第3部 第1話 §7
走行中リバティーは、ドライの背中に抱きついていた。
ドライは筋肉質で怪力であるが、その体型には無駄が無く、まるで大型の猫科の動物のように、しなやかである。
リバティーは酔いながらもそんなドライの体躯と体温を感じていた。
今まで大きいだけの父親だと思っていたのが、嘘のようである。
イーサーに剣を突きつけたときの気迫を思い出すだけで、胸が熱くなる。
「パパ……格好良かった」
リバティーの声は張り上げたものではないため、騒音に掻き消されがちだったが、ドライの背中に小さく、しかし確かに伝わる。
だがドライは何も言わない。真っ直ぐローズの待つサヴァラスティア家にリバティーを連れて家路に就く事だけを考えた。
リバティーはすっかりドライに惚れてしまっている。最悪の父親から、自慢出来る父親へと、一気に格上げだ。
すっかり酔いの回ったリバティーが寝静まってからのことである。
二人は庭先のデッキで、いつも通り水割りなどを飲みつつ、夜の時間を楽しんでいる。テレビでは国際連盟協議の続報が流されている。来訪したオーディンやシンプソンの画像が映ったわけではなかったが、先日のこともあり、ドライはすこしだけ、テレビに視線を移した。
「ちょうど向こうに着いたところで、リバティーが不良に絡まれててな、剣も持ってた物騒なヤロウだった」
「それで、急にあの子がべったりだったわけね?」
場面はそんなローズの言葉から始まった。
「ああ、ちょっと力の余ったガキにお灸据えてやったよ」
「ふふ……やっぱりアンタは、そっちの方がいい男よ」
ローズは剣を勇ましく振るったドライの姿を思い浮かべながら、それに満足げだが、ドライは少々面白くな気に、ムスッと唇をとがらせるのだった。
だが、ドライはリバティーが相当酔っていたことや、公園で屯をしていた事実などはローズに伏せた。ただ、リバティーが、たちの悪い不良に絡まれたと、責任を一方的に向こうに押しつけてしまったのだ。
翌朝のことである。
そのリバティーは二日酔いに悩まされていた。彼女は起床時間になってもベッドから起きることが出来ずにいる。
「ほぉら!学校遅刻するわよ!」
ローズは、フライパン片手に、リバティーの毛布を引きはがし、ベッドの中央で背を丸めながら、頭を抱えているリバティーを容赦な叩き起こす。
「うぅ~。頭……いたい……」
「遊びのツケを、仕事にまわさない!起きた起きた!」
ローズは本当に加減をしなかった。自由には必ず責任が付きまとう。学校を通うことは彼女にとって当たり前のことであり、それがイヤなら働けばいいのである。仕事がないなら農園を手伝えばいいというわけだ。
ローズはリバティーに遊ぶ自由を許しているのは、先日のテストの結果もあってのことだ。だが、学業を疎かにしてもよいとは、言っていない。
昨日のエスケープの件だが、ドライはローズに伝えていない。
ローズに叩き起こされたリバティーは、さえない顔色のまま、味のわからない食事を慌てて取り、殆ど中身の入っていない鞄をひっさげて、バス停に向かうが、彼女は途中で諦めてしまう。
なぜなら、無情にも走り去ったバスの後ろ姿を見てしまったからだ。土煙を上げて走り去るその後ろ姿が何とも憎らしい。
そのまま、トボトボと、家に戻ってきてしまう。
「なんでぇ。学校いったんじゃねぇのか?」
と、彼女が学校に行くのと入れ違いに起きたドライが、戻った彼女を不思議そうに眺める。パンにコーヒー、ハムエッグとサラダといった単純なメニューで、場所は例のウッドデッキである。朝の風の気持ちのよい食卓だ。
「バス出ちゃったから。やめた」
リバティーは、ドライの前の椅子にすとんと腰を落とす。テレビはドライの左側にある。
椅子に腰を落ち着けたリバティーは、ドライのコーヒーを取り、一口飲む。漸く食べ物の味がわかった瞬間だった。
「なにしてんのよ!遅刻するわよ?」
再び自分のコーヒーを手にしたローズが、慌てて駆け寄ってくる。
「するんじゃなくて、したの。バスが行っちゃったから」
リバティーはすっかり落ちいてしまっている。
妙に落ち着きのある空気で、ここしばらく見られなかった父娘のツーショットで、朝食を取っている。そんな二人の横に、別の気配が現れる。勿論それはローズである。
「いてててて!んだよ!めし食ってるときに!」
と、何故か耳を釣り上げられたのはドライだ。リバティーと一緒に落ち着き、厳重注意をしないドライへの、ローズの注意だった。
「二人とも晩ご飯抜き!お小遣いもなし!!」
ドライは、ローズがどうしろと言っているのかよく解った。
「おら!リバティー!行くぞ!」
ドライもヤケクソだ。すぐに、目と鼻の先に止めてあるバイクのエンジンをかけて、準備を整える。
すると、サングラスがポケットにねじ込まれた黒革のジャケットが投げられる。
遅れて、リバティーがバイクの後部席に跨ると、ドライは一気にバイクを走らせるのだった。
「さてと……ご飯ご飯……」
無理矢理二人を送り出したローズは、掌をはたきながら、家事の続きをすることにする。
学校に登校したリバティーの周囲には、昨日の友人や、会話を交わす友人が集まっていた。シャーディー達は、言うまでもなく昨日の一件だ。
「ねぇねぇ、昨日といい、今朝といい、だれなのよ!あれ……」
シャーディーは好奇心で一杯である。真っ先にリバティーの机に詰め寄っているのだ。
「あれ?うちのパパ」
リバティーは、ハッキリとそう言う。
「えー!アンタのパパってボウッとしてて、ダサくて最悪じゃなかったの?」
シャーディーが言ったそれが、リバティーが今まで認識していたドライの姿であり、彼への評価である。
今のリバティーは、極めて上機嫌であり、ドライのことを尋ねられると、顔がほころんでしまうのだ。
兎に角、今朝の投稿は派手だった。AMCつまり、車でごった返している道を、速度を殆ど落とすこと無く華麗にすり抜けて、あっという間に校門前に到着してしまったのだ。
タイヤの突いているIHなど、そうそう見られるものではなく、本当に注目の的だった。
そして、バイクに跨がっているサングラス姿と黒い革ジャケットを着込んでいるドライは、体躯に恵まれ、スタイルも良くワイルドだ。
そんな彼の後ろから、自分は当たり前のように、降り立ったのである。
誰もがそんな二人の関係を知りたがるのだった。
リバティーを送ったドライは、ローズに電話をかける。携帯電話である。すでにこの時代に普及しているのだ。
これも、SCS(サテライトコミュニケーションシステム)を使用している技術の一つだった。この技術を発見および開発に携わったのは、レイオニーである。便利な時代になったものだ。
「ああ、俺だ。久しぶりに、街を見て帰るわ。リバティーが帰りも送れって言ってやがるから、帰るのめんどくせぇし。あ?牛タンにワイン?解った」
ドライは、携帯の通話を切る。街にいる序でに、ドライは買い物を仰せつかってしまった。一つため息をつく。
「人使いの荒い、女共だ……ったく、ワインなら農場に腐るほどあるだろう……」
ドライは思わずぼやいてしまうしまう。嘗て赤い目の狼と渾名された彼は、今はすっかり所帯じみてしまっている。
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