第3部 第1話 §3
二人は、そこで昼食を取ることにするのだ。
「どう?畑の方は」
「ん~~?去年育ち悪かったが、もうチョイ休ませたら、使えるんじゃねぇか?ま、ここは今年は休閑だな」
ドライはずーっと耕地を見回す。そう、その見える範囲全てが彼の農地なのだ。
その中に、点々と見える家は全て耕作人の家だ。
一寸離れた家から、少し腰の曲がった老婆が現れる。二人が仲睦まじくしているのを見ると、冷やかしたくなったのだろうか。にたにたと笑っている。
「ええのぉ。若い人たちは……」
手には、白い布の包み持っている。
「ばあさん。ジジイの具合どうだ?」
ドライはローズの作った握り飯を食べながら、老婆の方に振り向いて、少しを間を開けた後にそう言う。
「リウマチが疼くのじゃと、すまんのぉ」
耕作人である自分たちが、農夫として働けないことを申し訳なく思っているのだ。そういいつつ、ドライにその白い包みを渡してくる。
「いいさ。俺の畑だ」
ドライは、老婆から受け取った包みを開くと、バタークッキーが入ってた。そこには焼きたての暖かさがある。
「ドライ、後で紅茶と一緒に食べようよ」
ローズは先に味見をしつつ、嬉しそうにそういう。
「んじゃ、一踏ん張りしてから、帰るか。おめぇは一寸ジジイのリュウマチでも見てやってくれ」
ドライは、最後のおにぎりを口に放り込むと、手をはたきながら立ち上がり、鍬を握る。
「病理系の魔法……か。上手くないから痛み止め程度よ?」
回復魔法でも、怪我を治す治癒系、体力を整える回復系などがある。病気などは個人の資質であるため、根本的な改善が必要である。ローズは治癒系回復系は、ある程度こなせるが、シンプソンのように病理系をこなせるわけではない。こういうときにふとシンプソンを思い出す。
老婆は、珍しく自信のなさそうなローズに、不満を漏らさず笑ってくれる。それが年寄りの定めなのだと、悟っているような表情だ。
少しでも、痛みを取ってくれるその術に感謝すらしている様子だ。
「昔は、まじない程度の力を持つ人もおったんじゃがのぉ……」
魔法が日常的な部分から消え始めていることに、寂しさを感じる科白だった。
確かに寂しいことだった。ドライが剣一本で渡り歩いた世界は今は、衰退している。いや、むしろ秩序化しているからこそ、無法な者達は、世界から追われているのだ。
ドライも、秩序を守っていた時代がある。捨て去ったわけではないが、それも懐かしい過去だ。今は手に握られた鍬一本が、彼の生活の全てである。
日が暮れ始める頃、ドライとローズは、自宅に戻っていた。
二人の食生活は相変わらずで、とにかく量が多い。こういうドライを見ていることが好きなローズだった。
だが、次の瞬間、時計を見ると、ため息をつくローズだった。
「最近一寸羽目を外しすぎね」
「まぁだ。六時すぎじゃねぇか……」
「学校は四時までに終わってるから、バスで一時間。電話もなし!ガツンといってやってよ」
二人が会話をしているのは、娘のことである。そう、リバティーのことだ。彼女が通っている高校まで、バスで一時間掛かる。バスも一時間に一本だった。八時を回れば農園までのバスは無くなり、それは帰宅不可能を意味する。手段があるとすれば徒歩か、何らかの形で、誰かに送ってもらうということになる。
「ん~~」
男ならば、拳一発で片づけることも出来るが、娘である。まして怪力のドライだ。娘の扱いには困りきっている。強く叱りつけて、泣かれるのはもっと困る。慌てるのはドライだ。尤も気の強さは、ローズ譲りの面があり、少々の事を言っても泣かないだろうは思っている。。だが万が一を考えると、だらしなくどもってしまうのが、現状だった。
夜十時を回ろうとしている頃だった。ローズは涼しい庭先で、ドライと一杯飲んでいる。グループ内で経営している牧場で作られた、出来立ての濃厚なチーズと、生ハムを酒のあてにしている。
テレビの一分ニュースに、世界連盟協議のニュースが、流された。
そこにはオーディンの姿がチラリと映り。シンプソンの姿も映る。世界中の大使が集まる一幕の映像だ。
ドライはふっと笑ってしまう。彼ら元気そうにしているからだ。自分で動いている所が、彼ららしい。
「あんただけよ。都落ちしてるのは」
とローズが、懐かしい二人を目にして、少し寂しげに微笑んでいる。
離れて判る友の優しさ暖かさ。何より彼らとの絆は強い。それが目と鼻の先にやってきている。
会おうと思えば会えた。彼等ならそれが簡単に出来る。ドライは名前を変えずに、こうして暮らしているのだ。だが、オーディンもシンプソンも、それをせずに自分を信じて待ってくれているのだ。セシルも待っているはずだ。血の繋がった唯一の兄妹だといっておきながら、離れた自分をどう思っているだろうか。それが気にならないでもない。
ドライはローズの肩を抱いて、二人きりの平和な夜に乾杯をするのだった。
その時、ライトの明かりが一つ、こちらに向かってくるのが判る。
それは近くまで来るが、あまりハッキリしない位置で引き返して行くのだった。ライトが一つである事を考えると、それはAMCのライトではなく、IHのものだろう。
引き返したライトの代わりに現れたのは、一人の少女である。
ローズよりも身長は五センチ以上低く、たくましさは感じられない。少女としての魅力はある。年頃の娘だ。特徴的な浅いピンクの髪色をしている。カジュアルな服装と合わせて、人生の苦さを知らない分、成長した身体よりも、少し幼さが見られた。
本当にローズの少女時代によく似ていた。
彼女はここ最近、こうして夜遅く帰宅することが多くなっていた。
「こら!遅い!連絡もなし!!」
ローズは、立つことはなかったが、近づいてきた娘の頭に軽く拳の裏を当てる。
彼女も素直に叩かれるつもりで、ローズの側を通ったのだ。叩かれる瞬間、目を閉じて肩をすくめたが、言い訳はする。
「でも、みんなもっと遅くまで、遊んでるもん!だいたい家が変なのよ」
「あのね。家は農園なの!全部目を通さなきゃならないんだから!大変なの」
遊び回ってばかりいないで、少しは帰って家の手伝いでもしろと、ローズは言いたいのである。そこには、都市部の家庭事情とは異なるという意味も含んでいた。
「でも、全!然!貧乏じゃん!」
そのたびに、ドライにチラチラと目を遣るリバティーだった。その視線はあまり、よい意味ではない。
実は彼女が言うほど貧乏な生活ではない。寧ろ裕福なくらいだ。何せ目に見える畑は、全て自分達のものなのである。ただ、家が都会的でないことが気にくわないのだ。加えて、スタイリッシュな家でもない、デザインもクールではない。ログハウスの外観は、如何にもオールドカントリーの様相を呈していた。
「兎に角!帰る時間は連絡すること!いいわね」
ローズは、もう一度娘の頭を軽く拳の裏で叩く。
「はーい」
リバティーの返事は、反省の色がない。こればかりは、何か一度痛い目を見なければならないようだと思ったローズは、お灸を据える方法を考えるが、あまり良い方法が思いつかない。
小遣いを減らしたりしても、大して効果は得られないだろう。別にお金をかけた遊びをする訳ではないのだ。ただ帰ってこないだけだ。
「あ!それより、すごいんだよ!エピオニアの大使見ちゃった!」
誤魔化す意味はなかったが、リバティーは話を変える。ミーハーに声を高くして喜んでいる。ドライの耳がぴくりと動く。
「視線もあっちゃったし……」
リバティーが遅くなった理由の一つに、それがある。街の中心まで、それを見にいっていたのだ。
「で?それだけか?」
ドライは別に、彼女の機嫌を損ねるために、そう聞いたのではない。世界で唯一のピンクの髪色は、リバティーしか持ち得ないものだ。オーディンが見たと言うことは、その存在に気がついているはずである。
「それだけよ。悪い?」
反抗期だ。リバティーのドライに対する態度は冷たい。
「そっか……。遅くなるときはいえよ。街まで向かいにいってやっから」
ドライは、それに対してはあまり相手をする様子でもなく、デッキで寛ぐのを止めて、家の中に戻って行く。
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