第2部 第8話 §13

 いつもなら、背伸びをしてでも、ドライに勝負を挑むサブジェイだが、ドライにはシルベスターの力がある。彼の望まない究極の力があるのだ。


 結果は目に見えている。サブジェイは力でも言葉でも、ドライを止めることが出来ず、納得させることが出来ないことに、悔しさを感じていた。


 サブジェイは一時間ほど、そこから動かない。

 ドライが言うべき事を彼に告げ、再び王城内に戻る。エピオニアの夏は短い。そして涼しい。暑さがあれば立ち尽くすことも諦めるきっかけもある。残酷な涼しさだった。オーディンがただ側についている。


 「最近のオヤジ……わけわかんねぇよ……」


 サブジェイが漸く呟く。


 「サブジェイ……」


 オーディンが彼の肩に手を乗せて、彼の心情を察する。威勢よく邪魔なものは蹴ってでも、自分の道を進んでいたドライが、今はそこから逃げるようにしている。どうしようもなく変えがたい道や、運命に抗っているが、先は見えない。


 あるものはどうしようもないのではないか。むしろそれをどう受け入れるかが、問題ではないだろうか。


 ドライはシルベスターの血を憎んでいるわけではない。運命を弄ぶシルベスターを認めているわけではないが、結果的にまた結論がシルベスターの望むままに動いているとしたら、それは彼にとって耐え難い苦痛なのだ。


 オーディンもそうである。だが、オーディンにはまだ、剣を抜けば挑める相手がいる。ドーヴァやルークが、そうである。だがドライが全力を出すということは、その一線を越える。


 全ての戦いが、自分達の更なる覚醒に繋がるとすれば、どうして生きて行けばよいのだろうか。愛するものを守り、友と絆を深めるために、振るった剣が、全てシルベスターの望みに繋がって行くとしたら、最後はどうなるのだろうか。


 もうそれは、ドライの求めた生き方ではなくなっている。

 ドライがドライのままなら、野ざらしで息絶えようとかまわないが。生涯愛したい人がいる。喜びを分かち合いたい人がいる。それは掛け替えのないものだと、彼は知った。もう昔には戻れない。進まなければならない。


 「ドライは戻ってくるさ」


 オーディンも寂しそうな様子を見せる。サブジェイと同じように、一人で悩もうとするドライを引き留めたそうにしてたのが、よく解る。


 そのときに、「水くさい」と言う言葉が、サブジェイの心の中にぽつんと現れる。彼はその思いをぐっと胸の奥に押し沈めるのだった。

 オーディンは、そんさサブジェイの頭を撫でる。考えればこうして沢山の人が、自分の頭を撫でてくれた。サブジェイは、ドライが自分の頭を撫でてくれたときのことを思い出す。それは決して上辺だけの温もりではなかった。


 「オーディンさん!」


 そのとき、兵士の一人が庭園に走り込んでくる。


 「魔物が北に!第五ゲート付近に出現!規模少数!ですが通常兵力では、どうにもなりません!」


 酷く息を切らせながら、必死に伝令を伝える。


 「そうか」


 オーディンに声がかかったと言うことは、ザインがいないということだ。いつもなら、ドライが走り、オーディンは内政に従事していた。


 「遺跡に行くんだろう?レイオと、気晴らしに行ってこい」


 オーディンはサブジェイの頭を撫で、飛翔の魔法で一気にそこから飛び立ち、まっすぐにゲートまで飛ぶ。

 サブジェイはオーディンを見送った。危険であるはずなのに、不思議と胸騒ぎはしなかった。


 魔物が少数とはいえ、一個師団で向かわなければならない。だがオーディンなら一撃でなぎ払える。それが力の差である。


 残存する魔物の力は彼らからすれば、さほどのものではなく、戦後処理と言えるだろう。危険で気を抜くことは出来ないが、それでも数分で済む。


 魔物はほぼ人系である。ゾンビに近く肉体は腐敗しているように爛れているが、腐敗臭はしない。


 オーディンの剣が、銀色に輝き出す。


 「十体か……。隊はゲート奥まで下がった後閉門!可能性はないが、ゲートを固めろ!」


 このころの魔物になると、特殊な能力を持つものはいない。だが、なぜ未だに魔物が出てくるのかは、もう随分疑問に思っている頃だった。クルセイド王の残存思念を増幅するするものも、遺跡の奥にいた、本体もすでに死に絶えている。そして、そこから魔物が湧き出ているわけでもない。


 彼らは人のいる唯一のこの町に向かって、何度も出現してくる。明らかに方向性があるのは確かなことだ。


 幸いなことに負傷者は出ているが、死者の出る戦闘はない。尤も自分たちがいるのだから、滅多なのことはない。


 魔物の一番手強いところは、その生命力だ。斬り殺そうとする間に、何人もなぎ払われる。普通の人間なら、動きを止めるだけでも、相当な労力がいるのだ。


 オーディンは鞘に入れたままの剣に風の魔力を蓄える。消費エネルギーが少なく、切断性が最も高い。


 そして居合い抜きの要領で、横一文字に抜刀し、それらを一気に斬り、次には炎の魔力を付与す。


 「炎龍!」


 今度は縦一文字に剣を振ると、そこから出現した火炎の龍の携帯をした炎が、それらを焼き尽くす。


 オーディンからすれば、容易いことだ。

 そこの頃にはすでに、全員ゲートの内側に素早く戻り、その守りを堅固なものにしている。


 だが、オーディンは引く気になれない。まだ、何かいる。殺気はないが、違和感がある。


 オーディンは両手で剣を持ち、真っ直ぐ正面に構え、次に備える。剣には氷の冷気を溜め込み、攻撃にと防御に転じることが出来るようにしている。


 そして、そのとき正面の空気から、霞のように現れたシルベスターが、徐々に実体化して、オーディンの目の前に現れる。


 凄まじい存在感である。


 オーディンは戦意がないと言う意味合いで、剣を鞘に収め、シルベスターの正面にただ立つ。


 「まだ……いたのか?」


 はっきりと嫌悪を示すオーディンの声。


 「まぁ、そう言うな。私はお前に話があるだけだ」


 シルベスターのその一言にオーディンの眉毛がぴくりと動く。シルベスターは、憎らしいほどにゆったりと歩き、オーディンとの間を詰めてくる。


 「話だと?」


 オーディンは、それ以上シルベスターと間を詰める気にはなれない。ゆっくりと後ろに足を動かし、そのまま近づいてくるシルベスターに、道を譲るようにして、退く。


 オーディンの立ち位置まで北シルベスターは、自分の右に躱したオーディンを横目でチラリと見やる。


 「どこかの腑抜けは、まったく理解していないようだが、お前なら解っているはずだ。お前達は何れ時代において行かれてしまう事をな」


 シルベスターがドライを指し、態と刺々しい口調でオーディンにそれを伝える。オーディンには解っている。ドライが決してそのことが理解できていない訳ではないことを――。


 それが解らないシルベスターでは無いはずである。だが、嫌悪する相手に、親友を苦しめられ、尚そう言われ、オーディンも心中が穏やかではない。


 剣を抜いて勝てる相手ではない事だけは、理解し。一線を越えぬように、ぐっと絶えている。


 「腑抜けに、前を向かせるには、何か糧がいると思わないか?」


 シルベスターの視線が変わる。凄まじい重圧を感じるオーディンだった。身体が慌てだし、右手は自然に剣を抜く動作をしようとしている。


 オーディンは、もう一歩退くことにより、それをどうにか堪えるのだった。

 逃げても無駄だ。オーディンはそう悟っている。一瞬慌てたが震えはない。どうすればいい?賢明に考える。脳がフル回転しようとする。


 今死ぬわけにはゆかない。自分のためではない。死んで誰かを守れるならまだいい。だが、今この形で、シルベスターに殺されることは、ドライをさらに追い込む事になる。それだけではない。ほぼ全員自分の敵を討とうとするだろう。


 それはだめだと、オーディンは自分に言い聞かせる。


 「慌てるな。話があるだけだと、言っているだろう」

 「ドライに支えがいることは、同感だが。それ以外は理解できないな」


 オーディンの呼吸が荒くなる。吐き出す息がまるで金属の固まりのように思えるほど、息苦しく肺が重たい。


 シルベスターは、通り過ぎ始める。それは真っ直ぐ、エピオニア城の方向だ。シルベスターは静かに掌をエピオニア城の方向に向ける。


 オーディンは、すぐにシルベスターが何をしようとしているのか、理解する。


 瞬時に彼の前の回り込み、ハート・ザ・ブルーを縦に構えて、その前に立ちはだかる。と同時に、シルベスターは、黄色く輝く光の球体を、発射する。


 だが、すぐにハート・ザ・ブルーに吸収され、事なきを得る。

 剣の中で、じりじりと質量の高いエネルギーが暴れているのが解る。処理しきれない訳ではない。シルベスターが本気で、攻撃したとは思えない。もし本気ならば、もっと高質量のエネルギーを放ってくるだろう。


 シルベスターは、ふっと笑う。オーディンはそれに食らいつくゆとりがない。

 シルベスターは口にして言わないが、その動きは無意識的に壁を一つ越えていた。


 「よかろう。ゲームだ。私は一度に一発ずつ、違う性質のエネルギーを放つ。いいな?」


 シルベスターの言っている意味がわからない。だが、攻撃は続けると言っているのだ。確かにシルベスターは、オーディンと戦う気はない。が、それ以外は実行するようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る