物が存在した位置には、クレーターが出来ている。そして、砕け散った化け物の肉片が散乱し、それはすでに焼け焦げていた。

 ドライは、構えを解き、まっすぐに立ち、クレーターの中心を少し見る。

 そして、剣を眼前で垂直に立てた瞬間だった。

 それは、灰になってざっと崩れ去ってしまう。

 これほどゾっとする光景はない。金属が灰になってしまうなど、常識を逸している。蒸発では無い。明らかに分子構造が変わってしまっている。

 ドライは、何かを思い出したように、何も言わず、小急ぎに走り出す


 「ああ、俺だ。無事か……、抜けれるか?……そうか、じゃ、正面門で待ってるぜ」


 ドライは、携帯電話を取り出し、そんなやりとりをして、バイクに跨がりエンジンを掛け、裏道からメインストリートに走り出す。

 イーサーは、慌ててそれを追いかける。ドライの瞳を見た瞬間から、彼の思いは変化していた。すでにリベンジという考えは失せている。


 「イーサー!」


 すぐに彼を追いかけるイーサーに対して、グラントから声が発せられる。


 「天剣だ!」


 イーサーのその言葉に、フィアもミールも、兎に角追いかけることにした。

 エイルは砕かれた自分の剣を拾い上げ、それを眺めていた。金属が引き裂かれたり、湾曲したりすることはある。だが、それは砕けている。それが衝撃のほどを伺わせる。


 「エイル!」


 グラントは、観察をやめないエイルを、現実に呼び戻す。


 「ああ……」


  エイルは、砕けた剣を捨てきれずに、無理矢理背中の鞘に押し込め、彼らの後を追うことにした。

 急いでバイクを走らせたドライは、裏道から少し出た所で、バイクを止める。そこは、高校の正面門であり、生徒達が小急ぎに下校していた。先ほどの地震のために、終礼になってしまったようだ。


 ドライはそこで待っているのだ。

 イーサー達は、すぐにドライに追いつくが、ドライは彼らに目もくれない。

 だが、イーサーもそれにかまわず、ドライに話しかける。


 「あんた!天剣だろ!天剣のサヴァラスティアだろ!その目……間違いねぇ!」


 彼は、興奮を隠しきれないで入る。「天剣のサヴァラスティア」それは、剣を知るものとしては、聞き逃せない言葉だった。15年前の剣の世界大会で、全ての相手を秒殺し、そしてエピオニア一五傑の一人であり、今は一人の学者のガーディアンとして、有名である。


 今でも名だたる剣士が彼に挑むが、太刀筋すら見ぬままに敗北を強いられるのだ。

 そんな男に出会えたのだから、彼が興奮するのも、当然といえる。


 「人違いだ……」


 ドライはそういう。そしてその通りだった。後方にいたエイルは、すぐに相違点に気がついた。

 一つは、剣を所持していないこと。次に守っている学者がいないこと。何より彼はこの街で生活をしていることだ。行きずりの者で無いことは、リバティーがこの学校に通っていること、其れを迎えに来ていることで、十分推測できる。


 ドライはそれ以上彼らとの会話を断ち切るように、無言になる。だが、イーサーは納得がいかない。再びドライに食いつこうとするのだが、エイルがイーサーの肩を掴み、其れを制止する。


 「よせ。この男は天剣じゃない……」

 「けどよ!」


 イーサーは納得しそうにない。ドライほどの力を見れば、そう信じたくなるのは、当然のことだが、それはイーサーの思いであり、現実では無い。


 二人がドライの存在について、議論しそうになったときだった。

 リバティーが、正面門から歩道へと姿を現す。そこにはシャーディーも一緒だった。


 「怪我……ねぇか?」


 ドライは、バイクから降りることはなかったが、リバティーの身を案じていた。


 「うん。すごい地震だったけど、大丈夫。パパは?」

 「ん?ああ、一寸バイクが揺れた程度だ」


 と、ドライはシャーディーの方を見る。別に睨む訳ではない。ただ、シャーディーが興味深げにドライを見ていたからに他ならない。


 「と……」


 リバティーは、シャーディーの方が気になった。

 シャーディーは、両手を前に出して、心配無用といいたげに手を振って、こういう。


 「ウチも兄貴が向かえに来てくれるから、大丈夫」


 リバティーを見たイーサーは、バイクから降り、彼女に近づく。リバティーもその気配に気がつき、視線をシャーディーから、イーサーへと移すのだった。


 「あ!昨日の野蛮人!」


 当然だが?リバティーは怒りを露わにする。もう腹の中から言いたいことが吹き上げてきそうになっていた。

 イーサーも野蛮人という表現は堪えた。胸に楔を打ち込まれたように、ズキリと傷む。だが、言われても仕方がないことだ。


 「こ……これ。落としてたぜ」


 リバティーは、睨みつつ学生手帳をイーサーの指先から奪う。負けん気の強い睨みだ。実に気まずい空気だ。


 「リバティー!行くぜ……」


 バイクから、後方を振り返り二人のやりとりを見ていたドライが、もめ事を切り上げるように促す。


 「あ、うん!」


 リバティーはそれに反応し、一度背筋をピンとさせ、慌ただしく振り返り、ドライの後ろに飛び乗ると、イーサーの方を向き、べーっと舌を出して、悪態をつく。


 「ちょ!まてよ!俺まだ、謝ってねぇって!」


 イーサーも、慌てて自分のIHに飛び乗り、アクセル全開で、ドライを追いかける。

 彼等はそのままは、ドライと一定距離を開け、見失わないように走行している。

 信号待ちの時でも、走行中でも、無言のまま、ドライにくっついている。正確に言えば彼に引っ付いているのはイーサーで、彼の仲間はイーサーを追いかけているのだ。


 「イーサー、言い出したら聞かないもんねぇ」


 フィアが呆れて笑う。


 「でも、あの男、面白そうじゃん」


 先ほどの恐怖も忘れて、ミールもドライに興味を持ち始める。今になってあの瞬間のドライの発したオーラを身体に感じている。今でも肌の上に乗っている気がしてならない。


 「決めたぜ、あの人は今日から……俺の師匠だ!いや、アニキだ!」


 アニキ。彼はより親密にドライと関わり合うため、そう呼ぶことを勝手に決め込む。エイルは、ため息をついて俯く。


 一直線。イーサーはそうだった。

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