第3部 第1話 §10
場面は再びヨークスの静かな横道へと戻る。
そこでは、ドライとイーサーが互いに剣を握り、向かい合っていた。ドライが誘い込んだその位置は、人目につきにくい場所で、数件並んだ商店の視界からも死角になっている。
どちらが先に仕掛けるか、緊迫した、まさにそのタイミングだった。
一瞬大地がぐらりと揺れた。
意表を突かれた、更にその次の瞬間、大地は激しく揺れだし、ドライですら、平衡感覚を削られ、膝を崩しそうになる。
イーサーは左手を地面につきながらも、構えを解かず、激しくぶれる視界に映る景色を賢明に把握しようとしていた。
ドライは、そんなイーサーなど相手にはせず、急いで周囲の状況を探る。現状で一番何が危険かを把握するためだ。
ドライが再びイーサーの方に顔を向けた時だった。イーサーの表情が一変する。
ドライの背後に、直径四メートルほどの円が、地面に描かれ、その内側が、漆黒に染まると同時に、禍々しい化け物が、無から有へを移り変わるように、実体化し、姿を現すのだった。
それは、エピオニアで見た、あの不規則な黒い固まりの中に、喘ぎ苦しんだような人面を何十と持った、忌まわしい化け物である。
ドライはイーサーの表情に気がつき、振り返り後方を見る。
「百面か!」
あの事件以来、この化け物をそう呼ぶようになっていた。揺らぐ大地を蹴り、イーサーを引っ張り、後方で二人の戦いを静観していた、四人の位置まで下がり、ドライは、再び正面を向き、剣を構える。
体長体高体幅共に、四メートル程度で、大きさは開いた円の直径に等しい。
「なんだよ!あれ!」
フィアが悲鳴に近い叫びを発する。
地面に開いた円は、化け物の出現と同時に、消えてしまう。そして、地鳴りも止むのだった。
「あれか?あれは、魔界の最表層に棲む格下の化け物だ。人間の負の感情を好んで食してるのさ。集まると厄介だぜ。すぐにでかくなる……」
ドライは、恐怖することはなかった。冷や汗は出るが、不思議と笑みが零れるのだ。久しぶりの緊張感に、身体が震える。
目の前の化け物が理解しがたい彼らの表情を見ると、尚心が躍る気がする。
戦うことしか見えそうになかった生活が苦しくなって、友と別れたはずなのに、決別の理由だったはずである戦いの要因の一つが、何処か物足りない今の自分の欲求の一つを満たす方法として、再び目の前に転がっている。
「おまえ!人間の手の負える代物じゃない!!」
尤も安全且つ、当たり前の方法を冷静に下したのは、やはりエイルである。ドライの肩を持ち、休戦を持ちかけ、この場を去ろうと言っているのだ。
「バカ言え!娘の学校の裏にこんなデカいゴミ、置いていけるか!!」
ドライはエイルの腕を払い、剣を構る。そして様子を伺うのだ。化け物がどういう状態なのか、解らないからだ。化け物はまだ動き出そうとしていない。
離れた瞬間其れに刺激されて暴れ出すかもしれないし、不安定になって、爆発するかもしれない。何れにせよ、このまま放置しておくわけにはいかない。
この男は何を言っているのだと、エイルは彼が理解できなくなった。
その時だった。化け物に張り付いた、苦痛に歪み、悶え苦しんだ表情の人面が、一斉に口を開き息を吸い込み始めると、化け物の身体は肺を膨らませるように、膨らみ始めた。
そして「ウォー!」と、高く低く、周囲数キロまで響くようなけたたましい叫び声を発する。あまりに凶器じみたその声は、耳に留めるだけで、命が吸い取られそうだった。
「暴走してやがる」
ドライは、足をじりっと、地面にこすり、飛びかかる準備に入る。
明らかに戦意を見せるドライに対して、化け物の目という目がドライを睨み、正面の口から、直径1メートルほどの、赤黒く光る怪光線を放ってくる。
ドライは立ち上がり、左手を正面に向けると、魔法を任意の方角に跳ね返すことが出来る赤い半球体の盾を出現させ、それを上空にはね飛ばす。
レッドシールドである。
ドライの足は、数ミリと下がることはない。
化け物の攻撃の後に出来る一瞬の隙。ドライはそれを突く。
斜め前方に飛び上がり、そのまま進行方向斜め下に、矛先を向け、落下を利用して、矛先をを化け物に突き立てにかかる。
だが、ドライが一定距離に入った瞬間に、電気的な地場が発生して、そのまま突き入ろうとした、ドライを弾いてしまうのだった。
はじき飛ばされたドライは、地面に足を擦りながら、数メートル退き、何をしていいか解らないイーサー達の元へと戻ってくる。はじき飛ばされた瞬間に、衝撃でサングラスが壊れてしまう。
赤く煌めくドライの瞳が、ただ化け物を睨み、視線の中に据え置く。
「低脳の癖しやがって、結界張ってやがる!!」
もう一度構え直そうとしたドライ。
だが、剣を正面の定位置に置こうとした瞬間、エイルのグレートソードが数個の破片になって、砕けてしまう。どうやら、結界との衝突に絶えられなかったようだ。
「ねぇ!やばいよ!いこうよ!」
ミールが、全員に数秒ずつしがみついて、誰かが同意してくれるのを望みながら、必死に懇願する。
だが、フィアも、グラントも唐突過ぎる出来事に対処仕切れずに、硬直してしまっているのだった。
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