第3部 第1話 §8
それから、少し時間が流れ、時間は昼を回った頃になる。
ドライとは別に、街を徘徊している人間達がいた。それはイーサー達である。彼らもまた、IHに跨り街を走っていたのだが、集団で走っていると、暴走集団に見えそうである。一応制限速度は守っており、ドライよりは安全な存在である。
赤信号に引っかかったために、IHを停止させると。イーサーは、胸ポケットから、一つの小さな手帳を取り出した。それは、リバティーの学生手帳である。実は昨日交錯したさいに、リバティーが落としてしまっていたのである。
余談であるが、ヨークスは先進的で、ある程度信号機が普及しているが、爆発的なAMCとは対照的に、信号機の普及はまだまだといったところだった。インフラの普及というものは、どうしても時間が掛かるものなのだ。これも、この時代の、一つの時代背景と言えた。
「イーサー……」
心配げな声を出したのは、グラントである。昨日の酔った勢いのように、また暴走してしまうのではないかと、不安に思っているのである。
「違うっつってんだろ。酔ってヤケクソになった上に、つっかかっちまったんだ。神様が謝るチャンスってやつを、くれたんだよ」
イーサーは、取り出した手帳をつかんだ指先に力を込めて、学生証の写真をじっと見ている。
「神なんて、信仰もないくせに」
これを、囃して笑い立てたのは、ミールだった。
「青だぞ」
そんな中、エイルがきちんと状況を見張っていた。彼らはバイクを走らせる。彼らはリバティーの通っている高校に向かっているのだ。下校時刻にあわせて、彼らは行動していたのだ。
道を暫く行くと、交差点に差し掛かり、彼らが赤信号で減速し、停止する態勢に入ろうとした瞬間だった。
一台のバイクが、左側の道路から現れ、速度を落とさずに交差点に突っ込んで、そのまま右折してゆくのだった。
「昨日の奴だ!」
一番彼を明確に捉えていたのは剣を貸したエイルである。
「んだと!?」
自分の喉元に剣を指したドライの正体に、イーサーはムキになる。
それを助けるかのように、信号は青へと変わる。ドライが風を切って走り去ったのは、その加減もあるのだ。信号が変わると同時に、イーサーは、アクセルを全開にして、ドライを追いかける。
「ちょ!イーサー!」
急いで反応したのは、フィアである。半分付き合いきれないと、ため息がちになりそうな彼女だった。
ドライは交差点を曲がった後、それほどスピードは出していない、それほど急ぐ用事がないのだ。当たり前と言えば、当たり前だ。
ドライは、バックミラーを覗いた際に、明らかに自分を追尾してくるように、速度を上げて近づいてくる一団がいるのに気がつく。ドライは少し速度を落とし、それが何であるか、認識できる状況になるまで、様子を見ることにした。
向こうは速度を落とす事もない。尾行という意識はなく、完全に捕らえる気配が見える。
「ありゃ、昨日の奴だな……」
ドライはイーサーの頭ではなく、フィアの茶色い赤毛混じりの頭を見て、そう判断した。もっとも、サングラス越しで、彼女の頭髪の色までは理解しがたく、180センチを超えたその身長と、髪型で覚えているに過ぎたかった。そして、グラントである。IHに跨っているが、彼は大きい。すぐに目立つ。この二人の組み合わせが、ドライの予想を核心に変えたのだった。
ドライは次の角を曲がり、少し奥で停車することにした。そこは、リバティーの学校の横を走る少し広めの脇道である。人通りは殆どない。賑わいのある正門前から離れてしまうと、こんなものである。
彼らは、裏道に回ったドライの後を追って、すぐにそこに駆けつける。
学校の横道には、学生や教諭相手の商売で、昼間は退屈な店が何店か並んでおり、殆どが発展的な商売より、小さな稼ぎを求めている商店主が経営をしている。初めはそんなことも無かったろうが、活気がない。
ドライ達がバイクを止めて、道の真ん中で話し始めたとしても、通り抜ける車も、注目する人間もいない、実に静かな場所だ。
だが、ドライも含め、これから起こる事態を予想できた者は、誰一人いなかった。
「なんか用か?」
最初に声をかけたのは、バイクから、ゆらりと降りたドライだった。
イーサー達は、到着した直後に裕りもなく、慌ただしくそれぞれIHを停め、彼を先頭にドライに近寄るのだった。
「見つけたぜ……」
ドライを見つけたイーサーは、冷や汗を流しながらも、嬉しそうな表情を浮かべる。
「顔も覚えてなかったくせに……」
ミールの冷たい突っ込みが、イーサーの後頭部に突き刺さる。せっかくの緊張感を台無しにされたイーサーは、図星に文句も出ない、それでいて拗ねたような表情を一瞬見せる。
顔は確かに朧気だったが、ドライの強さは身体で知っている。
「昨日は酔ってたんだよ。ちゃんとアンタと勝負してぇんだ」
イーサーは、剣をすらりと抜く。
「悪いが、俺は、帯刀許可証なんてのは、もってねぇんだが?」
「ざけんな!昨日持ってやがったろ!」
イーサーは、剣を振って、乗ってこないドライに対して、苛立ちを見せる。
「あれは、俺の剣だ」
横に立ったエイルが、白けた表情をしている。そんなことも覚えていないのかと、呆れているのだ。だが、続けて言う。
「あれ程の達人が、許可書も持ち合わせていないなんて、妙な話だな。それに、見覚えもない」
彼等から見たドライは、五歳か六歳の年齢差にしか見えない。エイルはドライを観察するが、見覚えがないのである。
それは、ドライほどの腕があれば、街で開かれる剣術大会にも顔を見せたはずだ。剣を握る者として、大会に勝つことは、世界に繋がることでもある。具体的に言えば、エピオニアやホーリーシティーにいる、オーディンやルークのような、存在に近づけるのである。
彼らはエピオニア十五傑と呼ばれ、魔物に蝕まれていたエピオニアを救った英雄として、世界中に名を馳せている。剣術に身を委ねる者として、オーディンは、その方面でも有名だった。
イーサーは、挑発程度に、剣をドライに振ってみる。
「ああ!もう、なんで直ぐに、ああなるんだよ!」
グラントは頭を抱えてしまう。イーサーは頭に血が上ると、状況を忘れてしまうらしい。それは、彼の中に溜まった鬱憤も加わっているせいでもある。大会に出ることも出来ない、自分の実力を図ることも出来ない。それが彼の毎日なのである。
ドライは軽いステップで後ろに飛びながらイーサーを少し奥まで誘い込むように動き、イーサーは迷わず追いかける。
グラント達は、直ぐに二人の後を追う。
そして、表通りの音も掠れた場所になって、ドライが止まる。
「やれやれ……偉く気に入られたもんだな」
ドライは、エイルの方を見る。
またもや自分か。エイルはそう思ったが、素手の相手では、勝負とは言えないし、アンフェアだ。イーサーがドライを挑発したのは、ドライに剣を持たせるためだ。
エイルは昨日と同じように、ドライに剣を渡すのだった。
「警察きたらどう言い訳すんだよ!」
心配を重ねるのはグラントばかりった。
「言って、聞く奴じゃ、ないでしょう?」
グラントの肩を叩いて、呆れがちなため息を吐いて、彼の興奮をおさめようとしたのは、フィアだった。
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