第3部 第1話 最終セクション

 しかし直撃を受けたと思われた筈のローズの姿は、そこに無い。

 

 ドライもその感触の無さには、十分実感しており、何よりローズの動きを捉えており、剣から左手を放し、懐にしまってあるナイフと取り出し、右腕一本で支えている剣の先端にそれを向ける構えを取るのだった。


 彼はその間、一度たりとも、魔法のように消えてしまったローズの行方を、目で探すことはしなかった。身体だけが自然と、正確な方向に向かって動いている。

 そして、ドライの動作がナイフを抜き出した状態で止まる。


 「さぁて。そのナイフと私のナイフ、どちらが速い……かしら?」


 ローズは、ドライの剣の上にしゃがみ込み、ブーツの中から、ナイフを一本抜き出そうとしていた。


 ローズは、魔法でなく、あえてナイフを取り出す選択肢を取った。

 これはドライと対戦するときにおいて、当然の選択肢だった。何故なら、ドライが魔法防御に回っていたとしても、これならば確実に捕らえることが出来るからだ。


 この時ローズの念頭からは、ドライが、アンチマジックシェルを使わないという、この勝負に関するルールが完全に消え失せている。

 

 それにしてもローズの体重が乗って、尚支えているドライの腕力と、高速で振り回される剣の上に身を下ろすローズの身の熟しは、どちらも超人的としか言いようが無い。一同は唾を飲む。


 「お互いお陀仏……だろ?」


 ここで、ドライがふっと笑みをこぼした。

 ローズはひらりと、ドライの剣の上から、滞空時間の長い宙返りをしつつ飛び降りる。派手な降り方だ。


 「ってぇ……お前マジで蹴ったろ」


 ドライは掠められた左顎を撫でる。血は既に止まっているが、ヒリヒリと痛い。思わず撫でてしまうのだった。やられた……と、少し不満顔をしている。


 「こっちこそ、腕が痺れるわ」


 ローズは、剣を納め、ブラブラと両手を振る。。

 ドライも剣を背中の鞘に収める。手合わせを終えたのだ。全員呆気にとられている。こんな二人が存在してよいのだろうか?そんな否定疑問すら脳裏に過ぎる。


 「で、ボウズ……。なんだって?」


 ドライが唐突にイーサーに近づき話を振る。まるで霧から解放されたようなドライの表情には、鋭さが戻っていた。平和そうな生活の中に、ピンと一つ張りを持った顔になっている。


 「あ……アニキ!俺を弟子にしてくれよ!」


 イーサーの考えは変わっていないようだ。それどころかその気持ちは、ますます強まっている。ドライとローズにすっかり見せられてしまった。


 「ん~~……面倒くせぇなぁ……」


 と、ドライはローズの方をチラリと見る。ドライは正直、時代に埋もれている彼らを見逃す事を、もったいないと思っているのだ。確かに他人に関わることは面倒で、彼らの人生がどうなるものか、ドライには知ったことではない。


 だが、彼らもまた時代に埋もれようとしている。そこになんとなく共感してしまった。だが、弟子を取るという柄でもないのも確かだ。


 ドライがローズに助けを求めていると、ローズはドライに近づき、なにやら耳元でぼそぼそと、ささやき始める。あからさまな入れ知恵だった。


 ドライがいう。


 「そうだな。ここの休閑地を全部耕せたら、考えないでもないな」


 誰がどう見ても、ローズの考えだ。

 流石だと、リバティーは、根性の座ったローズの思考に、苦笑いをしてしまう。

 イーサー以外の彼らも、どういう訳か、リバティーと同じように、思ってしまう。


 「畑の休閑地……だな!やってやる!だろ?」


 とイーサーは、後ろに立っている全員の方を振り返り、彼の固い決心を示す。そこに自分たちが含まれているということを、すぐに悟るエイルとグラント。


 「え?ウチ等もやるわけ?」


 慌てて周囲を見回して、否定材料を探すミール。


 「わかってんだろ?アイツの性格……」

 エイルは、やれやれ……と、疲れた様子で、位置で天を仰いで項垂れてため息を吐く。


 「あたいは姉御についていくからいいもん」


 と相も変わらず、ローズ派になってしまっている、フィアだった。


 「却下却下!絶対反対!!」


 そう言っているのはリバティーだ。両腕を振り回して、懸命に方針転換を願っている。


 「ふふ」


 ローズがリバティーに、微笑みながら近づき、その肩を抱く。そうされるとリバティーは、大人しくなる。懐の深い笑みと、優しさにゆるんだ瞳は、何とも幸せそうなのだ。そんなローズに対して、誰が逆らうことが出来ようか。


 それでもリバティーが、拗ねたようにして顔を背けると、ローズはより確りと彼女の肩を抱く。


 「女共は、こっち!畑は男にまかせておけばいいわ!」


 それから、フィアとミールを手招きして、呼び寄せる。取り敢えず畑仕事を免れたミールは、ほっとした顔をする。


 ローズはそのままリバティーの肩を抱きながら話を始めた。


 「昔ね。私たちの友達に、友達に身寄りのない子供を育ててた人がいてね。誰にでも平等で優しくて、暖かくて……、お人好しで……。本当にそういうのを放っておけない人だったわ。ドライもそういう気分なのよ。少しだけ、付き合ってあげて」


 「え~?!」


 今日明日だけの話ではないのか?と不満いっぱいのリバティーだったが、畑に鍬を担いでイーサー達を連れて行くドライの瞳が、いつもよりずっとすっきりしているのが解ると、もう一度頬を膨らませながら、閉口してしまうのだった。


 ただし反対意見も同時に言わない結果にもなる。

 ドライは、逃れられない運命を感じながらも、やはりそれが自分たちの生き方なのだろうと思った。シルベスターから逃げたとしても、やはり愛する者を守るために、全力を尽くす生き方は、変えられそうにない。自分たちにはそれだけの力があるのだ。世界のためではない。剣を振るう意味が、そこにはある。

解っていたが、忘れそうになっていたことを、再び思い出したのだった。

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