第3部 第1話 §6
実際は通り過ぎていたため、確認は出来ていたはずなのだが、後ろなど見えるわけがないと思ったイーサーは、短絡的に現時点での現状、自分達の立ち位置だけが目に入り、完全に自分だけに非が有るわけではないと思ってしまう。
リバティーも、自分がふらついて、ぶつかっていったという認識がない。酒で酔っているといる事に関しては、全く同罪である
「あん?」
普段なら周囲の確認を怠った事を詫びることも出来るが、本当に些細なことが彼の神経を逆撫でる。リバティーの方に振り向いて、彼女を睨み付ける。
「あ、ゴメン!」
そう謝ったのはやはりグラントだった。頭を下げて謝っている彼は本当に気の優しい男だった。
「ち……」
リバティーにもはっきりした舌打ちをするイーサー。グラントが止めるので、どうにかイライラを抱えながら、それを納めるといった様子だった。ぶつかった責任の半分を、彼は認めていない。
リバティーはこれが気に入らない。このところの彼女は退屈を隠しきれないでいる。その欲求不満が溜まっているのだ。友人と街中を徘徊しても、それは少しも変えられない。
その苛立ちが酒気を混ぜ込んで、ふくれ始める。
誤らないイーサーと、それぞれに軽く頭を下げた彼らが、そのまま通り過ぎようとしたとき、リバティーは立ち上がり様に、地面の砂を拳一杯握り、それをイーサーの顔にたたきつけた。
「人を突き飛ばしておいて、なにシカトしてんのよ!このうすらバカ!!!」
ただでさえ機嫌の悪いイーサーに、鬱憤の溜まっているリバティーの邪気のある言葉、グラント達が、一触即発だと、心臓をどぎまぎさせ始めた瞬間、事態は手遅れになっていた。
「機嫌わりーんだよ!俺は!!」
イーサーは、相手が少女だということも、分別が出来ないほどの状態だった。リバティーの胸ぐらを持ち上げて、彼女の顔面に拳を浴びせかけた。
状況予測の全く出来ないリバティーが、刹那の行動のみに反応して、目を閉じてそれに怯えたまさに瞬間だった。
イーサーの拳はリバティーに届かず、その数センチ出前で、何かに阻まれるのであった。
当人も含め、グラント達も、いつの間に?と思うほどの間だったのである。
リバティーを守ったのは間違いなく、黒い革グローブをはめた人間の手だった。唯一予測できた直後の事態が起こらないことに、リバティーは不思議に思い、そっと目を開けると、革グローブの大きな手の甲が自分の眼前にあり、全ての視界を遮っている。
「ちょっと、やんちゃが過ぎんじゃねぇか?」
リバティーはその声に聞き覚えがある。彼女は腕の伸びてきている方向を目で辿り、その人物を確認する。
すると、左手を伸ばした、サングラスをかけたドライがいるのである。
イーサーは、リバティーを殴るか殴らないかの思考に関係なく、拳を押し通そうとするが、ビクともしない。
ドライはそのまま、イーサーの拳を軽く押し戻し、押されたイーサーの体勢が少し不安定になると同時に、リバティーの胸ぐらをつかんでいたイーサーの左手首を掴み、握力をかけ、捻って、イーサーを伏せさせようとする。
それが悪い意味で彼の酔いを醒まさせる事になるのだった。彼はぎりぎりの体勢で、捻られた腕の掌から、赤い光の針を飛ばしてくる。それはサブジェイも使っていた。ニードルレイの魔法である。
ドライは咄嗟にイーサーの手を放し、それを避ける。尤も避けずとも当たらなかっただろう程度の精度である。
イーサーはますます頭に血が上り、思わず剣を抜いてしまうのだった。それは未熟ながらもドライの潜在能力に反応し手しまった結果でもある。
「まて!やりすぎだ!イーサー!」
エイルが、イーサーを止めようとするが、イーサーの耳には届いていない。
ドライがエイルの存在に気がつく。
「剣よこせ!ボウズ!」
一般人を斬り殺してしまうより、イーサーが怪我をする方がマシだとエイルは判断した。イーサーのパンチを止め、尚かつ彼の腕を取ろうとした、ドライの力の強さがその判断材料である。
競り合ってくれる間に、グラントがイーサーを押さえてくれると、踏んだのだ。
エイルは慌てて背負っている剣のベルトをほどき、ドライに投げ渡す。
間一髪だった、ドライは受け取った剣の鞘事、縦一文字に振り下ろされたイーサーの剣を防ぎ、彼の剣を上にはじき上げると同時に、鞘から剣を抜き、イーサーが構え直そうとする瞬間を突き、矛先で二度ほどイーサーの剣を揺さぶり、最後にぴたりと彼の喉元に、切っ先を突き付けるのだった。
エイルはこのときドライに対する計算が違っていることを知った。その技量の深さは、自分たちの比ではないのだ。忙しない一瞬の出来事だったはずなのに、ドライは全く慌てておらず、汗すら流していない。
ドライの気迫は切っ先以上に鋭い。
「下ろせ」
ドライが命令すると、剣を突きつけられたイーサーは、驚愕の中で大人しく剣を手放し、そこに立ち尽くす。
まるで金縛りである。
ドライは、地面に落ちていた鞘を拾い上げ、剣をそれに納める。
エイルの剣はドライが使っていたグレートソードよりは少し短いが、その剣の重量は重く、其れを投げたエイルの力は大したものだと思った。まだ剣の使い手が息絶えていないことを知る。悪い形ではあったが、イーサー達の鍛えられた本質をドライは知る。
納めた剣をエイルに投げ渡すと、側で座り込んでいるリバティーを簡単に抱き上げてしまうのだった。
「帰るぜ」
ドライはリバティーの方を見ない。そこには思わず剣を振るってしまった複雑な感情がある。
「う、うん」
抱えられたリバティーは、それしか言えない。胸がドキドキとしている。それはなにも、先ほどの緊張が残っているためだけではなかった。
ドライはリバティーの友人一同の前を通り過ぎる。
「お嬢ちゃんたちも、遊びはほどほどにしろよ」
愛想も何もないドライの一言だった。一同はドライの瞬技に声も出ない状態になっている。
ドライはリバティーをバイクの後部座席に座らせると、自分も跨り、エンジンをかける。ただ、音は殆ど無音にちかい、電気的な駆動音がするだけだ。IHとは基本的にそういう乗り物だ。ただ、ドライの乗っているIHは、二輪である。重力遮断を行わない代わりに、速度は通常よりも速くい。欠点としては、地面の影響を受けることだが、その方が乗り甲斐があるというのが、ドライの見解である。
ドライはアクセルを吹かし、スムーズに走り出す。そして、あっという間に去っていってしまうのだった。
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